2020年3月20日金曜日

石井紀子さんの急逝を悼む

信じたくないことだが、三里塚の石井紀子さんが3月11日の夕刻、帰宅途中に交通事故で亡くなった。1952年12月18日生まれ。67歳と2カ月の人生を、差別と闘い、三里塚を闘い、全力で駆け抜けていった。
全共闘運動が盛んだった高校生時代に社会主義研究会に入り、70年安保、制服廃止、卒業式粉砕などをたたかって71年に法政大学に入学。そこは学生運動のメッカだった。田中美津のウーマン・リブ運動に共鳴し、学内に女解放学生戦線をつくって活動した。
三里塚には71年の第2次強制代執行阻止闘争に労学連を通して、リブの人たちと一緒に参加。現地に行ってみて、三里塚は男の闘争でしかないとリブの人たちは労学連と分れ三里塚を放棄したが、紀子さんはその理屈に納得せず、独りで三里塚に通った。
学内で議論に明け暮れている男たちとは違う魅力が青年行動隊にはあり、青行のひとりの石井恒司さんと75年に結婚。反対同盟の農家の嫁という立場になって、「百姓を一人前になるには10年かかる」、「この仕事は二、三年たたないと出来ないから」などと、さんざんに苦労する。
わたしが紀子さんと出会ったのは76年にワンパック野菜の産直運動が始まってからである。小泉英政さんが、ベトナム行き戦車を阻止しようとする相模原の「ただの市民が戦車を止める」会と「くらしをつくる会」の運動に共感して、始めたのがこの運動である。誤解を恐れずに言うと、小泉さんは三里塚闘争の行く末を考え、展望がなかった青行に希望を抱かせ、ワンパックという運動を始めたのである。石井恒司・紀子さんはワンパック野菜運動に最初に共鳴した夫婦である。
この運動に現地で加わったのは、小泉美代、島寛征・ひさ子、石井新二・順子、小川直克・篤子、山口義人、染谷かつ、田中富美、下野啓子、守田力、外山哲さんらである。
97年、小泉さん夫婦はワンパックを離れ循環農場を始めたが、ワンパックという名前は残った。その後、ワンパック農家も入れ替わりがあり、恒司さんと離婚したのち、紀子さんはワンパックに野菜を出荷し続けながら、三里塚の情報を発信し、独自の紀子パックを始めていた。
ワンパック野菜に初めから熱心に取り組んでこられた近藤悠子さん(元婦人民主クラブ代表)が去年11月に亡くなった。近藤さんを尊敬していた紀子さんは、お通夜の晩と翌日のお葬式に三里塚からかけつけてくれた。たいへん思いやりのあるひとだった。
ワンパック野菜に入ってくるチラシ「本日の野菜」には生産者の声が交代で載る。
紀子さんが書いた最後の記事は1月29日付で、「冬の畑」と題して、三里塚の四季の畑の様子とその中の暮らしを生き生きとつづり、「大好きな冬の畑に今日も出かけていける幸せな日々です」と結んでいる。その幸せの日々は終わってしまった。謹んでご冥福を祈る。
(山口幸夫、2020年3月)


2020年1月16日木曜日

報告:2020反対同盟旗開き&1.12東峰現地行動

 1月12日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2020反対同盟旗開き」を行い、50人が参加した。
 国交省は、2019年11月5日、成田空港の機能強化策を実施するための基本計画(第3(C)滑走路(3500m)新設、平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸)を改定した。成田空港会社は、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実に飛行時間の1時間延長を打ち出し、冬ダイヤ(2019年10月)から強行している。
 国交省・空港会社・推進派が一体となって空港機能拡大の既成事実を積み上げたうえでアリバイ的に行ったのが公聴会(12月24日)だ。だが朝日新聞(19・12・25)が、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」などの反対意見を紹介し、「反対意見も根強く」「騒音被害住民に懸念」の見出しをつけざるをえないのが実態だ。田村明比古空港会社社長は、年頭あいさつで住民の不安や反対意見を無視し、「激しい内外の空港間競争に勝ち抜く」ために「発着時間を1時間延長した運用を始めることができました。これもひとえに地域の皆さまのご理解ご協力あってのもの」と言うしまつだ。今年も金儲けのために住民無視、空港公害を広げていくと宣言した。
 反対同盟は、「第三滑走路建設反対」を掲げ、空港周辺住民、闘う農民とともに反撃していくことを旗開きで意志一致した。

 旗開きは、山崎宏さん(横堀地区)の司会で始まった。
 柳川秀夫さん(反対同盟代表世話人)は、「昨年は台風で大変だった。大量生産・大量消費によって、地球の許容量を超えてしまった結果だ。人間の生存の問題まできている。対処療法では乗り切れない。どういう社会を作っていくのかとして問われている。壊滅的な環境によって、すでに遅いと感じている。未来まで永続できる社会を目指していきたい。第3滑走路問題、空港機能の巨大化も同じものとして問われている。今年も頑張って闘っていこう」と発言した。

 石井紀子さん(川上地区)は、「台風被害に対して皆さんからお見舞いをもらい、ありがとうございました。台風によって畑に被害がでました。停電も長かった。ポンプが使えず、水も止まってしまった。高齢者にとっては命にかかわる問題だった。水を配ったり、みんなの力で乗り切った。温暖化のせいでもっと大きな台風もありえる。天災に身構える農業を考えていかなければならないと感じている。これまでビニールトンネルを使って栽培してきたが、気候の温暖化を少しでも止めるためにビニールを減らしていきたい」と述べた。

 平野靖識さん(らっきょう工場・東峰地区)は、「台風によって停電となり冷蔵庫が止まり、にんじんジュースの原料を廃棄せざるをえなかった。あらためて電気に頼りきっているなと感じた。顧客は、三里塚闘争に関わったお客さんも多くて出荷の遅延でも助けられた」と報告。
 さらに「成田空港シンポジウムで隅谷調査団の『成田空港は内陸空港だから控えめに使うべきだ』という最終書見を確認した。円卓会議では『今後の空港作りについて、当事者・騒音下住民との話し合いを行い、改廃も含めて行う』と約束したはずだ。現在の成田空港機能拡大は、それを破るものだ。住民の不安に対して答えるものとなっていない」。
 また、「空港会社は、天神峰地区の市東孝雄さんの土地を取り上げようとして裁判を行っている。会社は、旧地主から底地権を買い取ったことをひた隠してきた。市東さんは、土地が売られていたことを知らずに借地代を払い続けてきた。こんなでたらめがあるにもかかわらず最高裁は不当判決を出した。市東さんは、執行停止に向けて裁判闘争中だ。私は証人として裁判で証言した。成田空港シンポ・円卓会議の結論からしておかしいという観点から今後も発信していきたい」と報告した。


2020年1月11日土曜日

報告:12.24第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動


                   三里塚空港に反対する連絡会

 12月24日、三里塚空港に反対する連絡会は、芝山文化センター(山武郡芝山町)前で「第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動」を行った。
 国、空港会社、推進派が一体となって夜間飛行制限の延長、第三滑走路建設、B滑走路延伸の強行をねらっている。公聴会は明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さず、公聴会に抗議した。

 連絡会は、午前九時過ぎ、センター入口前で「第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!」の横断幕を掲げた。仲間は、トランジスターメガホンを使って①アリバイ的な公聴会の意図②生活の破壊を許せない③利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか④金と力で空港は建設されてきた⑤約束を反故にしてまたも強権行使⑥国や空港会社の言いなりにはならない―と批判した。
 公聴会は、午前10時に開始。国土交通省は、「この公聴会は、成田空港の施設と同空港で指定した延長進入表面などに変更が生じることから、航空法第43条第2項で準用する同法第39条第2項の規定に基づき、利害関係を有する方から意見を伺い、公正に行政処理を行う手続きの1つです。」などと言っている。自ら「手続きの1つ」と位置づけているように形式的に意見を聞くというものでしかない。
 公聴会では住民、関係事業者など38人が意見を述べ、約280人が傍聴した。朝日新聞(2019・12・25)によれば、反対意見が騒音地域の住民からあり、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」と抗議する意見が続いた。
 国交省は、このような反対意見をどのように扱うのか、反対や疑問意見があれば計画を中止するのかなどについてなんら答えず、従来通りの不誠実な姿勢のままであり、強引に押し進めていくという居直りでしかない。
 公聴会強行糾弾!第3滑走路建設・飛行時間延長を中止しろ!


●公聴会参加者に向けて配布したビラ

第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!

 公聴会に参加される住民の皆さん。私たちは三里塚空港絶対反対を掲げて反対運動を闘ってきた三里塚農民と連帯してきた各地の労働者市民からなる団体、「三里塚空港に反対する連絡会」の者です。
 2002年のサッカー・ワールドカップ大会を口実に政府・空港公団が暫定滑走路(B滑走路)を建設しようとしたことに反対し、「暫定滑走路に反対する連絡会」結成し、生活を破壊され、自分の土地から追い出される空港予定地用地内農民と共に反対運動を行ってきました。用地内農民はB滑走路が供用されている今も用地内で粘り強く闘い続けており、私たちも名称を変えて今も共に活動を行っています。
はじめに

 政府・国土交通省は2013年、空港機能の拡大を目指すとして2028年度までに第3滑走路を建設するという計画と、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にして飛行時間の延長(現行午前6時から午後11時までを午前5時から翌日午前0時半まで)をセットで地元に提案してきました。これを受けて成田国際空港株式会社は併せて平行(B)滑走路を北側に1キロメートル延伸するという計画まで提示し、これを実現するために一方的に説明会を行ってきました。
  この計画により新たに約2000戸が騒音地域に指定され、約200戸が移転を余儀なくされることになります。

生活の破壊を許せない 

 この計画を推進するために国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会が結成され、住民説明会が各地区で行われてきました。移転対象となる住民、新たに騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地域住民からは厳しい批判の声が上がり、断固反対が次々と表明されました。
 空港開港以来騒音により身体的、精神的な影響を受けたり、航空機の落下物の恐怖におびえながら生活してきた飛行直下の住民にとってはさらなる被害の拡大は到底容認できるものではありません。
 また移転となれば生活の根底からの転換を強いられることになります。騒音地域の拡大によってそれまで平穏な生活を送って来た住民にとっては突然騒音下に置かれ落下物の恐怖におびえながら生活しなければならないことになります。航空機からの落下物は開港以降おびただしい数に上り、最近でも成田を含めて各地で航空機の一部が脱落する事故が相次いでいます。また昨年7月には成田市東峰で離陸寸前の米貨物機がオーバーランで大事故寸前になっていたことが明らかとなりました。 

利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか

 住民説明会においてこの計画に対する批判、反対の声があがるのは当然のことです。空港会社は飛行制限時間を3時間短縮するという案から1時間短縮という見直し案を提示し住民に説明しました。
 しかし、住民はこれにも納得せず、なし崩し的にさらに短縮するのではないかと不信感を募らせています。関係自治体は住民の反対を無視し、交付金の増額・地域振興策と引き換えに空港会社の見直し案を受け入れ「早急に地域振興策を」と、前のめりになってきました。住民の生活を破壊してでも一部の利害関係者の利益を追及するという姿勢です。

金と力で空港は建設されてきた

 成田空港は最初から地元住民の意志を無視して作られてきました。政府と千葉県の一方的な思惑によって三里塚の地に決定され、住民にとっては全く寝耳に水のことでした。農民の生活の糧である農地を一方的に奪い追い出そうとしたのです。農民はからだを張ってこれに抵抗しました。政府・空港公団(当時)は警察機動隊の暴力を使って力でこれを押さえ込み、また札束を積んで農民を懐柔し、空港を建設していったのです。
 このようなやり方は最初から一貫して今日に至っています。現在の政府・空港会社のやり方は形こそ違いますが、本質は全く変わっていません。あたかも住民の意見を聞くというポーズを取りながら、政府が決めたことは何が何でも進めていくということです。説明会を各地で小まめに開いて「住民の意見、要望を聞いた。」というアリバイを作り。既成事実を積み重ねていくのが彼らのやり方です。

約束を反故にしてまたも強権行使 

 政府・空港公団(当時)は1991年から94年にかけて行われた「成田シンポジウムー円卓会議」の結果を受けて「強制的な手段によらず話し合いによる解決をはかる」と反対派農民と確約し、事業認定を取り下げ、強制代執行による土地の取上げはあきらめました。しかし、空港会社はそれ以降、民事裁判に提訴して裁判所の強制力を使って農民、地権者から土地を取り上げるという手段を取ってきました。
  公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされていますが、計画を推進するための手続きに過ぎず、反対する住民の意見も聞いたというアリバイ作りに過ぎません。

国や空港会社の言いなりにはならない

  用地内には現在も成田市の東峰、天神峰、木の根地区に農民・住民が住んで生活しており、また芝山町の横堀地区にも反対派の土地があり、政府・空港会社の横暴と闘っています。住民が闘い続ける限り政府や空港会社の思い通りには行きません。それはこの間の三里塚の農民の闘いが示してきました。行政に期待し任せているだけでは最後は国や空港会社の思うままに進んでしまいます。
 地域と住民の健康、生活を守るため第三滑走路の建設に反対し、夜間飛行制限時間の短縮に反対しましょう。
(2019年12月24日)

2019年12月18日水曜日

■2020反対同盟旗開き

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)

日時:2020年1月12日(日)正午
 
場所:横堀農業研修センター
   (千葉県山武郡芝山町香山新田131/0479-78-0100)

参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】


■1.12東峰現地行動


飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 安倍政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 

 政府・国土交通省―成田国際空港会社は資本の利潤追求のため空港機能の拡大をはかろうとしている。2029年3月までの第3滑走路の建設、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にした飛行時間の1時間延長を打ち出し、2019年10月の冬ダイヤから先行実施している。国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会は、すべての自治体の合意が得られたとしてこの計画を推進している。
 しかし、新たな騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地区住民からは厳しい批判の声が上がり断固反対が表明されてきた。芝山町、横芝光町の住民は地区に「空港騒音断固反対」「静かな生活環境を壊すな」などの看板を設置し、飛行時間延長反対を訴え続けている。      
 6月、田村明比古社長(元国交省航空局長)は就任会見において空港会社がこれまで第3滑走路の運用を20年代後半に開始するとしていたものを、20年代半ばまでと早める方針を打ち出した。そして、「グローバルな空港間競争の中で勝ち残るには、機能強化の推進が最優先課題」とし、「アジア路線の拡大、LCC(格安航空会社)の就航、増便を目指す」と語った。また田村社長は国交省航空局長として第3滑走路計画を主導してきたことを念頭に「私が始めたものを、結果として出さなければならない立場になった」と意気込んだ。
 しかし、現時点では1時間の飛行時間の延長だが、第3滑走路完成以降は飛行時間は午前5時から翌日午前0時半までと大幅な飛行時間の延長となる。騒音下住民にとっては飛行機が飛ばない時間(静穏時間)はたったの4時間半しかないという事態になるのだ。まさに住民にとっては、生活の破壊以外のなにものでもない。
 11月5日、国交省は成田空港の機能強化策を実施するための基本計画を改定した。強化策は第3(C)滑走路(3500m)新設と平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸するというものである。これによって年間発着数を現在の30万回から50万回に増やす。これを受けて成田国際空港会社は11月7日、航空法に基づく空港変更許可を国交省に申請した。国交省がこれを許可すれば新滑走路の用地取得や移転補償に着手するという段取りだ。空港会社は空港用地として拡張する約1000㏊のうち約950㏊の取得の見通しが立ったとしている。
 国交省は第3滑走路建設を中心とする強化計画を巡る公聴会を12月24日、芝山町の芝山文化センターで開く。公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされているが、建設を推進するための手続きの一つに過ぎず、反対する者の意見も聞いたというアリバイ作りである。その本質は、これまでの三里塚闘争の過程で何回も行われてきた公聴会を見れば明らかである。かかる公聴会の開催に断固抗議する。住民無視、農地強奪、生活破壊、騒音被害拡大の空港機能拡大計画を断じて許すことはできない。1.12東峰現地行動に集まろう! 2019.12.12

◦日時:2020年1月12日(日)午後3時

◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向けてデモ

◦会場への行き方
①2020反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動 
②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機/12:34発  京成上野特急 →13:42着 成田→13:52発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:57着  東成田 

◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
 連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90-5/電話:FAX0479-78-8101






2019年12月11日水曜日

報告:12・1 第2回総会記念集会


 一般社団法人三里塚大地共有運動の会

 12月1日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、「12・1 第2回総会記念集会」を文京シビックセンターで行い、56人が参加した。共催は三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)/三里塚空港に反対する連絡会
 11月5日、国交省は成田空港基本計画を改定。成田国際空港会社は11月7日、国土交通省にB滑走路の3500メートルへの延伸、第3(C)滑走路(3500メートル)建設の2029年3月完成。発着時間を最終的に午前5時~翌午前0時半、年間発着枠を30万回から50万回に拡大する変更許可申請を行った。空港敷地面積は1500ヘクタールから2600ヘクタールへ大幅拡大する計画だ。国交省は12月24日のアリバイ的な「公聴会」を経て、1月にも変更許可を出そうとしている。
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、安倍政権・空港会社・地元推進派が一体となった空港機能拡大、第3滑走路建設計画推進の暴挙を許さず、「三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させることを目的」に、1966年からの三里塚一坪共有運動、 83年からの再共有化運動を受け継いで、2018年10月に設立された。空港用地内にある一坪共有地、木の根ペンション、横堀鉄塔と案山子亭の拠点強化をめざし、その一環として全国の共有者に法人への登記変更を呼びかけ、着手を開始している。設立一年を迎え、新たな闘いへの踏み出しに向けて総会と記念集会を行った。

 主催者あいさつが山口幸夫さん(代表理事)から行われ、午前中の一般社団法人三里塚大地共有運動の会の総会(事業報告・決算・予算等)が成立し、来年度に向けての意志一致、とりわけ一坪共有者の法人への登記変更の取り組み強化を確認したことを報告した。
 さらに、「気候変動、環境破壊が深刻だ。なんとか阻止するために若い世代から積極的な行動が突きつけられている。自然現象を軽視し、科学技術を優先してきた社会の欠陥の現われだ。三里塚大地共有運動は、大地を守り抜き、気候変動などと格闘し、前に進んでいくための重要な取り組みだ」と訴えた。




 加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会〈2〉代表)は、国と空港会社が一体となった三里塚空港の基本計画を改定」を糾弾した(発言要旨別掲)。

柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)は、「香港の若者たちが真剣に闘っている。アメリカの若者たちから社会主義を希求する流れがあることが紹介されている。資本主義の大量生産・大量消費・大量廃棄システム、貧富の格差の拡大システムそのものが問題だ。もう一つの社会のあり方を作り出していかねばならない。三里塚闘争は、そういう観点から闘われてきたし、これからも第3滑走路建設などいまだに巨大開発を優先する流れと対決していこう」とアピールした。

 法人活動報告が三里塚大地共有運動の会・事務局から行われ、総会報告と来年度の事業計画などを提起した。さらに「安倍政権が所有者不明土地対策と称して相続登記義務化、不明土地の権利を国に帰属させ転売を可能にする不動産登記法改悪法案を準備している。改悪法によって一坪共有地に向かってくることは必至だ。警戒し、法人への登記変更を強化していこう」と呼びかけた。

 三里塚現地報告が山崎宏さん(横堀)から行われ、「国、空港会社、推進派は、一体となって夜間飛行制限の延長、第3滑走路建設を強行している。12月24日に公聴会を開催しようとしている。明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さない。公聴会に抗議していきたい」と強調した。

 大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)は、「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―羽田空港から考える」をテーマに講演した(講演要旨別掲)。

 連帯発言が沖縄在住のおかのまめさん(辺野古にカヌーを送る会)、福島から面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)、泉州沖に空港を作らせない会の根本博さん、関西・三里塚闘争に連帯する会の山田謙さん、和多田粂夫さん(元管制塔被告団)から行われた。

 閉会あいさつが島田清作さん(監事)から行われ、「伊達判決を生かす会の取り組みを通して反戦・反基地の繋がりを広げてきた。成田、羽田も含めて全国のスクラムを作っていこう」と発言した。



■2020反対同盟旗開き
主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2020年1月12日(日)正午

場所:横堀農業研修センター(千葉県山武郡芝山町香山新田131/0479―78―0100)
参加費:1000円


【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発 京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発 京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→10:37着 東成田】



■1・12東峰現地行動
◦日時:2020年1月12日(日)午後3時
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向けてデモ
◦会場への行き方
2 020反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動
2京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機/12:34発 京成上野特急 →13:42着 成田
→13:52発 京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:57着 東成田
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90―5/電話:FAX0479―78―8101


■加瀬勉さんの発言要旨
 11月5日、国土交通省は三里塚空港の基本計画を改定した。1000mの用地を拡大、2500mの滑走路を1000m延長する3500mの新滑走路のために4000戸の移転がその内容だ。11月7日、空港会社は航空法に基づいて国土交通省に拡大計画を申請した。11月20日、政府は2兆円の財政投融資を決定し、三里塚空港機能拡大に4000億円を投資する方針を明らかにした。
 われわれは、機能拡大計画に抗議し、断固として撤回を要求する。
 四者協、成田、芝山、多古、横芝の空港関連首長は交付金に群がるハイエナと化して機能拡大計画に賛成し、住民を空港拡大の生贄としている。
 われわれは、首長に財産権、居住権、健康で文化的生活を送る権利などの生存権を委任してはいない。地方自治、住民自治の精神をかなぐり捨てた四者協に断固抗議する。空港問題が発生して以来、浦安、木更津、霞ケ浦、八街、富里、三里塚と転戦してきた私は、三里塚闘争の裁判で証人として立ってきた。
 政府の三里塚シンポでの謝罪、国交省の黒野の東峰住民に対する謝罪、千葉県の大木よねさんの強制代執行に対する謝罪はしたが、それは強制代執行を放棄したものではないと主張している。これが権力の正体であり、本質である。
天皇即位とパレード、大嘗祭、オリンピックを利用して国家主義が台頭している。安倍内閣の憲法改正翼賛体制と三里塚空港反対闘争を通じて断固として闘おう。安倍内閣打倒である。
 世界には650万回の航空需要があり、アジアに一つの国際ハブ空港が彼らの野心だ。その競争に参入し勝つために全国の航空網を整備するといっている。彼らの野望の前にたちはだかり断固として闘い抜いてゆこうではないか。
 かつて千葉県館山の住民から一枚の葉書が加瀬完参議院議員のところにきた。内容は空港建設計画敷地内にクロス形で共有地をつくれば建設は阻止できるというものであった。八街、富里でマンモス共有地運動になり、三里塚反対同盟がそれを引き継ぎ、堀越昭平、加瀬勉と続いてきて、法人化運動になってきた。全国支援団体中心の一坪共有地運動になった。
 その任務は意義深く重い。一坪共有地の土地は空港反対闘争に生涯をかけた木の根の小川源さん、小川明治さんの土地であつた。その意志を引き継いで一坪共有地運動を更に発展させよう。
 台風15号、19号の豪雨と続いて3回の災害に遭った。私に対する全国からの支援に感謝する。「老いて野に伏すも戦いの意思は千里にあり」頑張ろう。

■大道寺毅さんの発言要旨
 羽田空港新運用案は、三里塚空港の運用拡張(第3滑走路新設を含め)と一体化された総体的増便構想であり、「首都圏空港機能強化技術検討小委員会(有識者会議)中間まとめ」(2014年6月)が出発点だ。
 羽田空港の国際線の増便を図るために離陸・着陸合計90回/時に拡大する。北風時は、6時~10時半、15時~19時に江東、江戸川方面に離陸する。合計で1日当たり65回~85回増だ。
南風時は、15時~19時に都心上空超低空侵入(A、C滑走路への着陸)する。また、川崎・石油コンビナート方面への離陸(B滑走路から)も行い、合計で1日当たり30回~40回増をねらっている。
 そもそも羽田空港は、人口密集地に隣接した大空港だ。国交省は、都心との距離15kmの利便性として宣伝するが、その実態は、安全、騒音、大気汚染等の広がりでしかない。かつて大田区、品川区、川崎市の激しい住民運動大田区議会の空港撤去決議)があり、羽田空港計画を沖合に変更ざるをせえなかった。「海から入って海に出る」という約束までした。
 川崎市との約束では、コンビナート上空高度は3000ft以上確保するというものだった。大田区との協定でも、B滑走路から川崎側への離陸は原則ゼロとしている。これらは航空路誌(AIP)で詳細に規定されている。
 しかし、新運用案は、安全、騒音、大気汚染等の問題はもはや考慮の対象外であり、住民との約束はすべて反故にしてしまった。国交省は、明らかに安全、騒音、大気汚染のリスクを承知の上で飛行許可を強行する姿勢だ。
 新運用案を検討する有識者会議も、どうすれば便数を詰め込めるか、を検討しただけで安全、大気汚染については検討の痕跡すらない。問題になることが分かり切っていた横田空域との干渉問題すら検討していない
 安全を考える場合、最低限、万が一を想定した準備が必要だ。特に石油コンビナートとの関連事故に対しては、国交省は「危険はない、御巣鷹山事故以後本邦定期旅客機の死亡事故はない」の強弁一点張りだ。
 すでに2016年、2017年にエンジン爆発事故が起きている。1件はテイクオフリジェクト後滑走路上で火災となった。B滑走路川崎側離陸でリジェクトが遅れた場合大惨事は確実だった。
 さらに落下物の危険性についても、 当初は「ない」の一点張りだ。羽田空港着陸機の部品紛失件数は2018年だけでも40件弱も発生している。今後、落下発生の危険性は高まるはずだが、まともに検討した形跡がない。
 安全軽視の姿勢は、これだけではない。着陸降下角をICAO(国際民間航空機関)規定限度の3・5度一杯まで引き上げることを前提にしている(現行3・0度)。パイロットはリスクの高まりを指摘(たとえば尻餅事故)している。要するに、すべてが安全と住民生活へのしわ寄せでしかないことが明白だ。
 このような国交省の安全軽視の姿勢に対して自治体は、住民を守る責任の放棄を貫いている。国の専権事項を楯に逃げ回つている。 だが現在、都内では23区の内19区に、また川崎市と埼玉にも住民の運動が始まっており、各運動体間で緩やかに連携、情報交換と相互支援、共同での対国交省折衝などを実現している。
 国交省は、2020年3月29日実施と一方的に発表(8月8日)したが、住民の反発は高まるだけだった。二巡しか予定していなかった住民説明会も六巡目が必要になつてきており、自治体、地元自治(羽田)の明確な了解を未だ取り付けられずにいる。
12月17日に「危険な増便・新飛行ルート撤回を求める総決起集会」(実行委員会/19時/大田区民ホール・アプリコ展示室)が行われる。住民の運動は粘り強く続く。共に闘おう。

2019年11月3日日曜日

12.1 第2回総会記念集会

〇日時:12月1日(日)午後1時30分開場・午後2時開始/資料代 500円
〇会場:東京・文京シビックセンター4階シルバーホール(後楽園駅・春日駅)
                 
     ・主催者挨拶・総会報告  山口幸夫さん(代表理事)
     ・三里塚から  加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会代表〈2〉)
     ・三里塚から  柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)
     ・法人活動報告 三里塚大地共有運動の会
     ・三里塚現地報告 山崎宏さん(横堀)
     ・講演  大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)
      「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―羽田空港から考える」
     ・連帯発言

     主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会
     共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
         三里塚空港に反対する連絡会

  連絡先▼東京都渋谷区初台1-50-4-103 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402
                   https://kyouyu-undou-no-kai.blogspot.com/


              第2回総会記念集会へ

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は「三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させることを目的」に、1966年からの三里塚一坪共有運動、83年からの再共有化運動を受け継いで、2018年10月に設立されました。
 成田空港では2018年3月、夜間発着時間拡大など空港機能強化が決定され、田村明比古成田空港社長の第3滑走路運用開始目標の2020年代半ばへの前倒し表明など、移転を強いられ、騒音被害を受ける住民を無視した空港拡大が続いています。同時に「所有者不明土地対策」を口実とした共有地取り上げの法制化の動きが進められています。
 この1年、三里塚大地共有運動の会は全国の共有者に呼びかけ、法人への登記変更に着手し、三里塚現地共有者会議の開催、台風被害カンパ、三里塚現地でのイベント・行動に取り組んできました。設立1年を迎え、第2回総会の記念集会を12月1日に開催します。

        羽田空港新飛行ルートの人権無視・環境破壊

 また、集会では大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)から「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―「経済活性化」が人々を押しつぶす時代への舞い戻り―羽田空港から考える」をテーマに講演をしていただきます。
 国交省は、首都圏空港機能強化政策として成田空港機能強化とセットで羽田空港の新飛行経路の運用を開始(2020年3月29日)し、国際線を年間約3・9万回増便を決定しています。新ルート下の住民は、人権無視・環境破壊だとして抗議を表明しています。羽田空港機能拡大の問題を探っていきましょう。
 12.1記念集会にご参加ください。


2019年10月14日月曜日

加瀬 勉

 台風のために停電となった。庭にテーブルを出して一汁一菜の夕食をとった。仲秋の名月の光を全身に浴びて。稲刈りだ、乾燥機だ、籾摺だと機械の音に身を取られていたが気が付くと泌みるような虫の声である。月の光を浴び、虫の声を聴いての夕食、こんな至福のひとときが台風一過に訪れるとは夢にも思わなかった。停電にテレビ、パソコン、読書から解放され、幼い時から学校でよく勉強しろ、よく本を読めと言われつづけてきた。それから解き放されての初めての解放感である。
 雨情の「十五夜お月さん」、千葉県木更津の証正寺の「狸ばやし」「竹取物語」「荒城の月」「浜千鳥」「月の砂漠」は千葉県御宿の砂丘で生まれ、夢二の「宵待草」は九十九里銚子でうまれた。「名月来たって相照らす」「名月松間に照り清泉石上を流れる」は神童とうたわれ一三歳のときより玄宗と揚貴妃に使いた王維の詩である。「月向蕎麦を照らし霜のごとし」「遠く山月を望み故郷を想い。地に目を伏して父母を想う」、詩聖李白の歌である。湖に浮かんだ月を捕ろうとして李白は溺れて死んだ。
 「月落ち烏泣いて霜天に満つ」張継の詩、「月故郷に明らかなり」杜甫の詩、「水月は禅静寂に通ず」は銭起の詩、「関月冷ややかにして相したがう」雀塗の詩、仲麻呂の長安の「三笠の山にいでし月かな」黄土広原ヤオトンから観る月、湖南省毛沢東家の前の池に懸かる月、黄河、揚子江の流月フランス、ラルザック高原に懸かる月、屈原が投身自殺した洞庭湖ペギラの湖水に浮かぶ月「信州は月と仏おらが蕎麦」一茶、尼子の再興を願って月に向って「吾に七難八苦を与え賜い」と祈ったのは山中鹿之介。
 「群書類聚」を書いた塙己一の夫婦の月物語、炭坑節、貫一とお宮の今月今夜の熱海の月、東海林太郎の「名月赤城やま」、田端義男の「大利根月夜」、雨情の「船頭小唄」「灯火の芯切りすぎて灯は消ゆる おりこそよけれ山の端の月」、いろいろな月と人生が走馬灯になって頭を過る。
 今から五〇年前、三里塚バス停から御料牧場の厩舎の前を通り裏手の牧場に沿っての獣道を歩き、松林の細道を降って木の根の小川明治開拓組合長を訪ねた。一日援農して空港反対同盟を結成すべきだと要請し、明治さんの牛舎の裏の木の根公民館に泊めていただいた。
 畳の上の砂ぼこり、冷たい白い竈の灰、新聞紙を引いて下着の入った風呂敷包を枕に眠った。真夜中に蚊に刺されて目が覚めた。ガラスの破れから煌煌と照る月明かり、夜露に濡れた桑の葉に照りかえる月明かり、俺の運命はどうなるのであろうか。占ってもうらないきれない。迷うことは無い。なるようにしかならない。腹をくくって戦うことにしょうと三里塚木の根の月に誓ったものであった。
 高村光太郎の妻千恵子は、「東京には本当の空がない、安達太良山の空がほんとうの空だ」と詠んだ。三里塚に、北総地域には本当の空はなくなってしまった。開港以来、飛行機とゆう鉄塊が空を圧し、地を圧し、プレスとなって住民を押しつぶす騒音地獄をつくりだした。三里塚にほんとうの空はなくなってしまったのだ。空を返せ、空に繋がるすべてを返せ。静かな月明かりの空を返せ。
 困難なとき、大事に当たるときは心を広くして遠くを見つめ、細心にして大胆に決断し行動をとらねばならない。しなやかに感性を開放し、正常心を保って困難に立ち向かう必要がある。困難は自分の能力、人間性を試す絶好の機会である。今その時がきたのである。

 夜明け

 夜の明けきらぬ三時に全壊したビニールハウスの整理にとりかかった。夜明けの星が次々に消えて、夜が白々と明けてきた。かすかに東の空が朱に染まってきた。朝明けである。新しい生命の宇宙の夜明けである。街灯、コンビニの二四時間営業、飛行機の爆音、村は昼と夜の区別がなくなった。停電で本当の夜が戻ってきたのである。
 「日出でて作し 日入りて憩う 井を堀りて飲み 田を耕して食らう 帝の力いずくんぞ我にあらんや」、中国古代〈堯〉の詩の言葉である。「水と釜と火」、これは開拓農民作家吉野せいさんの作品の思想の世界である。
 福島で地震、原発、津波、火事の深刻な複合災害が起きた。役場の庁舎も押し流されて職員が犠牲になった。災害は大小にもかかわらずこのように想定外のものである。この時、自分はどうするか。自分の命は自分で守る。その時に、この中国の古代の思想と吉野せいさんの思想が必要であると私は思っているのである。
 
 自然災害と三里塚闘争

 台風の災害で停電、一五日余り電気が来なかった。多古町町営水道が止まって生活用水が利用できない非常事態が発生した。
 北総台地の野付村農民は、低地の沢の流れや小沼、池から水を負い牧々の野馬に水を飲ませ、自らも自然用水を生活に利用してきた。明治維新、北総の牧々に強制移住させられた無産浮浪の徒は井戸もなく沢の流れや池の水を生活用水にして開墾の重労働に耐えて畠を拓いてきた。
 大正に入って横堀に熱田一さんの両親が開拓に入った。熱田さん屋敷の東から竹やぶ細道を降り、木の根谷津からの細い流れの水をくみ上げて崖を登り生活用水としてきた。木の根の源さんは戦後三里塚に入植したのであるが、源さん所有の炭焼き小屋の下が水田終わりである。この根方から清水、湧水が出ていた。これを生活用水に利用してきた。柳川秀夫君の祖父は、多古町東台から大正時代に香山新田に入植して山野を拓いて現在の畠を創り出した。
 明治、大正、戦後の入植、縄文、弥生のような住居を立て、焚火、月明かり、そして沢の流れの水を飲料水、生活用水として利用して北総台地の人々は生きてきた。我々はこれらの人々の歴史に学び、共に闘争を五〇年にわたって堅持してきた。二〇世紀は帝国主義の植民地支配に対して民族独立、祖国解放闘争の歴史の時代であった。中国革命の長征では履いていた革靴、革のバンドを煮て齧って飢えをしのぎ闘争を堅持した。
 三里塚闘争においても、三里塚解放戦線、自前の農業経営等の方針を掲げて闘ってきた。行政が管理する上水道、農民の水、自然の水、水資源を収奪し支配し大資本が売りさばいている。この水がなければ我々は生きてゆけないのか。否である。自然との共存、共栄、自然の恵みに感謝し、自然の環境を大切にする生き方を貫かねばならない。
 空港建設反対闘争、日本社会党現地闘争本部。富里大堀で生活したときには、電気もなく、水道、井戸もなく、トイレもなかった。立沢集落の流れで洗濯し、身体を洗い、飲料水は根木川源流の湧水を利用してきた。トイレは富里の山野、自然の中であった。私はそこで生活をつくり闘争を堅持し、反対同盟を組織し生きぬいて三里塚に転戦していった。

 災害と飲料水

 私たちは福島の災害を経験した。福島の災害は地震、津波、原発、火災等の複合災害であり、原発の権力犯罪、電力資本の犯罪と地震と津波の自然災害であった。
 役場の庁舎まで押し流され職員が殉職された。この時に自らの命を守るためにどのような行動をとればよいのか。災害は大小にかかわらず想定外のことが次から次に起こる。それにどのように対処すればよいのか。
 千葉県に大きな災害をもたらした台風は、風速二五mなら水稲育苗ビニールハウスは被害をうける。風速三〇m、三五m、四〇mならばビニールハウスは勿論、住居も倒壊の被害を受ける。この被害は防ぎようがない。身の安全をどう確保するかである。停電は必ず起きる。感電に注意である。停電すれば水道、風呂、トイレ、冷蔵庫、台所は使いなくなる。
 ①飲料水の確保。私の集落五〇戸のうち、昔の釣瓶井戸として利用できる井戸は一〇基ある。
 ②上総堀りの井戸は、二〇戸あり発電機があればポンプアップできる。発電機は集落に五台ある。
 ③水稲育苗のため上総堀りの井戸一基あり、ヒューガルポンプでくみ上げることができる。
 ④自然自憤の湧水は水神池〈牛尾侭田地区〉小堤銘水〈集落より二キロの横芝町小堤〉がある。
 ⑤大きい桶、砂、小砂利、炭、 棕櫚の毛でろ過装置を作り飲料水を確保する。多古町は町営水道が停止しても非常事態宣言はしなかった。
 千葉県流山から給水車が支援に来た、また自衛隊が二日たってきたが、その前に私は発電機で井戸水をポンプアップしてもらって耕運機に水桶を並べて集落の各家に給水して歩いた。病者の居る家、子どものいる家、介護施設に通っている人の言え、独居老人宅、女性のみの家に給水した。
 町の防災無線の連絡は二割程度の人しか聞いていない。私は戸別訪問して今何が必要かを訪ね、安否を確認して歩いた。そして、克明に被害状況を写真に記録し役場総務課に届けた。私の集落には生活雑排水処理施設がある。停電で稼働しないので大型の発電機で稼働していた。
 和歌山県の電力会社の職員が支援に派遣されてきた。二時間交代二四時間勤務。非常食の連続と過労で体調を崩し、食欲がなくなってしまったとのことであった。私は弁当の食事をつくり果物を差し入れた。福島では放射能除去の危険な労働で作業者が多く体調を崩したことを知っていたからである。
 私自身の飲料水確保は①容器に確保した。②ポットに湯を沸かして置いた。③冷蔵庫で何本ものペットぼとるに水を入れ凍らせて冷蔵庫の食品を保護し、溶ければ飲料水とした。④非常食は買い求めてあるが、特別に玄米、白米をフライパンで焼いて蜂蜜と砂糖で練り上げて保存食を作った。⑤青竹で筒をつくり、米、水野菜、唐辛子を入れて御飯を炊く準備をした。⑥竹筒で湯を沸かしてみた。酒の癇もできる。⑥畠には野菜があり、今の季節は栗、柿、みょうが、柚子が食べられる。⑦水稲の収穫も終って一〇俵の飯米も確保してある。
 飲料水は自然から確保するのでなく、町営水道、コンビニ等で買って飲むもの、買って用意するもの意識が定着している。このことが事態を深刻化させている。



2019年9月18日水曜日

【ブログ掲載・拡散歓迎】台風被害カンパ要請

 2019年9月17日
一般社団法人三里塚大地共有運動の会

台風15号による横堀研修センター被害の修繕カンパに御協力お願いします。
   1口 1000円
 【目標額/トイレ修繕費10万円+納屋修繕費20万円】

★かならず「台風被害カンパ」と明記してください。
ゆうちょ振替口座/口座記号番号 00130―6―697201
         口座名称 一般社団法人 三里塚大地共有運動の会

一般社団法人三里塚大地共有運動の会
連絡先/〒151-0061 東京都渋谷区初台1-50-4-103
 電話   03-3372-9408/FAX03-3372-9402 
/メールアドレス  kyoyu@sanrizuka.net



  9月8日から9日かけて首都圏をおそった台風15号は、9日未明千葉市に上陸し、東関東自動車道をなぞるように北東に進みました。千葉市や成田市で観測史上最大の風速を記録する強い台風でした。千葉県内では電柱や木々が倒れ、大停電が発生し、住宅や農業用ハウスなどに大きな被害がありました。
 63万軒に及ぶ停電は、当初11日中の復旧を目指すとされましたが、被害は広範囲で、完全復旧の見込みは次々と繰り延べられ、現在では27日とされ、1週間を経過しても、いまだ、75000軒が停電し、15000軒が断水しています。
 空港周辺の成田市、芝山町、多古町でも停電・断水が続き、私たちの闘う仲間も被害を受けています。三里塚空港反対闘争の拠点である横堀農業研修センター(旧・労農合宿所)では、納屋の屋根や壁の一部が飛び、トレイが横倒しになりました。
 9月13日事務局会議では、緊急の現地入りとともに研修センター修繕などの「台風被害カンパ」、修繕作業などを取り組むことを決めました。皆さん、御協力お願いします。


■9月14日、横堀農業研修センター応急補修と現地調査の報告

 9月14日(土)三里塚大地共有運動事務局と中川憲一さん(元管制塔被告団)は、3人で三里塚現地に行きました。
 台風通過の2日後、千葉の仲間から「横堀農業研修センターのトイレ、納屋の屋根が飛んでいる。トイレそのものが横倒しになっている。東峰・ワンパック鶏舎の屋根も飛び、ソーラーパネルのインバーターを設置した小屋が倒壊。横堀鉄塔は竹が倒れているものの、農民像は無事」という報告が届いていました。
 緊急でしたが、私たちは、水・缶詰、ブルーシートなどを持参して京成東成田駅に午前10時過ぎに集合。天気は曇。倒木、壊れたビニールハウス、屋根にブルーシートが張られていたところなどが目立ちました。いまだに停電、断水が続いており、深刻な生活被害が続いているようです。

以下、訪問した順で報告します。
②  の根ペンション―被害なしでしたが、停電中。念のためにブレーカーが落としてありました。

 ②柳川秀夫さん宅(芝山町香山新田)―畑に被害、裏の木が倒れ電線に引っかかっています。停電は1日だけでしたが、発電機もあり、自力で乗り越えました。
里芋の葉、シートで覆った野菜も被害を受けています。
 柳川さんは、畑に野菜の種を撒く作業中でしたが、次のように話していました。
 「台風が通過する時はすごかった。大変だよ。電気は一晩だけだったらよかった。裏庭の大木が半分から折れた。家に直撃しなくてよかった。俺のところはまだいいほうだ。ニンジンとか野菜は出荷できない状態だ。秋の野菜は値段が高くなるな。ハウス農家は、ビニールが吹っ飛んだり、パイプが折れたりで大変だ。立ち直れないほどだ。稲刈りが終っているところはいいが、稲が倒れて収穫できず、収穫したものは乾燥機に入れるが停電で乾燥できずに芽が出てきてだめになってしまう。田んぼの被害は大きいだろう。秋の台風のはじめだからな。また来たら大変だよ」。
 ③横堀鉄塔と案山子亭(芝山町香山新田)―停電中。手前の誘導路下のトンネルも停電。建物に被害はないものの、周囲の竹や木が倒れています。電話ケーブル切断で固定電話も停止中。倒れた竹、木を切ったり、草刈りが必要です。整備作業の応援が必要です。
 ④横堀農業研修センター(芝山町香山新田)―停電中。固定電話停止中。竹が多数倒れています。竹の撤去作業をして車を庭に入れた。トイレは、横倒れになっており、屋根・壁等が吹き飛んでいます。納屋も強風と雨で被害を受け、老朽・腐敗をさらに促進。母屋、フリースペース、ポンプ小屋は無事でした。
 私たちは、破壊されたトイレの前面の屋根を取り外し、ロープで引っ張り、横倒れの状態から原状に戻しました。明日からの雨の打撃を避けるためブルーシートを張りました。これらはとりあえずの応急処置であり、今後、修繕のための作業などを設定する必要があります。当然、トイレ修繕のための新たな材料などを購入するためのカンパ、また納屋修繕も含めたカンパが必要で全国の仲間に訴えることを再確認しました。
 ⑤石井紀子さん宅(成田市川上)―石井さんは不在。事前の報告によると入り口の杉の木が倒れていたが、すでに撤去されていました。停電は5日間、ロウソクで過ごしていたとのことです。
 ⑥らっきょう工場(成田市東峰)―停電は4日間。訪問時は休日。空港会社が植えた防風林が数本、工場に向かって倒れ、除去されず放置されたままでした。旧出荷場前の荷物小屋がバラバラになっていたほか、空港会社が設置した「騒音避難プレハブ」や仮設トイレが横倒しになっていました。
 ⑦東峰・新出荷場は、鶏舎の屋根が飛び、トタンの屋根が木にぶら下がったままでした。屋根を失った鶏舎のなかの鶏は元気でした。

 ⑧加瀬勉さん宅(香取郡多古町牛尾)―加瀬さんは停電でも断水でも、とても元気でした。井戸水を耕運機で近所に配ったり、近所の被害状況を写真撮影したりして活躍中です。多古町は七割が停電と断水。固定電話も携帯電話もつながりにくい。店舗も閉店。停電はあと2週間続くようですが、ガスはプロパンなので、調理はできます。
 加瀬さんは、開口一番「電気がつかないけど、テレビ、パソコン、読書から解放され、さまざまなことを考える時間ができている。満月の下、野外で虫の響きを感じながら食事だ。早朝は白々と明けていく空に感動してるんだ。こんな解放感を味わったのは生まれて初めてだ」と述べてました。
 さらに「牛尾集落50軒中、電動ポンプの井戸は10軒、手押し井戸は5軒。発電機があれば、水は出る。さらに高谷川や栗山川、山からのわき水など、水は充分にある。だからあわてる必要ない。コンビニは停電で休業中だ。水はコンビニで買うものという発想だからだめなんだ。濾過すれば飲み水もできる。自然に対する自給自足のゲリラ戦の思想があるから、こういう時に生かせるんだ」と強調していました。ペットボトルの水を持参したのが、恥ずかしかったです。
 私たちは、加瀬さん宅に上がり、三里塚闘争史館のように歴史的な写真や書類等が並んでいる部屋で、コーヒーをご馳走になりながら、台風後の対応などについて話を伺いました。
 ⑨行き帰りの道では、いたるところで杉の植林が倒れていました。農業用ハウスは骨組みだけとなり、その骨組みも押しつぶされたようにゆがんでいました。
 通行量の少ない道路では、いまだ倒木が放置され、通行できないところがありました。辺田でも、道路を横切るように田んぼに向かって杉の木がたおれ、電線を切断していました。信号機も各所で消えており、空港南側入り口である第6ゲート(旧5ゲート)前の千代田交差点は交通量が多いにもかかわらず、消えていました。しかし、そこから500メートルほどの横宮交差点は正常に動いています。
 コンビニは、営業中のところもあれば、停電で閉店のところもありました。停電の場所はまだらです。東峰のコンビニは営業しており、弁当などは普段どおりですが、冷蔵庫内の冷凍食品やノンアルコール飲料は空っぽでした。
 農業の被害が大きいことは、少し見ただけでも実感できました。しかし、停電と断水の影響は、じわじわと生活を脅かしており、外から眺めただけでは判りません。早急な復旧や支援が必要と感じました。

2019年7月27日土曜日

報告:7・14 東峰現地行動

 7月14日、三里塚空港に反対する連絡会は、東峰地区で「飛行制限時間緩和を許
さない! 成田空港「第3滑走路」計画を撤回せよ! 反原発―再稼働やめろ! 
沖縄・辺野古新基地建設反対!」を掲げて「7・14 東峰現地行動」を行い、
40人が参加した。
 成田国際空港会社は、人権破壊、安全軽視と空港公害のまき散らしでしかない
第三滑走路を2020年代半ばまでに完成させ、さらに2020年東京五輪・パラリンピ
ックによる便数増加に対応するために飛行時間(現行午前6時から午後11時まで)
を1時間延長するという計画を打ち出した。だが、騒音被害を実際に受ける飛行ルー
ト直下の芝山町・横芝光町住民はあくまで飛行時間の延長を認めることができな
いと反対している。住民は「空港騒音断固反対」「わたしたちの静かな生活環境
をこわすな」などの看板を掲げ抗議している。
 しかし、空港会社は、住民の声を無視して、19年の冬ダイヤ(10月)から飛行
時間延長を強行することを明らかにしている。四者協議会(国・千葉県・空港会
社・周辺自治体/2月4日)も空港利権の拡大を優先し、住民に圧力をかける始末
だ。参加者は空港会社の居直りを許さず、闘う三里塚農民・住民と連帯して空港
内にある東峰地区開拓道路にむけてデモを行った。

 旧東峰共同出荷場跡で前段集会が行われた。
 山崎宏さん(労活評現闘/横堀地区)は、「空港会社は夜間飛行時間の1時間延
長を10月から実施すると言っている。第三滑走路計画も押し進めている。騒音被
害を受ける横芝光町住民は強く抗議している。空港会社の利益を優先したやり方
に強く反対の声をあげていきたい」と訴えた。
 続いて石井紀子さんから寄せられたメセージが読み上げられた。
 石井さんは、「沖縄を思う成田の会」の主催で上映された「沖縄スパイ戦史」
を観て「沖縄について知らなかったことが多すぎるのです。……もっとこういう
埋もれている沖縄の歴史を掘り起こしていこうと思います」と述べ、「とにかく
アベを止めたい、ひきずり落としたい。沖縄にこれ以上の罪を重ねないよう政治
の流れを変えていかなければなりません。皆さん一緒に頑張りましょう」と訴え
た。

  渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会)は、冒頭、「いつも三里塚に来
ていた釜日労の山田将夫さんが1月に亡くなった。釜日労の仲間が山田さんの遺影
を掲げてデモをする」と発言。また、一般社団法人三里塚大地共有運動の会の関
西における取り組み、一坪共有者名簿を通した連絡の積み上げなどを報告した。
 さらに「反空港全国連絡会は、泉州沖に空港を作らせない住民連絡会、石垣島、
静岡空港に反対する仲間、三里塚の仲間、羽田空港に反対する仲間たちともに活
動している。関西新空港は、台風(18年9月)による連絡橋破壊の被害で安全を無
視した運用が浮き彫りになった。今年から関西新空港、神戸空港、伊丹空港が一
体的に運用されるが、安全無視の利益優先の姿勢は相変わらずだ。九月八日に関
西新空港反対現地集会を行う。4月2日に伊丹空港にオスプレイが緊急着陸した。
軍用航路の調査の目的の狙いがある。私たちは空港の軍事利用に対する抗議を行
った。石垣島、宮古島に自衛隊ミサイル基地が建設された。南西諸島への自衛隊
配備と空港建設の連動の危険性に注意しなければならない」と強調した。

 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会)は、会の活動報告、一
坪共有地運動に敵対する所有者不明土地対策法に対する批判と今後の対策につい
て発言した(「一坪共有地運動に敵対する表題部所有者不明土地の登記・管理適
正化法に反対する」/連絡会声明・別掲)。

 デモに移り、開拓道路から空港滑走路に向けて「飛行制限時間緩和をやめろ!
成田空港「第3滑走路」計画を撤回せよ!住民追い出しを許さない!三里塚空港粉
砕!」のシュプレヒコールを響かせた。
 再び旧東峰共同出荷場跡で集会の後半を続けた。

 釜日労は、「山田さんはいろんなところで頑張ってくれたメンバーだった。今
日は皆さんに報告するために参加しました」と発言。
 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「18年4月の火事後、皆さんに
応援していただき新しい冷蔵庫を設置できた。若い新社長の下で頑張っています。
社会的な信用力も高まった。近くの鉄パイプで囲まれた部分が東峰の一坪共有地
だ。三里塚大地共有運動の会に登記を集めていない共有者が法人に登記を移して
いくのに協力していきたい」とアピール。
 続いて高見圭司さん(スペース21)、三里塚勝手連、田んぼくらぶから発言が
あった。(Y)


一坪共有地運動に敵対する所有者不明土地の登記・管理適正化法に反対する

 安倍政権は「所有者不明土地対策」を口実に一坪共有地強奪の法整備を進めて
いる。
 5月17日、所有者不明土地登記・管理適正化法(表題部所有者不明土地の登記及
び管理の適正化に関する法律)が成立した。この法律は所有者不明土地対策法の
第2弾。「表題部所有者不明土地」の登記・管理の適正化を図る措置として、(1)
登記官に所有者探索のための調査権限付与、探索結果を登記に反映。(2)所有
者を特定できなかった「表題部所有者不明土地」について、裁判所の選任した管
理者の管理を可能とする内容。「管理」には草木伐採、売却が含まれる。
 17年、安倍政権は成長戦略のひとつとして「所有者不明土地対策」を打ち出し
た。空き家問題や防災を口実にしているが、リニア建設など大型開発促進が真の
狙いだ。18年3月に決定された2030年成田第3滑走路建設計画も無関係ではない。
 18年6月、法制化第一弾として、所有者不明土地特別措置法が成立。公共事業で
の所有者不明土地の収用における収用委員会の関与が廃止され、申請も決定も知
事のみでできる制度に改悪された。
 今回の法制定によって、所有者不明土地は登記官が調査して所有者が分からな
い場合、代金を法務局に供託して、裁判所任命の管理者から買収できることにな
った。共有者の一部を特定できない共有地も所有者不明土地となる(法務省民事
局ホームページから)。
 さらに来年には第3弾として、登記の義務化、土地所有権の放棄確認緩和などの
法制化が計画されている。これが成立すれば、これまでの法律と合わせ、登記期
限までに相続登記がされない共有地を、法務局に代金を供託するだけで強制買収
できることになる。
 まさに一坪共有運動の圧殺を狙う悪法だ。
 1966年、三里塚闘争開始直後に始まった三里塚一坪共有運動は、83年からは再
共有化が取り組まれ、五三年間闘いが続いてきた。昨年10月、加瀬勉さん・柳川
秀夫さんの呼びかけで三里塚大地共有委員会を受け継ぎ、一般社団法人三里塚大
地共有運動の会(山口幸夫代表理事)が設立された。全国の共有者に呼びかけ、
共有地の管理・登記変更に取り組んでいる。
 共有運動に敵対する法制定に反対し、一坪共有地を守り抜こう。 

     2019年6月


2019年6月2日日曜日

三里塚 7.14東峰現地行動

飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」計画を撤回せよ!   
反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

    安倍政権打倒!

 安倍政権は世界のどこでもアメリカと共に戦争ができる体制を作るために憲法改悪を目論んでいる。労働者・人民を戦争に動員するためにナショナリズムと排外主義をあおり、挙国一致体制を構築しようとしている。民主主義と完全に対立し、一切の差別と戦争の元凶である天皇制を強化し、戦争と天皇制に反対する者の存在を許さない社会作りである。
 安倍は沖縄の辺野古への米軍新基地建設を、沖縄住民の反対の意志を踏みにじって一方的に推し進めている。そのやり方は一片の民主主義も存在せず、ただ強権をもって進めるのみである。これに対して沖縄の住民はあらゆる手段を使って、
体を張って粘り強く闘い抜いている。
 民主主義を破壊し、戦争の道を突き進む安倍政権を打倒しなければならない。

 やめろ! 人権・環境破壊の飛行時間制限緩和

 三里塚においては成田国際空港会社が第三滑走路を2030年度までに完成させ、2020年東京五輪・パラリンピックによる便数増加に対応するためだとして飛行時間(現行午前6時から午後11時まで)を1時間延長するという計画を打ち出した。
 1月、夏目誠空港会社社長は、「第3滑走路建設など成田空港のさらなる機能強化について地域の思いをしっかりと胸に刻み、全力で取り組みたい。A滑走路の夜間飛行時間制限緩和もできるだけ早く実施したい」と語った。夏目は昨年より、飛行時間の延長を1年前倒しで19年の冬ダイヤ(10月27日から)実施したいとしていた。
 これについては2月4日の四者協議会(国・千葉県・空港会社・周辺自治体)において合意された。しかし、騒音被害を実際に受ける飛行ルート直下の芝山町・横芝光町住民はあくまで飛行時間の延長を認めることができないと反対している。横芝町住民は「空港騒音断固反対」「わたしたちの静かな生活環境をこわすな」などの看板を掲げ、抗議や不安を強く表明している。
 空港会社は滑走路建設などの用地確保に向けて地元で移転、土地買収の動きを進め、空港会社は現時点で地権者の大多数の同意を得たと発表している。
 用地買収については移転補償や地域振興策などの問題が山積し、飛行時間延長の問題同様、地域の住民の意志と目先の利益のみを優先させる行政の思惑との間には対立があり、空港会社の住民の意志を無視した進め方には懐疑と反発の声が上がっている。
 3月末には横芝光町の水田で航空機の金属プレートが発見された。飛行直下の住民は騒音被害と共にこうした落下物の危険にもさらされることになる。
 住民の生活を破壊し、不安を増大させる第3滑走路建設、飛行時間延長に反対していこう。用地内東峰・天神峰の住民追い出し、農地強奪を許さず、連帯して闘おう!(2019.5.20)

一坪共有地運動に敵対する所有者不明土地の登記・管理適正化法

 5月17日、参院で「表題部所有者不明土地の登記・管理適正化法」が成立しました。この法は、所有者不明土地(①不動産登記だけで所有者が判明しないか連絡がつかない土地②相続手続きをせず、相続登記をしていない土地)を売却可能にする悪法です。
 例えば、一坪共有者が死亡し、相続手続きをしていない一坪共有地は、この法の適用対象となります。法務局は、所有者が特定できないと認定し、裁判所が選任した管理者による売却が可能となり、売却した代金は供託にするのです。法務省は、この法に加えて、来年には売却がやりやすいように①相続登記を義務化し、期限内に手続きをしていない土地は売却可能②土地所有権の放棄確認の緩和の立法化もねらっています。
 現在行われている一坪共有地の一般社団法人三里塚大地共有運動の会への登記移転がますます重要な取り組みとなってきます。ぜひ御協力ください。詳細は三里塚大地共有運動の会ブログを参照してください。https://kyouyu-undou-no-kai.blogspot.com/

 7.14三里塚・東峰現地行動
◦日時:7月14日(日)午後1時
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向けてデモ
◦会場への行き方:京成東成田駅地上 12:00集合 迎えの車待機
    10:34発  京成上野特急 →11:41着 京成成田→11:52発  京成成田 →乗り換え 
    京成東成田線(普通) [芝山千代田行き]→11:57着  東成田
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
             連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90-5/電話:FAX 0479-78-8101


2019年2月9日土曜日

一般社団法人三里塚大地共有運動の会 第1号 2018.12.28


 【12.2集会写真】

一坪共有運動を継承し発展させよう
「一般社団法人三里塚大地共有運動の会」を設立(2018.10.28)

 三里塚一坪共有者の皆さん、三里塚に連帯する仲間の皆さん。一般社団法人三里塚大地共有運動の会の設立を報告します。
 1966年、三里塚闘争開始後直ぐに、三里塚芝山連合空港反対同盟によって一坪共有運動は開始され、日本国家の強権的な空港建設と闘ってきました。83年からは、再共有化運動が取り組まれ、再共有化を「土地売り」と中傷する北原派支援党派による共有者への襲撃・妨害を受けたものの、共有地を守り、三里塚農民に連帯してきました。
 だが、この10年間、空港会社は「空港建設で強制的手段はとらない」というシンポ・円卓会議での確認を反故にし、裁判による強制買収で横堀現闘本部など一部の共有地を奪ってきました。
 また、再共有化開始から既に35年の月日が経ち、物故した共有者も少なくない状況となってきました。
 2018年3月、成田空港四者協議会(国交省・千葉県・成田国際空港会社・周辺9市町)は成田機能強化を決定。芝山町への3000メートルの第3滑走路の建設、B滑走路の500メートル延伸、夜間発着制限大幅緩和の方針を打ち出しました。
 これらの事態を受けて、加瀬勉さん(三里塚大地共有委員会Ⅱ代表)、柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)から、三里塚共有運動の法人化、法人への登記変更の呼びかけが出されました。(4頁に掲載)
 2018年10月28日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会の設立総会が開かれ、法人代表理事には山口幸夫さん、理事には渡邉充春さん、大森武徳さん、監事には島田清作さんが就任しました。11月に法務局での登記手続きが完了。一般社団法人三里塚大地共有運動の会への発展を受けて、加瀬勉さんは大地共有委員会代表を辞任しました。
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は法人定款で、「当法人は,会員が三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させることを目的とする。」と、目的を規定しています。
 法人事業としては、定款で「(1)会員から譲渡を受けた土地の管理 (2)三里塚闘争への支援 (3)三里塚闘争・成田空港問題についての啓発・宣伝 (4)会員間の交流,各地の空港反対運動との交流 (5)前各号に附帯関連する一切の事業」を目的達成のために行う法人事業としています。
 全国の共有者、仲間の皆さん。一般社団法人三里塚大地共有運動の会への参加、法人への登記変更、共有者調査、カンパなど協力を訴えます。(詳しくはQ&A、調査票などを参照ください。)
 もし、今後、国・成田空港会社が共有地強奪に動くならば、三里塚大地共有運動の会は、法人の目的にある通り、「三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させる」ために、理事会を中心に全国の共有者・仲間と共に闘っていきます。
 2030年成田空港「機能強化」と対決し、52年間の三里塚大地共有運動の闘いの歴史を継承・発展させていきましょう!


報告 2018.12.2「一般社団法人三里塚大地共有運動の会」設立報告集会
三里塚闘争は民衆の思想的原点である闘いだ

 12月2日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会設立報告集会が東京で開かれた。参加者は84人。
 集会は一般社団法人三里塚大地共有運動の会が主催。三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)、三里塚空港に反対する連絡会が共催した。
 集会の最初に、法人代表理事の山口幸夫さんが主催者あいさつ。
 「10月28日設立総会で代表理事に選ばれた。私は共有者ではないが、毎年三里塚には行っている。佐多稲子さんの共有地を連れ合いが引き継いでいる。
 三里塚闘争の意味が改めて問い直される時代。制度疲労が著しく進んでいる。民衆の思想的原点である闘いをもう一度考え直し深める必要がある。会の主体はあくまでも会員」
 加瀬勉さん、柳川秀夫さんが法人化の呼びかけを行った(別掲)。
 事務局からは法人設立と登記変更について説明。
 法人理事の大森武徳さん(三里塚物産)は、木の根ペンションがある木の根共有地での納涼祭の動画を上映し、若い世代がどのような形で三里塚に関心を持ち、空港が侵食する中で残っている貴重な場所をどのように維持し活動していくかについて発言。
 法人監事の島田清作さんは伊達判決を生かす会共同代表として、砂川闘争の歴史について発言。「三里塚一坪共有運動を理由に若い仲間が襲撃された時も、命を懸けて闘ってきた。勝利するまで命をかけて頑張りましょう」
 山崎宏さんは第3滑走路計画、東京五輪に向けて進められる夜間飛行制限緩和に対する周辺住民の抗議について報告。
 平野靖識さん(三里塚物産)は4月の東峰火災と支援への報告・感謝の発言。
 続いて、加藤宣子さん(辺野古実)、根本博さん(泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会)、塚本春雄さん(元静岡・三里塚闘争に連帯する会)、平田誠剛さん(元管制塔被告団)、大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)、斎藤春光さん(福島原発告訴団)が連帯発言を行った。



【12.2加瀬写真】

加瀬勉さんの発言要旨
主体を作り上げていこう

 10月28日に法人設立総会があり、堀越昭平君から引き継いだ大地共有委員会代表を辞任したことを報告します。
 私個人は55年反対闘争を闘っている。東京第二空港計画は3000ヘクタール。三里塚は1050ヘクタール。我々の闘争は一定の成果を勝ち取った。計画を打ち砕くことはできなかったが、彼らの野望を半分くらいにとどめさせた。3000メートル滑走路は完全に阻止した。
 今度の空港拡大は『地元の皆さんの強い要望で』と言っている。親切丁寧な説明で地元の皆さんのご理解をいただきたいと言っている。空港会社は周辺地域で140回の説明会をやった。今までと全く違う。
 周辺自治体の役場には空港社員が出向。80人体制で空港拡張のために活動している。
 空港拡張用地は1000ヘクタール。立ち退き民家2000戸。工期は10年。3000メートルの第3滑走路を新設。B滑走路を3000メートルに延長。現在の年間30万回から10年後50万回にする。空港騒音、落下物、汚染の問題もある。かつての機動隊を前面に出した土地強奪とは違い、今度は笑顔で出てきている。
 一坪共有運動は空港阻止のための土地所有にとどまるものではない。三里塚闘争は我が運命を共にする問題であるという思想を確立し、多くの支援が三里塚にかけて戦った。
 新しい酒は新しい革袋に。金太郎飴の運動ではどうにもならない。自らを変革して主体を作り上げていく運動だ。
 沖縄の運動も、福島の運動も苦労している。法人化運動を続けながら、自分を変革していく。皆さんとともに前進していきたい。今日は出陣式。お祝いの日だ。


【12.2柳川写真】

柳川秀夫さんの発言要旨
思いは脈々と生きている

 一坪共有運動は社会党の指導で始まった。共有運動には当初土地を提供してくれた農民の思いが脈々と生きている。空港巨大化の動きはなかなか止まらないが。共有地は、ただ土地があるだけではなく、多くの人の思いがそこに集積している。
 今回法人設立となったが。法人そのもので安全かというと、そうではなく、この間裁判で共有地・団結小屋がとられてきている。
 しかし、相続問題が発生してきており、ただ持っていてくださいというくらい無責任なことはないので法人に土地を集める。公開シンポで事業認定は取り下げられ、個人への強制収用はない。代わりに裁判で土地が強制買収されている。今回の法人化に協力を要請したい。


【12.2山口写真】

三里塚大地共有運動の会へのカンパの呼びかけ
ともに北総台地の農を守り抜こう

 三里塚闘争に連帯して一坪共有化運動に参加したみなさま、そして、三里塚闘争に共感してくださったみなさま 
 みなさまが1983年の三里塚一坪共有化運動に賛同して個人的に登記した三里塚の共有化運動の土地が、相続や転居などで登記変更していない状態が続けば、「任意」の名の買収、裁判による「強制買収」、法律制定など様々な手段での共有地取上げのおそれが強くなります。2018年6月に制定された「所有者不明土地特措法」も、将来適用される可能性は否定できません。
 「一般社団法人三里塚大地共有運動の会」は、共有者のみなさまの土地をみなさまに代わって法人としてきちんと登記し、管理することを目的にして設立されました。登記変更に係る手続きは法人が代行し、諸費用は法人が負担しますが、この法人は収益事業をしない非営利の法人です。会員・賛助会員のみなさまからのカンパ、ご支援が頼みです。
 空港会社は東京オリンピック・パラリンピックの開催を名目に、第一滑走路の運用時間を現在の午後11時から午前零時まで1時間延長しようと目論んでいます。また、第三滑走路の建設が計画されています。すべて話し合いで解決していくという、公開シンポ・円卓会議での国・公団と反対同盟の1994年の合意が実質的に反故にされようとしています。
 工業化社会とグローバリズムを批判し、豊かな北総台地の農を守り発展させることは、以前にも増して一段と重要性を帯びています。
 三里塚大地共有運動の会では、一坪共有地の木の根ペンションで共有者が集い、一坪現地を見学する予定です。東峰の一坪共有地に長年暮らしていた樋ヶさん宅(ワンパック野菜、卵の係)の火災跡やラッキョウ工場なども含めて、3か所にある一坪共有地を訪ねたいと考えています。三里塚大地共有運動の会の活動にご参加いただければ幸いです。
 一坪共有者のみなさまが、一人残さず法人の会員になってくださるようお願いいたします。また、一坪共有者ではなくとも、一人でも多くの方々が賛助会員に登録してくださるようにお願いいたします。(2018・12・28)

         一般社団法人三里塚大地共有運動の会
                (代表理事 山口幸夫)

◆法人運営・登記変更カンパ  目標額 500万円

◇会費・カンパ送り先 郵便振替口座 00130-6-697201
口座名 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
連絡先▼東京都渋谷区初台1-50-4-103一般社団法人三里塚大地共有運動の会
 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402  
email:kyoyu@sanrizuka.net

【木の根ペンションの写真】


一坪共有地社団法人化全国運動参加への協力要請

加瀬 勉(三里塚大地共有委員会代表〈2〉)
 国家権力と航空資本の国際空港建設の暴政に抗すること50年。
 生死を賭けた半世紀にわたる闘争は過酷にして栄光に満ちた戦いの連続であった。国家権力と空港資本の国際空港建設計画の野望は面積にして3000へクタールであったが1050へクタールに縮小させる成果を我々は勝ち取ることができた。
 空港建設阻止闘争は様々な独創的な戦いの形態を作り出していった。その中で一坪土地共有化運動は三里塚空港建設に反対する農民と全国の支援する人々との運命共同体の団結形態を創り出し三里塚闘争の発展に大きく貢献してきた。
 国家権力と空港資本は一坪共有地は所有者の承諾がなくても金銭買収できるとの最高裁判例を盾に共有地の強奪を行ってきた,三里塚空港反対同盟はこの無謀な攻撃に抗して一坪共有地法人設立の方針を決断した。
 時恰も自民党総裁選が行われ、新たに安倍三次内閣が発足した,安倍はA級戦犯岸信介、三里塚に空港建設を決定した佐藤栄作の親族であり、安倍は日本政治の極右の流れを代表する最も危険な政治家である。一強独裁・平和憲法改悪を第一の政策課題に掲げる反動内閣である。三里塚においては新たに空港機能拡大の野望を打ち出し着工せんとしている。三里塚空港反対同盟は決意を新たに一坪共有地法人化全国運動の決断をここに下した。三里塚闘争と日本の平和民主主義発展のために一坪共有地社団法人化全国運動にご協力を切にお願いしたい。
               2018年10月28日


一坪共有地社団法人化に向けて
柳川秀夫(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)
 一坪共有運動は1966年8月に始まりました。
 周知のように農民の意見は重んじられる事なく空港建設は決定され、国の力の行使のみによる空港作りが進められました。
 反対同盟はそのような国の対応に実力をもって阻止することを決定しました。一坪共有運動もその一環でした。
 運動を進めるに当たり、空港問題が解決したら、元の地主に返すという事が決め事でもありました。再共有化の現在も同様です,
 共有地は空港公団の用地の取得を困難にする事はもとより、幾度も大きな闘いの場となり、犠牲を出しながら国家権力の横暴を広く世の中に曝け出し闘いへの共感を得る役割も担ってきました。
 そのような積み重ねの下、二期工事強制収用を目前にし、強行開港への闘いの成果もあった後、国との盛大なやり取りが公の場で行われ、建設決定と強行の非を国が認め、強制収用はなくなりました。
 しかし、強制手投は放棄したのではなく、裁判所が強制収奪を行う新手を行使してきました。滑走路の増設や未買収の東峰部落等の計画も変える事なく続いており、共有地の役割は続いています。
 さらに今日に至っては空港拡張にも見られるように飽くなき発展の追求は深刻な人類の生存を脅かす状況に至っており、共有地の存在は本来の役目以上に広義なものになっています。
 反対同盟は共有地に責任を持つ義務があります,即ち空港問題を実質的に解決し、そして元の地主に土地を返すということです。
 53年になる年月は相続の発生等、共有地の分散を考慮いたさねばならないことが多くなります。その解決策として社団法人化を進めることになりました。
 ご協力をお願いいたします,
               2018年10月28日

2019年2月3日日曜日

報告:2019反対同盟旗開き&東峰現地行動


1月14日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2019反対同盟旗開き」を行い、40人が参加した。
 政府・国土交通省―成田国際空港会社は、2030年度までに第三滑走路の建設と飛行時間の延長など空港公害と環境破壊を拡大する空港機能拡大計画を明らかにした。とりわけ2020年東京五輪・パラリンピックによる旅客の増大を口実に飛行時間を午前5時から翌日午前1時までに延長するという内容は睡眠破壊を拡大する人権侵害そのものだ。
 成田国際空港会社の夏目誠社長は、1月4日の社内訓示で国・千葉県・関係6自治体・空港会社からなる四者協議会などの推進派を自作自演で動員しながら「第3滑走路建設など成田空港のさらなる機能強化について地域の思いをしっかりと胸に刻み、全力で取り組みたい。A滑走路の夜間飛行制限緩和もできるだけ早く実施したい」と居直った。飛行時間の延長に反対する空港周辺住民は、「空港騒音断固反対」「わたしたちの静かな生活環境をこわすな」などの看板(横芝光町)を掲げているように、抗議や不安などを強く表明している。旗開きは、第三滑走路建設反対と飛行時間延長を許さない闘いに向けた意志一致の場となった。

開催にあたって司会の山崎宏さん(横堀地区/労活評現闘)は、「現地は国と空港会社による第三滑走路建設に向けて様々な策動がある。夜間飛行時間の延長によって飛行ルート下の住民は強い反対を示している。推進派は、強引に合意がなされたなどと言い、既定事実としてあるかのように宣伝している。芝山、横芝光町では根強い反対の動きがある。こうした反対派と連帯し、拡張反対を貫いていきたい」と発言した。

 柳川秀夫さん(反対同盟代表世話人)は、「去年は、共有地の法人化ということで一般社団法人三里塚大地共有運動の会を立ち上げた。1966年から一坪共有地運動が始まり、空港建設を阻む実力闘争の一環として取り組んできた。空港の巨大化は、地球の温暖化と深く関わっている。最近の天候の変化が激しい。かなり毎年、危機的状況を繰り返している。発展というのが物を消費し、増やしていくという考え方だ。格安飛行機が飛び、外国から人々がたくさん来るというのが本当の発展なのか。金儲けのことしか考えていない。三里塚闘争を通して次の新しい世界を創り出していこう」と訴えた。

 石井紀子さん(川上地区)は、「安倍首相がテレビに出てくるたびに消したくなる。ほんとにあの人の暴走をとめないとだめだ。今日は食べることについて話したい。何を食べるかということは、自分がどのように生きていくのかの選択だ。生命と活動を維持するために食べる。野菜たちのたくましい生命力を見るたびにこの命をもらっていかなければならないと思う。ワンパック野菜が去年から子ども食堂のお手伝いをするようになった。家族が集まって食べることがなくなり、子どもたちがスナック菓子で食事をすませてしまうという話を聞いて驚いた。孤食が話題となり、子どもへと広がっている。子どもたちが育ち、礎となる。野菜が皆さんの力になるように日々働いています。真剣にいいものを食べてください。今年も頑張りましょう」と述べた。

 平野靖識さん(らっきょう工場・東峰地区)は、「去年4月4日、東峰地区の樋ケ守男さん宅、三里塚物産の冷蔵倉庫を焼失してしまい大変申し訳なかった。去年はいいこともありました。三里塚物産の代表を退いて大森武徳君が代表になりました。これまでの闘いを引き継いでくれる人です。大量生産・大量消費を見直していこうという地球的課題の実験村を取りくんでおり、木の根ペンションも使っています。一坪共有地の法人化によって態勢が強化され、長く闘っていくための戦略的対峙の状況にある。今年もよろしくお願いします」と発言。
 加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会代表)は、昨年末、市東孝雄さん(北原派反対同盟/天神峰)裁判の千葉地裁不当判決に触れ、「市東さんの土地の地主は空港会社に黙って売り渡していた。市東さんはちゃんと地代は払っていたにもかかわらず、裁判所はこれらの経過を無視して明け渡すのは当然だと判断した。さらに補償してるから生存権を脅かすものではなく、職権の乱用でもないとしている。シンポジウムの合意は、強制権の問題まで合意したわけではない。強制権は存在している。裁判所は、ことごとく空港会社の主張を追認し、市東さんの土地を収用することは当然だという主張だ」と糾弾した。
 さらに「国がシンポジウムで謝罪し、強制収用はしない、話し合いをするという評価がある。市東裁判判決は、政府が一貫して強制収用の姿勢を崩していないことを示している。謝ることと、強制収用はまったく別の次元の話だ。混同してきたのが、われわれの反省点だ。三里塚の弾圧手法を今、沖縄で使っている。三里塚闘争と沖縄基地反対闘争は、運命共同体だ。革命的警戒心を持って緊張感を持って闘っていこう」と決意を表明した。

 発言は、清井礼司弁護士、高見圭司さん(スペース21)、日米安保終了を通告する会、、渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会 、関西三里塚相談会)一般社団法人三里塚大地共有運動の会、田んぼくらぶなどから行われた。最後に「団結ガンバロー」を行い、二
一九年の闘いの団結を打ち固めた。
 旗開き終了後、三里塚空港に反対する連絡会の呼びかけで旧東峰共同出荷場跡に移動し、開拓道路に向けてデモが行われた。成田空港滑走路に向けて、「飛行制限時間緩和を許さない!成田空港「第3滑走路」計画を撤回せよ!」のシュプレヒコールを行った。(Y)