2021年5月7日金曜日

声明 罰則付きで登記を義務化し共有地を奪う登記義務化法制定を糾弾する!

一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)

  4月21日、参院本会議で相続・転居時の登記を罰則付きで義務化づける民法・不動産登記法改定案、相続土地国庫帰属法案が成立しました。

 これまでは財産権の保障を定めた憲法の下、土地登記は権利であり、所有者・相続人が相続・住所移転の登記をしてなくとも、土地の所有権・共有権が失われることはありませんでした。今回登記をしなければ、土地・共有地が奪われる制度へと根本から変更されました。通常国会には基地周辺・国境離島の住民の財産権を制限し、国家による思想調査を合法化する「重要土地規制法案」が上程されていますが、国家の「公共性」が住民の人権・財産権よりも優先されている点で共通です。

 改定法は、土地を相続した相続人に取得を知った日から3年以内の相続登記の申請を義務化。罰則として過料10万円以下。転居に伴う住所変更でも、2年以内の変更登記の申請を義務づけ、違反すれば過料5万円以下となります。

 今回の登記義務化法は所有者不明土地対策を名目にした所有者不明土地利用円滑化特別措置法(18年6月)、表題部所有者不明土地の登記・管理適正化法(19年5月)に続く法制化です。一連の所有者不明土地対策立法によって、公共工事の所有者不明土地収用について収用委員会の関与をなくし、知事の判断だけで収用裁決ができる制度改悪が行われました。さらに所有者不明の土地・共有地については、裁判所が管理人を選任。不明者への公告、代金の供託をして管理者から買収できる制度になりました。「所有者不明土地」を確実に取り上げられるようにする内容です。

 今回の登記義務化に対しては、法律家(※)からも、「民法の原則に反する」「所有者不明土地問題の解消を更に困難にする」「相続人のプライバシー侵害にあたる」などの反対意見が出されましたが、まともな議論もないまま、3月5日閣議決定から、4月1日衆院通過、衆参全会一致という拙速審議で成立。2~3年後には施行されようとしています。

 私たち三里塚大地共有運動の会は、相続登記・住所変更登記をしない共有地を奪う登記義務化法に反対し、三里塚闘争として55年間続いてきた三里塚大地共有運動の共有地を全国の仲間と共に守り抜く闘いを続けていきます。 (2021年4月)

(※)相続登記の義務化等に反対する会長声明(全国青年司法書士協議会)

http://www.zenseishi.com/opinion/2021-02-25-01.html


 一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)

東京都渋谷区初台1-50-4-103 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402

https://kyouyu-undou-no-kai.blogspot.com/

2021年4月15日木曜日

報告:                                     4.3「三里塚に生きる 石井紀子さん追悼の集い」(実行委員会)


 

 4月3日、文京区民センターで「三里塚に生きる 石井紀子さん追悼の集い」(実行委員会)が行われ、99人が参加した。

 紀子さんは、2020年3月11日、交通事故で急逝(享年67)した。紀子さんを知る仲間たちは、驚きと悲しみが、この一年続いた。そんな中、有志たちのよびかけで急逝から1年となる2021年4月に東京で「石井紀子さん追悼の集い」の企画を実行委員会として取り組むことになった(2020年12月)。

 実行委は、「『石井紀子さん追悼の集い実行委員会』参加・協力の呼びかけ」を全国発送し、294(公表167+非公表127人)人の仲間たちが呼びかけ人になってくれた。紀子さんが多くの友人、豊富なネットワークを構築していたことの現れだ。必然的に集いも紀子さんの三里塚・土・農業との関わり、空港反対の闘いなど多面的な側面に迫っていくような内容にしていこうと論議を積み重ね、この日の集いを開催することになった。


 会場には、写真家・島田恵さんが撮影した「泉州から三里塚へ 女たちのゆっくリレー(1987)」のアルバム5冊が展示され、多くの参加者が懐かしく見入っていた。

 1984年から島田さんが石井宅に住み込み撮影した東峰裁判支援や空港包囲マラソンの写真を、紀子さんは三里塚50年集会(2016)で展示した。この集会で石井さんは「闘いの思い出は宝の物のように輝いている」と述べ、写真に添えた。

 手書きの説明には、仲間への感謝や思いやりが表現されていた。その展示の様子や、パンフレット「女が走れば北総台地に風が吹く」から当時の写真も掲示された。

 暫定滑走路計画が動き出した1999年、石井さんは「力を貸してください」と呼び掛け、個人通信「赤い風の村から」を発行した。同年9月、東峰を賑やかにする集いは、それまでの三里塚集会とは異なり、オリエンテーリングという形で東峰の農業や暮らしを参加者が知ることになった。集落の上空を飛ぶ飛行機には「畑やニワトリの上を飛ばないで」と鶏舎の屋根に大きく書いて訴えた。そうした写真も展示された。


 集会の司会は、鈴村多賀志(田んぼくらぶ)さん、野島美香さん。

 開会の冒頭、紀子さんを哀悼する黙祷を捧げた。

 第1部では、紀子さんの映像12本が上映された。

①2020年1月 三里塚反対同盟20年旗開きでの発言

②1977年 こどもを背負ってデモ参加

③1977年 鉄塔撤去のテレビ報道を見つめる

④1984~87年 スライド「女たちの三里塚」から

⑤1987年11月 木の根・自主耕作地囲い込みへの抗議行動

⑥1989年10月 横堀・再建した労農合宿所を守り抜く闘い 

⑦1999年10月 暫定滑走路を作らすな東京集会での発言

⑧2002年3月 暫定滑走路供用直前、東峰現地行動での発言

⑨2002年4月 供用開始に抗議する現地集会での発言

⑩2006年4月 騒音下での闘い、テレビインタビュー

⑪2006年12月 三里塚40年たすきわたし集会での発言

⑫2014年2月 半世紀に及ぶ闘い、海外テレビのインタビュー

 実行委員会に寄せられた映像からは、今にも紀子さんの笑顔、怒り、奮闘、時には運動への厳しい指摘をする姿が飛び出てくるようだ。 


  第2部はトーク。紀子さんの友人たちが次々と語った。

 鎌田慧さん(ルポライター)は、「東京新聞(20・3・17)のコラムに紀子さん追悼として『土と闘争に根を張って生きた。それで得た人生です。このあり方を続けています』と彼女は爽やかに語っていた。』と紀子さんが語っていたことを引用した。ワンパックには、いつも通信が入っており、それをまとめたのが「たたかう野菜たち」(三里塚微生物農法の会・ワンパックグループ 編/現代書館)としてまとめられている。ウーマンりヴから三里塚闘争に入り、都会から農村にお嫁さんにくることはかなりの決意だったろう」。

 「彼女が言っていたことで感動したのは、『確固たる農業観、農民観もなく、ただ自分たちのような土に生き、土に死ぬ百姓にならねば』ということを一つ覚えを繰り返してきたと言ってたことだ。見事な人生だった。ときどき三里塚闘争のことを身体の中に入れておきたいという思いできた。三里塚闘争は65年闘われ、空港は完成していない。農業をつぶして日本はどうするのかを三里塚闘争は主張してきた。闘いを引きついでいきたい」と発言した。

 島田恵さん(映画監督、写真家/動画メッセージ)は、「東峰裁判救援コンサート(日比谷野音/1985・5・19)をきっかけに東峰裁判を支援し、若いかあちゃんたちとの交流が始まり、写真を撮りはじめた。田植え、農作業も手伝った。そんな私を見つめてくれたのが紀子さんだった。石井家の離れに数か月住まわせていただいた。20代の写真家を応援してくれた。『三里塚に生きる』上映会で野菜を販売していた紀子さんと再会した。『福島 六ヶ所 未来への伝言』、「チャルカ~未来を紡ぐ糸車~」を制作し、紀子さんは観にきてくれた。紀子パックの野菜を食べると元気が出て、今だったら竹の子です。私が社会的な問題に関心を持ち、写真や映像という形を通して世に問うてこれたのは、最後まで信念を貫き通した紀子さんがいたからこそと思っています。紀子さん、ほんとにこれまでありがとう」と述べた。

 続いて藤川泰志さん〈みさと屋〉、蒔田直子さん(京都)、代島治彦さん(映画監督)、梶川涼子さん(成田プロジェクト)、田んぼくらぶ・鈴木弘子さん(映像とメッセージ)から紀子さんとの交流、様々なエピソード、励まされたことなどが語られた。

 山崎宏さん(労活評)から加瀬勉さん(元大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)、柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)のメッセージが紹介された。


 加瀬勉さんのメッセージ(要旨)

 「三里塚空港反対闘争50年余の歳月。闘いを共にした多くの人が身罷っていつた。私は数いきれない墓標を背負い、これらの人々の闘いの意志を引き継いで闘いを堅持して生きている。石井紀子さんの新しい墓標がまた一つ増えた。

 紀子さん安らかにお眠りください。

 私は虚偽に満ちた月並みの追悼の辞を述べるつもりは毛頭ない。

 三里塚は天は騒音地獄、地上は空港拡張建設、地の底を墓を掘り起こし、身罷った人々の死体を骨を暴いて空港建設を進めている。三里塚の天地、そして地の底、三里塚には人間の尊厳が守られ安らかに眠る場所などないのである。

 三里塚は生者死者一体である。

 紀子さん。成仏しないでほしい。さらに怨念を恨みの炎を闘いの情念を共に燃やしてゆこうではないか。自らの安らぐ場所を建設するために。

 2021年4月3日 加瀬勉」


 平野靖識さん(三里塚物産)は、「東峰の出荷場を訪ねると、紀子さんはワンパックに入れる通信をお茶の時間の時、書いていた姿を思い出す。いつもものを考えていて、何を伝えたいのか、整理されていたんじゃないかな。紀子さんの喋りの映像をなつかしく拝見したが、紀子さんの語りは、「紀子節」と言ってます。語りを起こしても、そのまま文書になるほどでした。いつも土にはたらきかけて、野菜を作る。それを待っている人達がいる。そういう自分の生き方の自信があってのことだと思う」と述べた。

 さらに「紀子さんとは、2回ほど議論があった。一つは、青年行動隊が国とのシンポジウムに入っていくとき、紀子さんは話し合いに応ずることに対して路線の変更ではないかと批判し、私に問うてきた。もう一つは、暫定滑走路供用後、ワンパック出荷場は、騒音直撃で若い人たちがいたなかでどうするかと議論になった。東峰出荷場から新しい出荷場に機能移転することになった。紀子さんにとっては、それも原則から外れるという立場だった。紀子さんは闘いの原則を大事にした人だった」と語った。

 閉会あいさつが山口幸夫さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会・代表理事)から行われ、「ワンパックをやろうと言っていたのは、小泉英政さんだった。1972年相模原戦車闘争の時、暮らしをつくる会に小泉さんがやってきてワンパックをやりたいと提案してきた。そしたら山口雪子さんが『それをやりましょう』と賛同した。実は相模原戦車闘争は、男の闘いだった。山口雪子さんは、あまり言いませんでしたけど、『これでは人々がちゃんと暮らしていけない』と言っていた。紀子さんは、ワンパックという名称にこだわり、論議したことがある。夫婦二人で紀子パックを食べていました。紀子さんは人間の生き方について、考え方を変えずに貫いてきた。私たちは深く共感してきた。今日は、大事な場所を共有することができた。ありがとうございました」と発言し、紀子さん追悼の集いを終えた。

(Y)

2021年4月3日土曜日

声明                               罰則付きで登記を義務化し共有地を奪う登記義務化法案に反対する

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)

1.未登記に過料10万円

 3月5日、菅政権は相続・転居時の登記を罰則付きで義務化づける民法や不動産登記法の改定案、新法の相続土地国庫帰属法案を閣議決定しました。今通常国会で成立させようとしています。
 法案は、所有者不明土地対策を口実に不動産登記法を改定。土地を相続した相続人に取得を知った日から3年以内の相続登記の申請を義務化。違反への罰則として、行政罰の過料10万円以下。また、転居に伴う住所変更などの場合でも、2年以内の変更登記の申請を義務づけ、違反すれば過料5万円以下となります。
 これまで土地登記は権利であり、財産権の保障を定めた憲法の下、所有者・相続人が相続・住所移転の登記をしてなくとも、土地の所有権・共有権が失われることはありませんでした。それが登記をしなければ、土地が奪われる制度へと根本から変えられようとしています。

2.所有者不明土地対策を口実に

 2017年、所有者不明土地対策を「成長戦略」の一環に位置付けた安倍政権によって、所有者不明土地対策の法制化の動きが始まりました。
 18年6月、所有者不明土地利用円滑化特別措置法が成立。公共工事の妨げになっている所有者不明土地について都道府県の収用委員会の審理を経ずに取得できるようにする土地収用法特例(19年6月1日施行)が作られました。所有者不明土地収用について、公開審理など収用委員会の関与はなくなり、知事の判断だけで収用裁決ができるという制度改悪が行われました。
 19年5月、法制化第2弾として「表題部所有者不明土地の登記・管理適正化法」が成立。これは、「表題部所有者不明土地」の登記・管理の適正化を図る措置として、①登記官に所有者探索のための調査権限付与、探索結果を登記に反映。②所有者を特定できなかった「表題部所有者不明土地」について、裁判所の選任した管理者の管理を可能とする法律です。
 共有者の一部を特定できない共有地は所有者不明土地となり、「管理」には売却が含まれます。登記官が調査して所有者が分からない場合、代金を法務局に供託して裁判所任命の管理者から買収できる制度になりました。
 今回の法案は「複数の人が共有する土地で一部の共有者が不明の場合、相当額の供託により不明者の持ち分の取得・売却を可能に。不明者への公告を経れば残る共有者の同意で土地を利用できるようにもする」(朝日新聞、3月6日)
 「所有者がわからない土地については、裁判所が管理人を選び、所有者に代わって管理や売却を行うことができる制度を設けるほか、相続した人から遺産分割の請求が無いまま10年が経過した場合は、法律で定められた割合に応じて分割する」(NHK、3月5日)という所有者、共有者が分からない土地を確実にとりあげられるようにする内容になっています。

3.共有地を守り抜こう!

 私たち一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、半世紀を超える三里塚闘争の一坪共有運動を継承し発展させるために、2018年10月に結成しました。政府・成田空港会社が成田第3滑走路2028年度完成の機能強化計画(2018年3月)を出してきたのに対して、一方的に建設された空港施設に囲まれながら、存在する共有地を全国の共有者・仲間と守り抜くために、法人への共有地の登記変更、共有地の管理、連帯運動に取り組んでいます。
 今回の登記法案は、一部の共有者が不明な場合でも、他の共有者の同意だけで土地を処分できるなど、登記を行わない土地所有者・共有者から土地・共有地を取り上げることを合法化しようとする内容です。
 相続登記、変更登記をしない共有地を奪う登記義務化法案制定に反対しよう! (2021年3月)

一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)
東京都渋谷区初台1-50-4-103 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402

2021年1月24日日曜日

報告:三里塚 2021反対同盟旗開き

  1月10日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「三里塚 2021反対同盟旗開き」を行い、42人が参加した。会場は、新型コロナウィルス感染対策のためセンター前の庭で行った。

 山崎宏さん(横堀地区/労活評現闘)の司会あいさつで始まり、「今、横堀地区は遺跡発掘調査が行われている。連日、重機によって表土を引きはがし、穴を掘っている。第3滑走路建設によってここも空港機能の拡大の一角としている。横堀鉄塔と案山子亭の土地は、100%反対派の土地だ。空港建設にとって障害となっているから悪知恵によって取り上げようと策動している。闘う拠点を全国の仲間とともに守りぬいていかなければならない」とアピールした。

 柳川秀夫さんは、「最近、お前の家に火をつけてやるという嫌がらせ電話があった。たぶん誰かに言われてかけてきたのだろう。空港機能拡張、第3滑走路建設に関連してセンター周辺の緑もなくなってきた。センターの土地は私と3人が共有者となっている。かつて山崎さんの団結小屋が裁判所によって撤去された。空港会社は、ここも同じように撤去に向けて裁判所に提訴してくることが予想される」と報告し、挑発に乗らず毅然と闘いを続けていくと表明した。
 さらに「世界的なコロナ禍においても、人間による開発、消費を求めてきたことが大きな問題だ。やはり文明の問題であり、新しい人間の社会を作っていかなければならない。未来に対して新しい仕事をやっていこう」と発言した。

 加瀬勉さん(多古町/元大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)は、冒頭、「今、飛行機が3%しか飛んでいない。半分めでたくて、半分めでたくない。世界的なコロナ禍でわかるように人間と資本のごう慢さによつて地球を壊してしまった。いかに新しい仕組みを作っていくかという闘いを進めていこう」と強調した。
 そのうえで「オリンピックをやめろ! 選手村を病院しろ! 国立競技場も病院だ。ガラガラの成田空港も病院にしろ! われわれは自分の命を守るために主張していくべきだ。4000億円もかけて飛行場を拡張しようとしているが、そんな無駄なことはやめてコロナ対策資金にまわすべきだ。沖縄の辺野古新基地建設もやめてコロナ対策、命を守るために使うべきだ。そのための行動に進めていこう。さらに無駄遣いが、国防費だ。イージス艦なんかいらいない。人間の命を守るためにカネを使え、と本気でやるべきだ。非常事態宣言は、人間の生存権にかかわる問題だ。コロナ翼賛体制を作ろうとしている。あらゆるカネを命を守るために使え」と訴えた。
 さらに「木の根の土地は、小川源さん、小川明治さんの遺産だ。空港闘争に生涯をかけた土地だ。二人から土地を譲るから最後まで空港闘争を頑張ってほしいと言われ、約束した。しかし、この20年間、小川源さん、小川明治さんの遺志を継いで空港闘争を最後まで頑張ろうと言った人は一人もいない。われわれは引き継いでいく義務があり、全国に広げていかなければならない。小川源さん、小川明治さんの遺志を継いでいく気がない人は、今後、木の根の立ち入りを禁止する」と力強く宣言した。

 山崎さんは、「加瀬さんの発言は、重く受け止める必要がある」と述べ、全体で確認した。

 関西三里塚闘争に連帯する会共同代表の渡邉充春さんからの連帯メッセージが紹介され、「関西三里塚闘争2021旗びらき」(1月31日)を開催することが報告された。

 鈴村多賀志さん(田んぼくらぶ)は、「田んぼくらぶの拠り所であった石井紀子さんが昨年亡くなり、以降、畑の整備・片付けなどを行ってきた。今日をスタートに新たな関わりを考えていきたい。『石井紀子さん追悼の集い実行委員会』の準備をしている」と報告。

 三里塚大地共有運動の会・事務局長の繁山達郎さんからこの間の活動報告と今年の取り組み方針を提起した。

 続いて連帯アピールが日米安保終了通告の会、小山広明さん(元泉南市議)、連帯社、新時代社、オリンピックに反対する仲間から行われた。

 最後に「飛行制限緩和を許さない!第3滑走路建設反対!菅自公政権打倒!」を打ち固め、がんばろう三唱を行った。



 旗開き終了後、東峰地区旧東峰共同出荷場跡へ移動。

 三里塚空港に反対する連絡会主催の「1・10三里塚・東峰現地行動」が取り組まれた。

 前段集会では平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)が、「空港機能強化として、平行滑走路3500メートル化、第3滑走路の新設、夜間運用制限時間の4時間半への短縮などが図られている。このような経過は、円卓会議での『計画予定地および騒音下住民との合意を形成しながら進める』との最終合意からの逸脱だ」と批判した。
 さらに「三里塚歴史考証室(仮称)を起ち上げる。成田空港問題シンポジウム・同円卓会議の結論に照らした、円卓会議以降の成田空港の経過および現在進行している事態の検証を行っていく」と参加を呼びかけた。

 デモに移り、開拓道路からB滑走路に向けて「三里塚空港粉砕!第3滑走路建設をやめろ!全国の反基地・反空港闘争と連帯して闘うぞ」とシュプレヒコールを響かせた。

 (Y)





2021年1月9日土曜日

「石井紀子さん追悼の集い実行委員会」参加・協力の呼びかけ

  2020年3月11日の三里塚の石井紀子さんの交通事故での急逝(享年67)。生前の紀子さんを知る私たちは、いまも信じられない思いでいっぱいです。
 紀子さんは、高校生の時に70年安保に参加。大学では、ウーマン・リブ運動に共鳴。71年、第2次強制代執行阻止闘争から三里塚闘争に参加。リブの人たちが現地から帰った後も、三里塚現地の闘いへの参加を続けました。
 75年結婚後は、東峰の地でワンパック野菜の産直運動、東峰裁判被告団家族会と女たちの会の運動、暫定滑走路反対の声明運動に参加。離婚後、川上に移ってからも、三里塚の情報を発信し、独自の紀子パックを続けました。
 紀子さんは多面的な顔を持つ人でした。学生時代はウーマン・リブ運動に参加しながら、三里塚では「農家の嫁」として苦労を重ねました。
 多くの農家が移転する中、空港反対の志を貫きました。空港反対集会では、「闘いの基本は食事から。おいしい野菜を食べてください」と、都市に住む支援者に農業・食べ物の重要性をいつも説いていました。
 そして、自らを「リブの現闘」と位置づけ、ジェンダーバランスがよくない反対運動の現状に対する叱咤激励を忘れませんでした。
 生前の紀子さんの様々な活動を知り、紀子さんをしのびたい。その一つとして、急逝から1年となる2021年4月に東京で「石井紀子さん追悼の集い」(仮)を企画したいと思います。紀子さんもどこかで、自分の名前が冠された集まりに苦笑しつつ、温かく見守ってくれるのではないでしょうか。コロナ禍で大変な状況ですが、工夫して開催にこぎつけたいと思います。
 生前の紀子さんを知る方、知らない方。多くの皆さんの実行委員会への参加・協力を呼びかけます。

2020年12月

      記

1)追悼の集い呼びかけ人をお引き受けください。1口1000円(複数口歓迎)。公表可か非公表か連絡ください。1次締切、2021年1月7日。最終締切、21年3月末。
2)出席可能な方は、石井紀子さん追悼の集い(仮称;4月3日か4日に都内開催、会場未定)に参加ください。
3)生前の紀子さんの写真・映像・インタビュー記事などの資料を集めています(特に1970~90年代)。お持ちの方は提供をお願いします。

 次回実行委員会

◇日程 2021年1月15日(金)午後6時半~(仮)
◇会場 ピープルズプラン研究所会議室(地下鉄有楽町線江戸川橋駅1b出口6分)

 ▼石井紀子さん追悼の集い実行委員会

連絡先 151-0061東京都渋谷区初台1-50-4-103
     一般社団法人三里塚大地共有運動の会気付  kyoyusanrizuka.net
電話 03-3372-9408 FAX 03-3372-9402
郵便振替 00130-6-697201 一般社団法人三里塚大地共有運動の会

 通信欄に「紀子さん追悼の集い実行委員会」と明記してください。

呼びかけ人 浅井真由美/鎌田慧/繁山達郎/芝崎真吾/島田恵/白川真澄/杉野恵一/鈴村多賀志/辻和夫/中川憲一/野島美香/宮下智行/山口幸夫/山崎宏/山下一夫/渡邉充春 (50音順;1月7日現在)


2020年12月20日日曜日

12.6 一般社団法人三里塚大地共有運動の会/第3回総会/12・6 第3回総会・記念集会


  12月6日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、文京区民センターで「第3回総会」を開催した。

 総会は山口幸夫代表理事の開会宣言の後、山口さんが議長で議事が進行した。

 総会成立を確認した後理事会の指示に従い、事務局(繁山)が事業報告・決算報告を行った。島田監事が監査報告・監事あいさつした。事務局から事業計画・予算案・理事選任の提案を行った。採決で1号議案から6号議案までの議案が賛成多数で承認された。

 総会は、一般社団法人三里塚大地共有運動の会結成から三年目を通過し、あらためて三里塚闘争および一坪共有地運動を守りぬいていく取り組みの意義を再確認した。二〇二一年ステージに向けてスクラムの強化を打ち固めた。

 続いて同会場で「12・6 第3回総会・記念集会」が主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会、共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人) 、 三里塚空港に反対する連絡会で行われ、40人が参加した。

 山口幸夫さん(代表理事)は、主催者挨拶を行った。
 総会報告後、「三里塚闘争の意味は、科学技術振興の国家方針に対して根本的異議申立を行ったことだ。柳川秀夫さんは、『農的価値』を考えろと提案した。新型コロナウィルスは、全世界で感染し、死者も増え続けている。この背景は、経済成長を求めるグローバルな人間、物質の交流をさかんにする道筋を現代社会が作り上げたからだ。空港が最も大きな役割を果たした。人間、物質のいききがなければ自然体系の中でひっそりと住み続けていた新しいタイプのウィルスが人間社会に出てくることはなかった。便利な交通網は、ウィルスにとって都合がいいものだった。人間は、そのしっぺ返しとして不能な状態になっている」。
 「成田空港が赤字経営に陥っているのは当然なことだ。もう一度、三里塚の農民の闘いはなんであったか。現代社会に対して文明を見直せということを突きつけた闘いであった。12月4日、大阪地裁で大飯原発3号機、4号機設置許可取り消し行政訴訟に原告が勝った。原子力ムラが生き続けることができない時代になった。三里塚大地共有運動の会が新しい時代に向かってより深く、思想、運動を広げていこう」。

 山崎宏さん(横堀地区)は、柳川秀夫さん、加瀬勉さん(多古町/前三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)からのメッセージ(別掲)を紹介した。
 さらに現地状況を報告し、「横堀鉄塔から木の根方面を見ると、空港には全日空の飛行機が10機位並んでいる。コロナ危機によって運休を余儀なくされ、国際便を羽田空港にシフトせざるをえなかった。国際空港成田の影が薄くなってきている。滑走路がガラガラの状態だ。それにもかかわらず成田空港会社は、第3滑走路建設を推しすすめ、地権者への買収交渉に入っている。横堀地区では、埋蔵文化財発掘調査が行われているが、山林が切り倒されている。第3滑走路建設に向けた前倒し周辺工事だとも言える。資本と国家が一体となった利潤追求、このような社会の有り様を根本的に捉え返し、空港反対を闘っていこう」と発言した。

 主催者が準備した今年3月11日に急逝した石井紀子さんの映像が映し出された。



最後の発言となってしまった2020反対同盟旗開き時の石井さんの姿とアピールだ。

 繁山達郎さん(事務局長)は、法人活動報告として①2020年の取り組み②登記変更の進捗状況③21年の登記変更の諸注意などを要請した。

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚はいま」をテーマに講演した。

 「三里塚物産・らっきょう工場は、三里塚で生産される農産物に加工付加価値をつけて販売し、空港反対農家の経済基盤を強くして闘争に寄与しようと考えた。

生産と闘争をむすぶ闘争拠点をめざした。熱田派同盟としてシンポ・円卓(1991年11月~1993年10月)の末席に連なった。シンポの開始前に『今後いかなる状況のもとでも強制的手段は用いない』との確約を引き出した。終結時に国はこれまでの空港づくりの仕方を謝罪、2期用地にかかる収用裁決賛成を全部取り下げた。話し合いで闘争の正義性が確定した。日本の民主主義の歴史に画期的な出来事だった。同盟は2期工事に反対、地球的課題の実験村を提案した。だが国は並行滑走路はどうしても必要であるとして工事を進め、現在は第3滑走路建設を進めている。未決着の状態が続いている。円卓会議の結論のように進んでいない」。
 「空港会社による土地収奪は続いている。成田市天神峰の市東孝雄さんの土地に対して農地法を悪用した詐術的な土地取り上げをねらっている。裁判所が許可すればいつでも畑は取り上げられる状況まで追い込まれた。市東さん側は、執行の請求があってもこれを受理しないことを求める『請求異議訴訟』をおこして、12月17日に高裁判決が出る。東峰地区住民一同は、土地の取り上げを許さない『請求異議控訴事件についての要望書』(11月30日)を高裁に出した。市東さんの土地取り上げがあれば、空港会社の次の標的はらっきょう工場か、一坪共有地かもしれない。円卓会議の合意があるのだから、あらゆる意味で強制力を使ってはならない」。

 連帯発言に移り、つぎのような発言があった。

 沖縄のおかのまめさん(辺野古にカヌーを贈る会)は、辺野古新基地建設をめぐる現地攻防、辺野古にカヌーを贈る会の活動を報告した。会場ではおかのさん制作の絵画作品、パンフレット、「沖縄通信」の配布などが行われた。また、コロナ渦における資本の労働者に対する雇い止め攻撃、それに抗する闘いなどを報告し、支援を訴えた。

 面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)は、福島原発刑事訴訟が高裁に移っていることを報告。また、福島原発汚染水放流問題を取り上げ、各地で汚染水反対運動の取り組みを訴えた。

 関西から山田謙さん(東大阪・三里塚闘争に連帯する会)は、コロナ渦における諸困難によって関西三里塚闘争に連帯する会、泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会を代表してアピールした。

 和多田粂夫さん(元管制塔被告団)は、「横堀団結小屋と鉄塔の土地はずっと守り抜こうと思っている。あそこには原勲君などの墓標がある。今後も共に参加していきたい」と決意表明した。.

 浅井真由美さんは、石井紀子さん追悼(仮)の準備について報告し、賛同への参加、石井紀子さんとの交流の思い出など語った。

 最後に島田清作監事が閉会あいさつを行い、「砂川基地拡張反対闘争を闘ってきた。1メートルの拡張も許さず、米軍は出ていってしまった。しかし、横田基地に移り強化されている。オスプレイが配備された。自衛隊部隊も配備されている。司令塔として運用され、軍事訓練が頻繁に行われている。横田基地撤去に向けて闘い続け、三里塚闘争、全国の基地反対と連帯しながら運動を続けていきたい」と訴えた。


■12・6第3回総会記念集会へのメッセージ

三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人 柳川秀夫
 コロナウイルス感染拡大の中、本日の総会、記念集会に御参集の皆様ごくろうさまです。 このような事態は全て人間の行き過ぎた社会活動に起因するものです。 三里塚に空港問題が発生して54年になりました。巨大開発とその経済成長は人類の存亡が問われるまでに害悪を広めてしまいました。
 根本的反省と新たな社会の在り方(コロナ対応ではない)が求められているものの、為政者はなおも持続の柱を経済の発展として消費の拡大を追い続けています。三里塚の空港の拡張もその一環であります。
 そのような情況の下、それらに反対し闘っていきついた所は人類とその社会が持続できることを課題とした新たな闘いであります。
 三里塚に共有地が存続し、その場所が新たな試みの場でもあり、また創造の発信の地になることを願って止みません。
 共有運動も苦難があると思いますが奮闘よろしくお願いします。
  2020.12.6

■成田空港「第3滑走路」反対!廃港に向けて共に闘おう
  加瀬 勉  2020.12.6

三里塚闘争の性格
 国家権力の暴力をもって国家犯罪の積み重ねによって建設された。農民は建設反対同盟を組織、家族ぐるみ、集落ぐるみで全国の広範な人民と共闘して闘ってきた。
 先祖伝来の土地を守る意識には生存権、財産権、居住権、職業選択の自由、健康で文化的な生活を送る権利、思想、信条、人間の良心を守る自由等の人権擁護の生存基本権を守る闘いであったと思う。

闘争の現段階
 闘争は50年の長きに及び、さらに闘争は継続されている。新たに拡張計画がだされた。空港会社の説明会が終了し、関係住民93%の人が同意したとし発表した。
その同意した人たちに、①土地に対する境界を確認すること②土地に対する所有権の確認をすること③各戸の土地、家屋に対する立ち入り調査が行われている④土地、家屋に対する移転の評価価格は明らかにしていない。
 多古町牛尾騒音移転地区のケース―①集落戸数100戸である。移転希望の人は52名である。
②三里塚闘争が発生した時代に生まれた人たちが集落の中心になっている。三里塚闘争を知らない人たちである。
③農家は92戸である。20戸が農業経営を兼業で行っている。残り60戸余りは農業の経験を持たない人たちで、学校から他の職業に就いた人たちである。村に経済的生活基盤を持たない人たちである。村をベットタウン化している人たちである。
先祖伝来の意識とか、土地、地域に自分の生き方を刻んできた意識はない。④村に住みながら農業の経験のない人たちの子供たちは、親たちと生活していない。村に住んでいない。就職とともに都市部に住んで結婚し、子供を育てている。村に帰る気はない。
⑤家屋敷、土地を売ってマンションを買い求め、家を新築して独立するために、空港建設による移転はまたとない機会だと思っている。⑥村にいる80才~90才超老人ばかりである。一戸一名の割合で、通院、入院、自宅療養、介護施設の利用をしている人たちである。不安と動揺をしている。この人達の最後は介護施設に、その子たちは都市部の息子夫婦と生活をともにする計画を立てている。 生産、生活の主体が村には存在していない。

歴史の転換期
 コロナの発生を契機に生活、生産、文化など人間のあらゆる領域で新しい価値観の転換が始まっている。一つだけ例にとるならエネルギー政策も風力、太陽、地熱の利用へ。住宅建設は高いビルディングを立てること、そしてその建物の中の空調をいかに快適にするかが基本であった。そうではなく家を自然の延長として開放してゆく価値観に変わってきた。
 空港建設は膨大な化石エネルギーを消費し、二酸化炭素を拡散させ、騒音地獄の中で人間を密封しようとしている。空港建設は時代の流れに、歴史の流れに人類の生存に敵対するものである。

廃港に向かって
 目の前は困難が山積している。歴史転換期に際しての主体の建設が遅れているからである。コロナの発生によって成田国際線99%が稼働していない。日本の航空会社、世界の航空会社は倒産の状態である。空港がなくても、飛行機がなくても人の交流は、国際的にもできる。自信をもって廃港に向かって闘いを継続してゆこう。


2020年11月28日土曜日

三里塚 2021反対同盟旗開き

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2021年1月10日(日)正午
場所:横堀農業研修センター
  (千葉県山武郡芝山町香山新田131/案山子亭0479-78-8101)
参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え
           京成東成田線  [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】


1.10三里塚・東峰現地行動
◦日時:2021年1月10日(日)午後3時
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
    /集会後、開拓組合道路に向けてデモ

◦会場への行き方
 ①2021反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動
 ②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機
  /12:34発  京成上野特急 →13:42着 成田→13:52発  京成成田 →乗り換え
              京成東成田線  [芝山千代田行き]→13:57着  東成田
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会

 新型コロナウィルス感染拡大は第3波といわれる段階に至り、社会的に深刻な事態に陥っている。これの原因はもはや自然現象といって済む問題ではなく、政府―支配者階級の政策の結果であることが明白となっている。

 口先では感染をおさえ込むと言いながら実際には逆の施策を推し進めているのだ。PCR検査をはじめとする医療体制の緊急な充実が必要であるにもかかわらず、経済回復が大事とばかりに「GO TO」キャンペーンを優先させてきた。その結果がもはや覆うべくもなくなった今、政府はあわててその見直しを言い始めている。

 医療従事者は極めて厳しい労働を強いられており、専門家は医療崩壊の危機を訴えている。しかし、為政者、資本家たちはその声を真剣に聞こうとせず、経済最優先の姿勢を変えようとせず、労働者人民の生命、生活など何も考えていない。それどころか菅自公政権はこの事態を利用して人民管理・支配を強化しようとしている。かかる菅自公政権を1日も早く打倒しなければならない。

 三里塚空港をめぐる情勢もこれまでにない事態に立ちいたっている。世界的なコロナ感染の結果、国際便の多くが欠航となり20年度上期の国際線旅客数は97%減となり、全日空(ANA)は国際便の全てを羽田空港にシフトした。国内便も日航(JAL)をはじめ大幅な減便を余儀なくされている。また成田を拠点とするLCC(格安航空会社)も事業撤退や運休に追い込まれている。LCCは事業を始めて間もないため経営体力が弱く、安い運賃設定のため普段からコスト削減を徹底しており、危機に対する余力が小さいためだという。

 航空需要とりわけ国際線の減少で成田空港の使用数は著しく低下し、成田離れが進んでいるにもかかわらず、国交省―成田空港会社田村社長は「C滑走路計画は確実に進める」と語っている(6月29日)。

 だが、第3滑走路建設や夜間飛行時間の大幅延長の成田空港機能強化計画に反対する横芝光町の住民は、国交省に対して計画の凍結を申し入れている。また同町の木戸台区は「私たちの生活環境をこわすな 空港騒音 断固反対」の看板を掲げている。第3滑走路建設によって騒音下に置かれ甚大な健康被害、生活破壊を受けることになる住民の反対の声を無視して資本の利益追求のために計画を進める空港会社を許すことはできない。

 成田空港は国際線の大幅な減便により、4月10日からB滑走路を完全に閉鎖した。ところが7月22日供用を再開した。この日は「GO TOトラベル」の開始日だったのだ。B滑走路はガラ空きで再開など全く必要ないにも関わらずである。まさに「国策」に合わせての再開であった。

 労働者・人民の生命・生活をないがしろにして自らの利害のためにのみ政策を推し進める政府―資本の本質を見抜き、菅自公政権打倒! 三里塚空港粉砕! 第3滑走路建設反対の闘いを三里塚農民と連帯して闘い抜こう。三里塚現地に結集しよう! (20.11.23)




2020年11月12日木曜日

一般社団法人三里塚大地共有運動の会・12.6第3回総会記念集会

 【1】 一般社団法人三里塚大地共有運動の会第3回総会

正会員の皆様 総会への参加お願いします

★事前に総会議案は郵送します。欠席の方は、   委任状の返送お願いします。(事務局)
◦日時:12月6日(日) 午前11時30分受付/12時総会開始
◦会場:東京・文京区民センター2A    (地下鉄三田線・大江戸線春日駅下車)
◦主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会

【2】一般社団法人三里塚大地共有運動の会・12.6第3回総会記念集会
    「三里塚は、いま」
主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会
共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
       三里塚空港に反対する連絡会
日時:12月6日(日)/午後1時30分開場、午後2時開始~/資料代 500円
会場:東京・文京区民センター2A(地下鉄三田線・大江戸線春日駅下車)
連絡先/〒151―0061 東京都渋谷区初台1―50―4―103
一般社団法人三里塚大地共有運動の会 電話  03-3372-9408/FAX03-3372-9402

 集会案内
◦主催者挨拶・総会報告 山口幸夫さん(代表理事)
◦三里塚からメッセージ(予定)
◦三里塚現地報告 山崎宏さん(横堀地区)
◦法人活動報告 三里塚大地共有運動の会事務局
◦講演 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)
        「三里塚は、いま」
◦連帯発言
   沖縄―おかのまめさん(辺野古にカヌーを送る会)、
   福島―面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)
   関西―関西・三里塚闘争に連帯する会(仮)
   元管制塔被告団、他

 2020年、世界を襲った新型コロナパンデミックによって航空需要は蒸発。成田空港でも、20年度上期の国際線旅客数は97%減と激減。4月には開港後初のB滑走路閉鎖(~7月)に追い込まれました。全日空が国際線再開時の羽田空港優先方針を打ち出すなど、成田離れが進んでいます。成田空港4者協議会(国・千葉県・9自治体・成田国際空港会社)が18年3月に合意し、住民の騒音被害を無視して推進してきた第3滑走路(3500m)建設、B滑走路延伸などの成田空港機能強化計画の破産は明らかです。
 だが、成田空港会社社長田村は「C滑走路計画は確実に進める」(6月29日)と、空港拡大計画を推進しています。
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は50年をこえる三里塚闘争の一坪共有運動を継承し発展させるために18年に活動を開始。共有地の法人への登記移転、三里塚闘争支援を進めてきました、2020年の活動を踏まえ、2021年の大地共有運動へ向けて第3回総会記念集会を開催します。







2020年7月12日日曜日

報告:6.28東峰現地行動

 6月28日、三里塚空港に反対する連絡会主催による「石井紀子さんと共に 三里塚『第3滑走路』反対! 夜間飛行時間延長を許さない! 安倍政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 6・28東峰現地行動」が取り組まれ、42人が参加した。前段集会の会場は、強雨のため平野靖識さん(らっきょう工場)から東峰地区のらっきょう工場の一角を借りて行われた。

 第1部集会は、司会の山崎宏さん(労活評現闘/芝山町横堀地区)から開催あいさつから始まった。
 次に柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人/芝山町)のメッセージが読み上げられた。
 「今は六月下旬、梅雨の真っ最中である。三里塚空港は、新型コロナウィルスの流行のため旅客機の飛行が極端に減少し、4月12日からは平行滑走路が完全閉鎖されている。平行滑走路の飛行コース下は、静かである。
 こうしたことで飛行機が飛ばなくなるとはまったく予想もできなかった。しかし、第3滑走路の建設計画は日々着々と進められている。横堀・丹波山の空港会社用地では工事が連日行われ、滑走路予定地・騒音地区住民の移転工作も進められている。ただひたすら利潤を追求することだけを求めて空港を拡大することが、はたして正しいことなのかが根本から問われている。今回の新型コロナウィルスの流行はそのことを突きつけているのではないか」。

 続いて加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉/多古町)のメッセージ「石井紀子さん追悼する」が読み上げられた。
 (要旨)「〈1〉三里塚闘争に生涯をかけてきた一人の同志をまた失った。紀子さんの遺志を引き継ぐことは『言はやすく行うは難し』である。悲しみを力に変えて断乎進んでゆこうではないか。
 〈2〉小川明治副委員長が亡くなって天浪の墓地を掘り起こした。小川明治副委員長の棺は反対同盟が作った檜の特製のものであった。三里塚大山の火葬場の施設には入らなかった。市販の棺に明治副委員長の白骨死体を入れ替えて火葬した。空は騒音地獄、地上田畑を奪い、村を廃墟にし、自然を破壊し、コンクリートで埋め尽している。三里塚の天地に眠るところなどない。紀子さんの遺志を引き継ぐとゆうことは闘うわれわれの血と肉体の中に紀子さんが生きていることである。紀子さんと共に戦いつづけよう。……紀子さんをはじめ三里塚闘争に生涯をかけた同志が安らかに眠ることのできる三里塚の大地をつくりあげよう」。

 平野靖識さん(らっきょう工場)は、「コロナ騒ぎの中で外国人の訪日ができないでいる。この状態が5年も続くと言われている。空港会社は、23万回の離発着を言っているが、とても第3滑走路などは必要ない。空港機能の拡大も考えなおすべきだ。東峰地区にとって、4月12日以降、平行滑走路が閉鎖され、静かな日常を楽しむことになっている。生協を通した販売も増えた。しかし、コロナ第二波、三波がくることで仕事が続くだろうかという不安も抱えているが、奮闘している」と報告。
 さらに「紀子さんとは、いろんな局面で議論してきた。原則の人だった。シンポジウム、円卓会議に対して反対でした。東峰ワンパックと分かれて紀子パックを立ち上げたことなど紀子さんなりに原則を貫き通した。新年の反対同盟旗開きにおける紀子さんの豚汁は、野菜が一杯で大変おいしかった。食べることの重要性を常に訴えてきた人でもあった」と述べた。

 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会事務局長)は、「東峰現地行動は、1999年時の暫定滑走路建設計画があったころから取り組んできた。集会には、毎回、石井紀子さんからのアピール、メッセージがあった。共に東峰を守るために闘いぬいてきたが、紀子さんの声が聞けないのは大変残念だ」と発言。
 また、「1983年から共有地の再共有化を取り組んだ。すでに30年以上経過しているが、共有地を守りぬき、政府の所有者不明土地対策法による土地取得の策動をはね返すために法人を結成した。共有地を法人に移転登記すれば、法人が管理していくことができる。すでに登記変更に着手し、昨年が20人、現在、30人が終了し、さらに増やしていきたい。ぜひ協力してください」と呼びかけた。


 第二部は、「石井紀子さん追悼」と運動報告。司会は辻和夫さん(田んぼくらぶ)。
 アピールは、高見圭司さん(スペース21)、渡邉充春さん(関西・三里塚闘争に連帯する会)、小山広明さん(元泉南市議)、根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)、山田謙さん(東大阪三里塚闘争に連帯する会)、鈴村多賀志さん(田んぼくらぶ)、野島みかさん、片岡万里子さん(労活評)、山崎宏さん(労活評)、国富建治さん(新時代社)から行われ、紀子さんの思い出、運動報告などが語られた。
 集会後、デモに移り、開拓道路に到着。仲間たちは石井紀子さん追悼の黙祷を行い、「第3滑走路反対!三里塚空港粉砕!」のシュプレヒコールを空港に響かせた。

 デモ終了後、第3滑走路計画に対する現地調査に向かう。建設予定地のど真ん中の加茂地区では空港周辺地図を見ながら山崎さんの解説を受け、あらためて大地と自然破壊、空港公害に満ちた第3滑走路建設計画の実態を暴き出した。

 加茂地区から飛行騒音直下コースを確認しながら多古町に到着。加瀬さん宅に向かう。加瀬さんは、サツマ芋とジャガイモを用意し、迎えてくれた。
 加瀬さんは言う。「コロナによって空港が止まり、空港会社が破産していく。廃港をめざすわれわれにとっては喜ばしいことだ。グローバルな世界が壊れ、矛盾が深まっていく。新しい闘いは、命を守る運動、生活を守る運動などによって根底から問い直さなければならない。さらに旧日本軍731部隊の石井四郎中将は千代田出身だ。天皇制との対決も負けるわけにはいかない。天皇制と三里塚の関わりを切開し、人民の闘いを明らかにしていく」と決意を述べた。
 参加者は、加瀬さんの問題提起を受け止め、三里塚闘争と新たな闘いの方向性への踏み込みに向けて誓い合った。(Y)

2020年5月8日金曜日

三里塚 6.28東峰現地行動

追悼 石井紀子さん
飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 
  安倍政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

◦日時:6月28日(日)正午
◦場所:旧東峰共同出荷場跡/集会後、開拓道路に向けてデモ
◦デモ終了後、現地調査(第3滑走路計画予定地など)/共催・三里塚大地共有運動の会◦会場への行き方/京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機/9:13発  京成上野特急 →10:22着 成田 乗り換え→10:32発  京成成田 →東成田10:37着   
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
             連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90-5/電話:FAX0479-78-8101

  命を軽視する安倍政権打倒!

 安倍自公政権は新型コロナウィルスの感染拡大に対して非常事態宣言を発して強力な権限を行使している。しかし、そもそもここまで感染が拡大したのは安倍政権のコロナ対策の遅れとデタラメさに原因があるのだ。
 何よりも最優先しなければならなかった命をどう守るか、という問題をなおざりにして、オリンピックを開催するため全力を傾けた。許されないことは、この事態を利用して安倍の改憲―その中軸をなす緊急事態条項を成立させようと目論んでいることだ。
 労働者・人民にとって安倍政権を打倒することは一刻の猶予もならない。全力で安倍を引きずり降ろさなければならない。 

 成田空港は新型コロナの世界的蔓延の影響で航空機の発着回数が大きく減少したとして、4月12日から2本ある滑走路のうちの1本(B滑走路)を閉鎖した。成田国際空港会社は「回復までは相当程度の期間を要すると見込まれる」としている。感染症の流行によって滑走路の運用を止めるのは1978年の開港以来初めてである。
 国交省―空港会社は空港機能の拡大と称して第3滑走路の建設と飛行時間の延長をセットにして打ち出した。
 現行飛行時間でも騒音被害に苦しむ騒音地区住民、そして新たな騒音直下で被害を受けることになる地域住民は反発し、各地で反対の声を上げ、意志表示を行った。しかし、国交省・空港会社・千葉県・周辺自治体からなる四者協議会は反対する住民の意志を踏みにじって、地元振興策という金のばらまきにからめ取られ、計画に同意していった。

     人権・環境破壊の成田空港機能拡大反対!

 国、資本の利益追求のために住民の生活、健康、環境を破壊してでも計画を推進するという構造がここでも再び繰り返されているのだ。
 国土交通省は昨年12月24日、「公聴会」を開催し、賛成、反対双方の意見を聞くというアリバイ的な手続きを行った。それを受けて今年1月、航空法に基づき施設変更を許可した。空港会社は2029年3月末の完成を目指し、用地買収に着手するとしている。
 住民の生活を破壊して、資本の利潤を追求する第3滑走路建設、飛行時間延長計画を断じて許すことはできない。
 用地内農民、騒音被害地区住民と連帯し、計画に反対して闘い抜こう!
                 2020.4.20

■ 石井紀子さんは、 3月11日午後6時47分頃、成田市新田路上、軽トラックでご自宅に帰られる途中、軽乗用車と衝突する交通事故で急逝されました。
 6.28東峰現地行動は、石井さんのご冥福をお祈りし、遺志を引き継いでいくことを確認していきたいと思います。

2020年3月20日金曜日

石井紀子さんの急逝を悼む

信じたくないことだが、三里塚の石井紀子さんが3月11日の夕刻、帰宅途中に交通事故で亡くなった。1952年12月18日生まれ。67歳と2カ月の人生を、差別と闘い、三里塚を闘い、全力で駆け抜けていった。
全共闘運動が盛んだった高校生時代に社会主義研究会に入り、70年安保、制服廃止、卒業式粉砕などをたたかって71年に法政大学に入学。そこは学生運動のメッカだった。田中美津のウーマン・リブ運動に共鳴し、学内に女解放学生戦線をつくって活動した。
三里塚には71年の第2次強制代執行阻止闘争に労学連を通して、リブの人たちと一緒に参加。現地に行ってみて、三里塚は男の闘争でしかないとリブの人たちは労学連と分れ三里塚を放棄したが、紀子さんはその理屈に納得せず、独りで三里塚に通った。
学内で議論に明け暮れている男たちとは違う魅力が青年行動隊にはあり、青行のひとりの石井恒司さんと75年に結婚。反対同盟の農家の嫁という立場になって、「百姓を一人前になるには10年かかる」、「この仕事は二、三年たたないと出来ないから」などと、さんざんに苦労する。
わたしが紀子さんと出会ったのは76年にワンパック野菜の産直運動が始まってからである。小泉英政さんが、ベトナム行き戦車を阻止しようとする相模原の「ただの市民が戦車を止める」会と「くらしをつくる会」の運動に共感して、始めたのがこの運動である。誤解を恐れずに言うと、小泉さんは三里塚闘争の行く末を考え、展望がなかった青行に希望を抱かせ、ワンパックという運動を始めたのである。石井恒司・紀子さんはワンパック野菜運動に最初に共鳴した夫婦である。
この運動に現地で加わったのは、小泉美代、島寛征・ひさ子、石井新二・順子、小川直克・篤子、山口義人、染谷かつ、田中富美、下野啓子、守田力、外山哲さんらである。
97年、小泉さん夫婦はワンパックを離れ循環農場を始めたが、ワンパックという名前は残った。その後、ワンパック農家も入れ替わりがあり、恒司さんと離婚したのち、紀子さんはワンパックに野菜を出荷し続けながら、三里塚の情報を発信し、独自の紀子パックを始めていた。
ワンパック野菜に初めから熱心に取り組んでこられた近藤悠子さん(元婦人民主クラブ代表)が去年11月に亡くなった。近藤さんを尊敬していた紀子さんは、お通夜の晩と翌日のお葬式に三里塚からかけつけてくれた。たいへん思いやりのあるひとだった。
ワンパック野菜に入ってくるチラシ「本日の野菜」には生産者の声が交代で載る。
紀子さんが書いた最後の記事は1月29日付で、「冬の畑」と題して、三里塚の四季の畑の様子とその中の暮らしを生き生きとつづり、「大好きな冬の畑に今日も出かけていける幸せな日々です」と結んでいる。その幸せの日々は終わってしまった。謹んでご冥福を祈る。
(山口幸夫、2020年3月)


2020年1月16日木曜日

報告:2020反対同盟旗開き&1.12東峰現地行動

 1月12日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2020反対同盟旗開き」を行い、50人が参加した。
 国交省は、2019年11月5日、成田空港の機能強化策を実施するための基本計画(第3(C)滑走路(3500m)新設、平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸)を改定した。成田空港会社は、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実に飛行時間の1時間延長を打ち出し、冬ダイヤ(2019年10月)から強行している。
 国交省・空港会社・推進派が一体となって空港機能拡大の既成事実を積み上げたうえでアリバイ的に行ったのが公聴会(12月24日)だ。だが朝日新聞(19・12・25)が、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」などの反対意見を紹介し、「反対意見も根強く」「騒音被害住民に懸念」の見出しをつけざるをえないのが実態だ。田村明比古空港会社社長は、年頭あいさつで住民の不安や反対意見を無視し、「激しい内外の空港間競争に勝ち抜く」ために「発着時間を1時間延長した運用を始めることができました。これもひとえに地域の皆さまのご理解ご協力あってのもの」と言うしまつだ。今年も金儲けのために住民無視、空港公害を広げていくと宣言した。
 反対同盟は、「第三滑走路建設反対」を掲げ、空港周辺住民、闘う農民とともに反撃していくことを旗開きで意志一致した。

 旗開きは、山崎宏さん(横堀地区)の司会で始まった。
 柳川秀夫さん(反対同盟代表世話人)は、「昨年は台風で大変だった。大量生産・大量消費によって、地球の許容量を超えてしまった結果だ。人間の生存の問題まできている。対処療法では乗り切れない。どういう社会を作っていくのかとして問われている。壊滅的な環境によって、すでに遅いと感じている。未来まで永続できる社会を目指していきたい。第3滑走路問題、空港機能の巨大化も同じものとして問われている。今年も頑張って闘っていこう」と発言した。

 石井紀子さん(川上地区)は、「台風被害に対して皆さんからお見舞いをもらい、ありがとうございました。台風によって畑に被害がでました。停電も長かった。ポンプが使えず、水も止まってしまった。高齢者にとっては命にかかわる問題だった。水を配ったり、みんなの力で乗り切った。温暖化のせいでもっと大きな台風もありえる。天災に身構える農業を考えていかなければならないと感じている。これまでビニールトンネルを使って栽培してきたが、気候の温暖化を少しでも止めるためにビニールを減らしていきたい」と述べた。

 平野靖識さん(らっきょう工場・東峰地区)は、「台風によって停電となり冷蔵庫が止まり、にんじんジュースの原料を廃棄せざるをえなかった。あらためて電気に頼りきっているなと感じた。顧客は、三里塚闘争に関わったお客さんも多くて出荷の遅延でも助けられた」と報告。
 さらに「成田空港シンポジウムで隅谷調査団の『成田空港は内陸空港だから控えめに使うべきだ』という最終書見を確認した。円卓会議では『今後の空港作りについて、当事者・騒音下住民との話し合いを行い、改廃も含めて行う』と約束したはずだ。現在の成田空港機能拡大は、それを破るものだ。住民の不安に対して答えるものとなっていない」。
 また、「空港会社は、天神峰地区の市東孝雄さんの土地を取り上げようとして裁判を行っている。会社は、旧地主から底地権を買い取ったことをひた隠してきた。市東さんは、土地が売られていたことを知らずに借地代を払い続けてきた。こんなでたらめがあるにもかかわらず最高裁は不当判決を出した。市東さんは、執行停止に向けて裁判闘争中だ。私は証人として裁判で証言した。成田空港シンポ・円卓会議の結論からしておかしいという観点から今後も発信していきたい」と報告した。


2020年1月11日土曜日

報告:12.24第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動


                   三里塚空港に反対する連絡会

 12月24日、三里塚空港に反対する連絡会は、芝山文化センター(山武郡芝山町)前で「第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動」を行った。
 国、空港会社、推進派が一体となって夜間飛行制限の延長、第三滑走路建設、B滑走路延伸の強行をねらっている。公聴会は明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さず、公聴会に抗議した。

 連絡会は、午前九時過ぎ、センター入口前で「第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!」の横断幕を掲げた。仲間は、トランジスターメガホンを使って①アリバイ的な公聴会の意図②生活の破壊を許せない③利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか④金と力で空港は建設されてきた⑤約束を反故にしてまたも強権行使⑥国や空港会社の言いなりにはならない―と批判した。
 公聴会は、午前10時に開始。国土交通省は、「この公聴会は、成田空港の施設と同空港で指定した延長進入表面などに変更が生じることから、航空法第43条第2項で準用する同法第39条第2項の規定に基づき、利害関係を有する方から意見を伺い、公正に行政処理を行う手続きの1つです。」などと言っている。自ら「手続きの1つ」と位置づけているように形式的に意見を聞くというものでしかない。
 公聴会では住民、関係事業者など38人が意見を述べ、約280人が傍聴した。朝日新聞(2019・12・25)によれば、反対意見が騒音地域の住民からあり、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」と抗議する意見が続いた。
 国交省は、このような反対意見をどのように扱うのか、反対や疑問意見があれば計画を中止するのかなどについてなんら答えず、従来通りの不誠実な姿勢のままであり、強引に押し進めていくという居直りでしかない。
 公聴会強行糾弾!第3滑走路建設・飛行時間延長を中止しろ!


●公聴会参加者に向けて配布したビラ

第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!

 公聴会に参加される住民の皆さん。私たちは三里塚空港絶対反対を掲げて反対運動を闘ってきた三里塚農民と連帯してきた各地の労働者市民からなる団体、「三里塚空港に反対する連絡会」の者です。
 2002年のサッカー・ワールドカップ大会を口実に政府・空港公団が暫定滑走路(B滑走路)を建設しようとしたことに反対し、「暫定滑走路に反対する連絡会」結成し、生活を破壊され、自分の土地から追い出される空港予定地用地内農民と共に反対運動を行ってきました。用地内農民はB滑走路が供用されている今も用地内で粘り強く闘い続けており、私たちも名称を変えて今も共に活動を行っています。
はじめに

 政府・国土交通省は2013年、空港機能の拡大を目指すとして2028年度までに第3滑走路を建設するという計画と、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にして飛行時間の延長(現行午前6時から午後11時までを午前5時から翌日午前0時半まで)をセットで地元に提案してきました。これを受けて成田国際空港株式会社は併せて平行(B)滑走路を北側に1キロメートル延伸するという計画まで提示し、これを実現するために一方的に説明会を行ってきました。
  この計画により新たに約2000戸が騒音地域に指定され、約200戸が移転を余儀なくされることになります。

生活の破壊を許せない 

 この計画を推進するために国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会が結成され、住民説明会が各地区で行われてきました。移転対象となる住民、新たに騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地域住民からは厳しい批判の声が上がり、断固反対が次々と表明されました。
 空港開港以来騒音により身体的、精神的な影響を受けたり、航空機の落下物の恐怖におびえながら生活してきた飛行直下の住民にとってはさらなる被害の拡大は到底容認できるものではありません。
 また移転となれば生活の根底からの転換を強いられることになります。騒音地域の拡大によってそれまで平穏な生活を送って来た住民にとっては突然騒音下に置かれ落下物の恐怖におびえながら生活しなければならないことになります。航空機からの落下物は開港以降おびただしい数に上り、最近でも成田を含めて各地で航空機の一部が脱落する事故が相次いでいます。また昨年7月には成田市東峰で離陸寸前の米貨物機がオーバーランで大事故寸前になっていたことが明らかとなりました。 

利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか

 住民説明会においてこの計画に対する批判、反対の声があがるのは当然のことです。空港会社は飛行制限時間を3時間短縮するという案から1時間短縮という見直し案を提示し住民に説明しました。
 しかし、住民はこれにも納得せず、なし崩し的にさらに短縮するのではないかと不信感を募らせています。関係自治体は住民の反対を無視し、交付金の増額・地域振興策と引き換えに空港会社の見直し案を受け入れ「早急に地域振興策を」と、前のめりになってきました。住民の生活を破壊してでも一部の利害関係者の利益を追及するという姿勢です。

金と力で空港は建設されてきた

 成田空港は最初から地元住民の意志を無視して作られてきました。政府と千葉県の一方的な思惑によって三里塚の地に決定され、住民にとっては全く寝耳に水のことでした。農民の生活の糧である農地を一方的に奪い追い出そうとしたのです。農民はからだを張ってこれに抵抗しました。政府・空港公団(当時)は警察機動隊の暴力を使って力でこれを押さえ込み、また札束を積んで農民を懐柔し、空港を建設していったのです。
 このようなやり方は最初から一貫して今日に至っています。現在の政府・空港会社のやり方は形こそ違いますが、本質は全く変わっていません。あたかも住民の意見を聞くというポーズを取りながら、政府が決めたことは何が何でも進めていくということです。説明会を各地で小まめに開いて「住民の意見、要望を聞いた。」というアリバイを作り。既成事実を積み重ねていくのが彼らのやり方です。

約束を反故にしてまたも強権行使 

 政府・空港公団(当時)は1991年から94年にかけて行われた「成田シンポジウムー円卓会議」の結果を受けて「強制的な手段によらず話し合いによる解決をはかる」と反対派農民と確約し、事業認定を取り下げ、強制代執行による土地の取上げはあきらめました。しかし、空港会社はそれ以降、民事裁判に提訴して裁判所の強制力を使って農民、地権者から土地を取り上げるという手段を取ってきました。
  公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされていますが、計画を推進するための手続きに過ぎず、反対する住民の意見も聞いたというアリバイ作りに過ぎません。

国や空港会社の言いなりにはならない

  用地内には現在も成田市の東峰、天神峰、木の根地区に農民・住民が住んで生活しており、また芝山町の横堀地区にも反対派の土地があり、政府・空港会社の横暴と闘っています。住民が闘い続ける限り政府や空港会社の思い通りには行きません。それはこの間の三里塚の農民の闘いが示してきました。行政に期待し任せているだけでは最後は国や空港会社の思うままに進んでしまいます。
 地域と住民の健康、生活を守るため第三滑走路の建設に反対し、夜間飛行制限時間の短縮に反対しましょう。
(2019年12月24日)