2022年6月1日水曜日

7.17三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査

 飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対!
岸田自公政権打倒! 反原発─再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

◦日時:7月17日(日)午後1時集合
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
 /集会後、開拓組合道路に向けてデモ/デモ後:第3滑走路建設予定地などを調査
  (共催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会)
◦会場への行き方
 京成東成田駅地上 12時集合 迎えの車待機
 /10:14発  京成上野特急 →11:18着 成田→11:34発  京成成田 →乗り換え
  京成東成田線  [芝山千代田行き]→11:40着  東成田
  (★乗車する方は、事前に、連絡会に電話かフックスを送ってください)
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
          連絡先:東京都渋谷区初台1-50-4-103/03-3372-9401
                     FAX03-3372-9402




  ロシア軍のウクライナ侵略糾弾!

 2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻し、ウクライナ戦争が始まった。ロシアの軍事進攻は民衆の平和的生存権、他国の主権を武力をもって蹂躙するものであり、断じて許されない。ロシア軍は直ちに停戦し、撤退しなければならない。

   岸田政権の戦争国家化を許さない

 岸田自民党政権はこのウクライナの戦争を最大限利用して日本社会を戦争できる国に変えようとしている。アメリカの世界戦略に追随し軍事力強化を推し進めようとしている。防衛費のGDP比2%以上増額、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えて保有する、さらに「核共有」までも言い出している。そして 改憲を一気に仕上げようとしている。政府は沖縄・辺野古新基地建設を住民の意志を踏みにじって強引に推し進め、琉球弧の軍事要塞化を図っている。戦争でいつも犠牲になるのは民衆だ。世界の反戦闘争と連帯し、戦争政策を進める自国の政権を打倒しよう。

 むだな第3滑走路建設NO

 政府・国交省―成田国際空港会社(NAA)は「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化」として2029年3月までの第3滑走路共用開始を目指し計画を進めている。
 空港会社は延伸する第2滑走路や、新設する第3滑走路の準備工事を本年秋頃から始めることを明らかにしている。田村明比古社長は「航空復活元年」「反転攻勢の年に」などと年頭に決意を表明している。我々は農地を強奪し、住民を騒音地獄にまきこむ機能拡大―第3滑走路建設に断固反対する。
 第3滑走路の建設による騒音被害の拡大、永続化が懸念される住民が、千葉県と空港会社に対して第3滑走路計画を凍結する要望を出した。横芝光町は既存の滑走路(A・B)の騒音下にあり、従来から騒音被害を受け続けてきた。
 第3滑走路が完成し供用されることになるとそれは町中心部を含めて広範囲に拡大することになる。第3滑走路の運用に伴って飛行制限時間が大幅に緩和され、飛行機が離着陸しない時間は1日の内4時間しかないことになる 住民は「今までの騒音とはレベルが違ってくる。人口密集地帯でも騒音問題が大きくなるだろう」と訴えている。住民の犠牲を顧みることなく、ひたすら利潤のみを追い求める政府―資本の第3滑走路建設を許すことはできない。共有地を奪う登記義務化法に反対し、大衆運動を弾圧する戦時法「重要土地調査既成法」を廃止させる闘いを進めよう。
7・17三里塚現地に結集し共に闘おう!
2022・5・23

2022年1月15日土曜日

報告:2022反対同盟旗開き

 主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)


 1月9日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2022反対同盟旗開き」を行い、43人が参加した。
 新型コロナウイルスの感染拡大による航空需要が国際的に後退しているにもかかわらず斉藤鉄夫国交相は、「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化だ」(21・10・6)と述べ、資本の利潤をひたすら追い求める成長路線に必死にしがみつこうとしている。その現れとして2022年度政府予算案では第3滑走路新設や第2滑走路延伸などに176億円を計上した(12・24)。
 この国交省路線に基づき成田国際空港会社(NAA)の田村明比古社長は、成田空港の第2滑走路延伸準備工事を2022年秋ごろに始め、第3滑走路建設を23年度着工を強行することを明らかにした。また、田村は用地買収の交渉について「地元のみなさまに丁寧な説明や情報提供を行って計画を進めていきたい」などと言っているが、その実態はカネを積み上げ、必要に応じて司法を使った立ち退きの強要を策動している。この目論見と連動して、土地登記を罰則付きで義務づける登記義務化法(改定民法・不動産登記法/21・4)制定し、所有者不明土地収用を押しすすめようとしている。このターゲットは、明らかに三里塚一坪共有地の強奪だ。24年から相続登記、住所変更登記の義務化を強行する。一坪共有地を防衛し、一般社団法人三里塚大地共有運動の会が取り組む移転登記の取り組みを支えていこう。
 人権侵害・環境破壊に満ちた成田空港の機能強化に対して反対同盟は、木の根ペンションと一坪共有地、横堀鉄塔と案山子亭、横堀農業研修センターの拠点を守り抜き、岸田政権と成田空港会社の野望と真向から対峙し、空港廃港に向けた闘いを打ち固めるために旗開きで闘う意思一致を行った。

 旗開きは山崎宏さん(労闘・労活評)の司会で始まり、「新型コロナウィルスの感染が急速に拡大している。利益だけを追い求め続ける在り様の反映だ。岸田政権と空港会社は、空港機能拡張ということで第3滑走路建設に邁進している。秋には北側延伸に向けて東関東自動車道のトンネル化を着工しようとしている。第3滑走路本格着工を24年に始めると宣言した。私たちは、闘いを継続し、発展させていこう」と挨拶した。
 柳川秀夫さん(反対同盟大代表世話人)は、「皆さん、今年もしぶとく生きていこうと思います。コロナ感染の拡大は、文明自身が問われている。どのように闘っていくか、まさに時代の使命として考えていきたい。第3滑走路建設は、今、求められている状況とは真っ向から逆行したものだ。成田の緑をまる裸にし、どれだけ自然界に負荷をかけるのか。経済優先、巨大開発は見直さなければならない。百姓をやっていて環境が厳しくなってきていることは身体で実感している。自然の変化のほうが早くなっている。食べ物も相当深刻な問題となってくるだろう。空港の拡張もここにきて無理だということがはっきりしている。これからも頑張って闘っていこう」とアピールした。
 加瀬勉さん(多古町)は、「スウェーデンの環境活動家グレタさんには大いに励まされた。『空飛ぶ飛行機は恥だ。私は乗らない。たった一人のストライキ、G7は喋っている時ではない、行動を起こせ。G7、あんなものは指導者ではない。ここにいる私たちが指導者である。地球を、私たちの未来を壊す者を絶対に許さない』と語った。彼女の言葉と行動には人間としての勇気、決意、未来に対する責任がある。三里塚闘争50年余心新たにして闘いを継続してゆこう」と呼びかけた。
 さらに「この8月から用地の買収と工事用の道路の建設がはじまる。農地を強奪し、環境を破壊し、騒音地獄を作り出す拡張工事に断固反対する。福島の汚染水海上投棄問題、名古屋中部空港拡張、大阪万博問題、沖縄辺野古新基地反対闘争など全国の人々と共闘して闘いの輪を広げてゆこう」と述べ、最後に第3滑走路建設による追い出し攻撃を許さず、「私は絶対に移転をしません」と力強く宣言した。
 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚歴史 考証室通信」(創刊号)の紹介、取り組みを報告した。
 渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会/関西三里塚相談会)は、「1・30関西三里塚闘争旗開き&大地共有運動報告」、「南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会」の取り組みの報告、アピールを行った。
 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会・事務局長)は、21年12月12日に行われた一般社団法人三里塚大地共有運動の会第4回総会と記念集会、一坪共有地移転登記の取り組みなどを報告した。さらに「三里塚共有地管理・登記変更第2次カンパの呼びかけ」を報告し、「共有地を奪う登記義務化に対抗し、三里塚大地共有運動の共有地を共に守り抜くため、第2次登記変更カンパへの協力を呼びかけます」と訴えた。(カンパアピールは別掲)
 続いて管制塔被告団の中川憲一さん、連帯社、日米安保終了を通告する会、労闘・労活評、新時代社から連帯アピールが行われた。

 旗開き終了後、東峰の旧共同出荷場跡に移動。三里塚空港に反対する連絡会が主催する「1・9東峰現地行動」が取り組まれ、開拓道路から成田空港滑走路に向けて「第3滑走路建設をやめろ!成田空港を廃港にするぞ!」などのシュプレヒコールを行った。(Y)

■三里塚共有地管理・登記変更第2次カンパの呼びかけ
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
(代表理事 山口幸夫)

 三里塚に心によせる皆さん。共有地管理・登記変更カンパを呼びかけます。
 三里塚大地共有運動の会は、柳川秀夫さん、加瀬勉さんの呼びかけで三里塚大地共有委員会Ⅱの活動を受け継いで2018年に設立しました。共有地強奪につながる所有者不明土地対策立法、共有者の物故・相続による共有地分散化による空港会社の買収という動きに対して、個人から法人(共有運動の会)への登記変更、共有地の管理を目的に立ち上げたものです。
 共有運動の会では発足時に共有地登記変更を目的にしたカンパを全国の仲間に呼びかけ、400万円の協力をいただきました。この3年間で木の根と東峰の共有者100人(故人を含む)の持ち分の共有運動の会への登記変更(費用1件4万円前後)を行い、第1次カンパを使い切りました。
 2021年4月、所有者不明土地対策立法の仕上げとして、土地登記を罰則付きで義務づける登記義務化法(改定民法・不動産登記法)が成立。既に成立している所有者不明土地収用を知事の判断だけでできる制度、判明している共有者だけの同意で「不明」の共有者の持ち分まで買収できる制度などと合わせ、相続・転居などで登記変更しない状態が続く共有地の取上げへつながる法律です。相続登記、住所変更登記の義務化は24年から順次施行されようとしています。
 成田空港会社は新型コロナによる国際線旅客数9割減にも関わらず、2029年3月までの第三滑走路建設・B滑走路延伸などの成田機能強化を推し進めており、登記義務化はこれに連動した動きです。
 これに対して、共有運動の会では登記変更に引き続き取り組んでいきます(再共有化から40年近く経っているために手続に時間がかかるケースもあります)。また、共有地に建つ横堀農業研修センターや木の根ペンションの管理・保全の活動、イベントなどへの協力を進め、空港会社による司法を使った共有地強制買収と「任意」買収の目論見に対決していきます。
 登記変更に係る手続きは専門職(司法書士)に依頼し、法務局への手続きの費用は会費・カンパから共有運動の会が負担しています。この間イベントや集会の際にしてカンパをお願いしていますが、1次カンパを使い切ったため、全国の仲間の皆さんに改めてカンパ協力をお願いすることになりました。
 共有地を奪う登記義務化に対抗し、56年間続く三里塚大地共有運動の共有地を共に守り抜くため、第2次登記変更カンパへの協力を呼びかけます。
 2022年1月
  一般社団法人三里塚大地共有運動の会(代表理事 山口幸夫)

◆共有地管理・登記変更第2次カンパ  目標額 200万円
 カンパ送り先 郵便振替口座 00130-6-697201
 口座名 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
連絡先▼東京都渋谷区初台1-50-4-103一般社団法人三里塚大地共有運動の会
TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402  kyoyu@sanrizuka.net



2021年12月17日金曜日

報告:一般社団法人三里塚大地共有運動の会「12・12第4回総会&記念集会」

  12月12日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、文京シビックセンターで「12・12第4回総会&記念集会」を行った。
 午前中、第4回総会が行われ、山口幸夫代表理事の開会宣言の後、総会成立を確認。山口議長によって議事が進められた。
 渡邉充春理事が事業報告、事務局長の繁山達郎さんが諸報告、島田清作監事から監査報告が行われた。
 さらに繁山さんは、「第4年度事業計画」①法人への登記変更推進のための共有者への呼びかけ・変更手続きを継続する。第2次登記変更カンパ集めを呼びかける。②共有地、第3滑走路計画などの三里塚現地調査に取り組む。③反対同盟旗開き、東峰現地行動、ペンションイベントに協力。④共有地強奪につながる所有者不明土地対策法制・登記義務化法の施行に反対する。─を提案し、各議案は全会一致で承認された。


 続いて文京シビックセンターで「一般社団法人三里塚大地共有運動の会第4総会記念集会」が行われ32人が参加した。

 集会は、辻和夫さん(事務局)の司会あいさつで始まった。

 主催者あいさつが山口幸夫代表理事から行われ、午前中の第4回総会を報告し、「総会でも取り上げたが、所有者不明土地対策法制・登記義務化法の施行(2024年以降)までに登記変更手続きが間に合うかどうかだ。現在のところ煩雑な事務作業、書類の取り寄せなどのため遅れている。なんとか頑張っていきたい」と強調した。

 さらに「9・16闘争から50年、三里塚芝山連合空港反対同盟が結成されてから55年になる。砂川闘争が始まって66年になる。大きな時間がたっているが、この間、大きな事態が起きている。ひとつは、気候危機という世界的な問題として、非常に差し迫っている。気候変動に関する第6次報告書が8月に出た。温暖化が人為的な影響であることに疑いえない。炭素を出してはいけない課題がつきつけられている。2つ目は、新型コロナの問題だ。いまだに全容がわからない。オミクロンの変種も登場している。三つ目は、もう11年になるが東京電力福島第一原発事故だ。あと始末が進んでいるとはいえない状況だ。100年の仕事になる」。

 「この3つの問題は、反対同盟が土地を奪われない、緑の大地を、という主張を行い、体制側は工業化社会を進めるために、とぶつかりあった。地球的課題の問題として3つの問題は、これこそが工業化社会のツケだ。体制側は、脱炭素のために原子力発電所を進めると言い出している。一坪共有運動は、共有者の年齢が高くなっている事態があるが、緑の大地を取り戻す、農的価値を取り戻すことはもっとも重要な課題だ。新しい会員、賛助会員を増やし、全国の皆さんと進めていきたい」と述べた。

 三里塚現地から柳川秀夫(三里塚芝山連合空港反対同盟・代表世話人)さんからのメッセージが紹介さたれ。

 「反対闘争が始まって55年になりました。機能強化とのかけ声で農地山林が丸裸にされた所が目立つようになりました。
 一方、地球温暖化が世界で認識され、その対処が真剣に議論される現在、滑走路建設という開発によって広大な緑の大地を丸裸にする。南米等では焼畑が大きな問題になっているが、同質の問題です。
 ブレーキのかからない生産、消費、経済活動、時あたかもコロナ感染が世の中を席巻し、また気象変動による災害も大規模になっている様は、人間の改たまらぬ行為に自然界が自助努力により、元にもどそうとしているかのようです。
 言いかえるなら自然界が力によって人間を服従させるともいえます。
 そんな中、共有地の役割は存在があることで既存の社会の流れに逆らう意味でもあり、もう一つの価値観を発信する場所でもあります。
 故連合反対同盟副委員長小川明治さんの戒名は『闘魂必成木ノ根居士』です。共有地は『闘魂必成』、気概の置き場所でもあります。共に健闘を。」

 続いて加瀬勉さん(前・三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)からの「12・12連帯メッセージ」「ここで戦わずして どこで戦うとゆうのだ」が紹介された。加瀬さんは、「砂川の日本人民の闘争が冨里に八街にひきつがれたのである。そして三里塚闘争へ」と熱烈にアピールしている。

 山崎宏さん(事務局)は、24年滑走路着工と芝山町長選などの三里塚現地状況について報告した。

 大森武徳さん(同会理事/三里塚物産代表・東峰らっきょう工場)はビデオメッセージで「2011年から木の根ペンションのプールの整備などを行い。プール開きをした。その後、ペンションでイベントを企画し、その都度、三里塚に関心がある若い方、少しは関心がある方たち100人から400人が参加した。若者たちは、事前にユーチューブなどを観たりして三里塚の歴史を勉強していた。『ペンションは魅力があり、大事な場所ですよ』とメッセージを送ってくる人もいた。次の世代に繋げ、愛される場所になりつつあるなと実感しています。私は三里塚で生まれ、様々なところに思い出があります。実家もなくなり、思い出の場所がなくなって、寂しいところもあります。しかし、労農合宿所(現・横堀農業研修センター)、木の根ペンション、横堀鉄塔、案山子亭も残っている。一般社団法人三里塚大地共有運動の会によって縦のつながりによって各世代が結びつく契機となる。今後もしっかり育てていきたいです」と語った。

 なお会場には、三里塚物産の無農薬落花生落花生が並んでおり、いつも人気だ。

 繁山事務局長は、法人活動を報告し、「移転登記の取り組みが、書類の取り寄せなど煩雑な事務作業によって遅れています。遅れを取り戻す対策は色々と議論しています。所有者不明土地対策法制・登記義務化法の施行(2024年以降)までに、なんとか遅れを取り戻し、一坪共有地運動を押し進めていきます」と発言した。

 島田清作さんの講演「砂川闘争から三里塚へ」が行われた。(講演要旨は別掲)

 第2部は連帯発言。

 山田謙さん(東大阪・三里塚闘争に連帯する会)、根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会)、和多田粂夫さん(元管制塔被告団)から活動報告、今後の闘いに向けた決意が表明された。

 最後に渡邉充春理事が閉会あいさつを行い、終了した。(Y)


■講演砂川闘争から三里塚へ  砂川の闘いの今日的な意義  島田清作さん

 ことし砂川闘争が始まって66年目になります。かつての「防衛白書」の年表には1955年の欄に「5月8日砂川基地闘争始まる」と記されていましたが、ついにこの記述がなくなりました。いずれにしても政府刊行物にも記述されていた「砂川基地闘争」とは一体、何だったのでしようか。

 砂川闘争とはアメリカ軍立川飛行場の拡張をめぐって、足かけ15年にわたり続いた大きな住民運動のことを指しています。
 アメリカ軍立川飛行場の前身は大日本帝国陸軍の飛行場でした。1922年、当時の立川村と砂川村にまたがって作られた小さな飛行場はやがて拡大強化されて、太平洋戦争のときには軍都立川といわれ、1945年敗戦によりアメリカ軍に占領されてからは、朝鮮戦争、ベトナム戦争の出撃拠点となりました。
 朝鮮戦争休戦後の1955年、大型機の離着陸のために更に滑走路を延長することがアメリカ軍から要求されたのですが、砂川の農民たちは、強制収用のための土地測量にあらゆる方法で抵抗し、裁判所や東京都収用委員会でも論陣を張って一歩も譲りませんでした。
 ついに、1968年、アメリカ軍は拡張をあきらめ、翌69年、邦も収用認定を取り消し、15年の闘いに終止符が打たれました。やがてアメリカ軍は横田基地に移り、1977年、580万㎡の基地は日本へ全面返還されたのです。

闘争にみる特筆すべき4つの側面

 今振り返ってみると、この闘争は憲法との係わりで大変重要な意味を持っていたと言えます。
 その第一は国家と対決して住民の生活と地方自治を守る運動であったということです。
 1955年5月4日、東京調達局(現防衛省北関東防衛局)が砂川町の宮崎伝左衛門町長に基地拡張の通告を行ったのですが、それは140戸の農家と17万㎡の農地を奪い、町の中心を通る都道五日市街道を分断するものでした。町長はすぐにこの通告を地元住民に説明しました。
 同月12日には臨時の町議会が開催され、満場一致で反対を決議し、町議会議長を委員長とする反対闘争委員会がつくられました。宮崎町長は、調達局が土地収用のために行う立入り調査に反対して公告を拒否し、東京都知事の職務執行命令にも従わず、基地拡張のための一切の法的手続きを拒否しました。砂川町は、町ぐるみでアメリカ軍基地の拡張に反対したのです。
 第2は、自由と権利を自らの努力で保持するという憲法第12条の実践であったことです。国が農民の抵抗を警察官の暴力で排除して測量を強行していったとき、農民たちは「土地に杭は打たれても心に打たれない」という青木市五郎行動隊長(後の立川市議会議員)の言葉を合言葉にして、団結を崩さずに闘い続けました。
 警察官の警棒に投擲され1000人を超える負傷者が出ましたが、自らも重傷を負った日本山妙法寺の西本敦上人は「流すべき血は流さなければならない、失うべき命は失わなければならない。その後に平和な独立日本が訪れる」と説きました。万余の労働者、学生、市民が砂川にかけつけ、誰もが身を挺して自由と権利を守ろうとしたのです。
 そして第3は、豊かな生活のための農地か戦争のための軍事基地かの選択であり、非戦非武装の憲法か日米安保条約かの選択であったということです。
 砂川の農民たちは戦前戦中は旧日本軍に、戦後はアメリカ占領軍に多くの土地を取り上げられてきましたが、もうこれ以上、戦争のために土地を提供することを拒否したのです。
 この闘いの中で、東京地方裁判所の伊達秋雄裁判長は「駐留アメリカ軍は憲法9条に違反しており、憲法上その存在を許すべからざるものである」といって反対運動の人々の基地立入りに無罪の判決を言い渡しました。
 第4に砂川闘争は大衆的な実力闘争と法廷闘争の結合、あらゆる階層の人々の共同行動という面でも特筆すべきものでした。
 地元の農民、労働者、学生が無法な測量とそれを擁護する警察権力の暴行に徹底して非暴力で抵抗したのと併せて、法廷でも総評弁護団を中心とした数々の抵抗が繰り広げられました測量のために農地に立ち入ってはならないという仮処分申請、東京都がなした土地収用のための公告の取消し請求、内閣総理大臣がなした収用認定取消し請求、飛行場内土地の明渡し請求、東京都収用委員会の審理裁決権限不存在確認請求の裁判などです。
 また、64年4月から始まった収用委員会の審理には、毎回多数の農民と労働者が三多摩労協の借り上げたバスで東京都庁まで傍聴にかけつけ、66年暮れまで傍聴にかけつけ、13回を闘いぬきました。
 この間も防衛施設庁による反対同盟への執拗な切り崩し工作は続き、66年の米軍機墜落炎上事故をきっかけとした多くの農家の移転と、買収済国有地の立入り耕作禁止、柵設置の通告を契機に、現地は10年ぶりの緊張につつまれました。
 このとき、ベトナム戦争反対闘争に取り組んできた三多摩反戦青年委員会は、反対同盟役員と共に全国に砂川の危機を訴えて歩いて現地での集会を盛り上げ、一方、美濃部亮吉東京都都知事の出現により収用委員会の審理が中止になったこと、ベトナム戦争によるアメリカ財政の逼迫などとあいまって、ついに68年の拡張中止になったのです。

 砂川闘争のその後と今日的課題

 (1)米軍は69年11月、立川基地での飛行活動を停止し全部隊を横田基地に移駐させました。使わなくなった基地の跡地について市民は、米軍から返還を受けて平和利用を実現するよう国に働きかけたのですが、国は米軍基地のまま自衛隊に使わせる計画を進めました。
 立川市議会は71年10月、「自衛隊移駐反対」の意見書を満場一致で決議し、国に提出しましたが、72年3月、陸上自衛隊東部方面航空隊が強行移駐してきました。立川市は76年1月、米軍や自衛隊の使用を認めない「立川基地跡地利用計画市案」を決定し、立川市、昭島市、東京都の三者で協力して実現していく方針を固めました。
 77年11月、米軍から全面返還を受けた国は78年10、自衛隊基地を中心とした利用計画を発表、これに対して市民は「基地のない市案」か「基地中心の国案」かを住民投票で決めることを求める直接請求運動を始めましたが、79年2月、市議会は直接請求条例案を否決、結局、跡地利用をめぐる市民の意向は無視され、また、買収済みの拡張予定地や未利用跡地などに未だ市民のための利用は進んでいません。
 (2)「駐留米軍は憲法違反」という伊達判決もその後、国によって踏みにじられてきました。1957年7月8日、基地内土地の測量に抗議して基地に立ち入った労働者・学生が日米安保条約に基づく刑事特別法違反で逮捕され裁判になったのですが、1959年3月30日、伊達判決が出されました。60年安保改定の交渉中であった両国政府はこの判決に狼狽し、最高裁に跳躍上告、最高裁は同年12月16日伊達判決を破棄しました。そして1ケ月後の60年1月19日、日米安保条約の改定調印が行われたのです。
 (3)伊達判決から49年たった2008年4月、国際問題研究者の新原昭治さんは米国立公文書館で伊達判決にかかる多数の秘密電文を発見されました。それは当時の駐日米大使が本国の国務長官あてに送ったもので、伊達判決を覆すために藤山外務大臣や田中最高裁長官、自民党福田幹事長などと密談したようすが記録されているのです。
 このことを知った砂川闘争の関係者らが集まって「伊達判決を生かす会」をつくり、伊達判決を今の時代に蘇らせようと集会を開いたり国会議員に働きかけたりしてきました。
 日本政府各省庁にも、この密談の記録文書が存在するはずだからそれを開示するよう求めるとともに2014年6月、不公正な砂川裁判のやり直しを求めて東京地裁に再審請求をしましたが、2018年7月、最高裁により不当にも棄却されました。
 (4)安倍政権は、歴代の内閣や国会の論議を覆して2014年7月、集団的自衛権の行使は合憲であるという閣議決定を行い、2015年9月には安保法制の制定を強行しましたが、それらの根拠に砂川裁判の最高裁判決をねじ曲げて悪用しています。
 最高裁の不当不正な裁判により公平な裁判を受ける権利を奪われた砂川事件の元被告ら3人は、2019年3月、国家賠償請求の訴訟を起こし、現在東京地方裁判所で進行中です。この裁判を通じて、国家の違法性を明らかにするとともに、伊達判決を現在の世に蘇らせようというものです。
 戦後一貫して日本の外交はアメリカの言いなりで、沖縄返還や核兵器持込でも多くの密約があったことが暴露されてきています。私は、軍事同盟である日米安保条約を破棄し、全ての米軍基地を撤去させることが砂川闘争から学び、教訓を生かすことであると確信しています。
 直接、三里塚闘争とはつながらないんですけども、私たちは農民の農地を守る運動、それは労働者・市民皆が考える平和に安心して生活ができる日本を守る運動、そういうものと一体のものとして考えて、これからも砂川で闘い続けていきたいと思っております。



2021年11月24日水曜日

2022反対同盟旗開き

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2022年1月9日(日)正午
場所:横堀農業研修センター
   (千葉県山武郡芝山町香山新田131)
参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え
            京成東成田線  [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】
★乗車希望の方は、事前に三里塚大地共有運動の会に電話か、メールをください。

2022.1.9三里塚・東峰現地行動

飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 岸田自公政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

■日時:2022年1月9日(日)午後2時

■場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
    /集会後、開拓組合道路に向けてデモ
■会場への行き方
  ①2021反対同盟旗開き終了後→旧東峰共同出荷場に車移動
  ②京成東成田駅地上 13時30分集合 迎えの車待機/11:54発  京成上野
    特急 →13:02着 成田→13:12発  京成成田 →乗り換え   
             京成東成田線  [芝山千代田行き]→13:17着  東成田

 

■主催:三里塚空港に反対する連絡会

 岸田・自公連立政権は、10月31日の衆院選挙において議席は減らしたものの過半数を維持し、改憲と戦争国家化に向けてつき進んでいる。岸田は総裁選挙の中で安倍・菅と同じ路線を踏襲していくことを明らかにしていった。アメリカ帝国主義・バイデン政権の対中国包囲戦争の一翼を担うために日米同盟を強化拡大することを鮮明にした。

 また新自由主義の道を引き続き歩んで、労働者人民の搾取と抑圧の上に資本家階級の利潤を追求していくことを何ら隠すことなく示した。原発の維持、推進もこれまで通りだ。また辺野古新基地建設をはじめとした沖縄の軍事拠点化も住民の強い反対の声を踏みにじって着々と進めている。岸田・自公政権を一刻も早く打倒しなければならない。

 岸田内閣の斉藤鉄夫国土交通相は10月6日、「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化だ」と述べた。どこまでも需要が拡大していくということを前提とし、資本の利潤をひたすら追い求める成長路線の思想のありようが今問われているのだ。このような「機能拡大」によってもたらされる住民の騒音被害をはじめとする環境・生活破壊といった重大な事柄は取るに足らないものとして片づけられてしまう。それらは補償金や自治体への「交付金」として買い取られ、住民の意志が無視されていく。

 こういった事態は全国各地で起こっている。「国策」を遂行するためには国家権力は手段を選ばずやってくる。それは独占資本と共通の利害関係に貫かれている。第3滑走路建設に反対する闘いは国家権力―資本の横暴と闘う全ての闘いと共にある。

    空港と闘う拠点を守り抜こう

 芝山町横堀地区は第3滑走路予定地に全て含まれ、滑走路そのものではないが空港施設を作るうえで不可欠の土地である。その中には一坪共有地があり空港反対運動の拠点の一つである「横堀農業研修センター」が建てられている。成田国際空港会社はこの土地を奪うために民事訴訟をおこして裁判所の力で1坪共有地を奪おうと目論んでいるのは間違いない。

 強制収用という手段を使った土地取り上げができなくなった今、敵は司法権力を使って土地強奪をこれまでも行ってきた。反対同盟は土地を守り抜く決意を明らかにしている。 反対同盟旗開きに結集し、東峰現地行動を共に闘おう!

                         2021.11.2





2021年11月23日火曜日

一般社団法人三里塚大地共有運動の会・12.12第4回総会記念集会

 砂川闘争から三里塚

主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会
共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
       三里塚空港に反対する連絡会

主催者挨拶・総会報告:山口幸夫さん(代表理事)
・三里塚からメッセージ 加瀬 勉さん
   講演「砂川闘争から三里塚へ」  島田清作さん
   (伊達判決を生かす会共同代表/三里塚大地共有運動の会監事)
・活動報告:事務局 ・連帯発言

日  時:12月12日(日)/午後1時30分開場~午後2時開始/資料代 500円
会  場:東京・文京シビックセンター4階ホール
     (地図裏/地下鉄三田線・大江戸線春日駅下車)
連絡先/〒151-0061 東京都渋谷区初台1-50-4-103
       一般社団法人三里塚大地共有運動の会
     電話 03-3372-9408 /FAX 03-3372-9402
        メールアドレス  kyoyusanrizuka.net 


 今年4月、登記義務化法=改定民法・不動産登記法が国会で成立しました。これは相続・転居時の登記を罰則付きで義務化する法律。権利だった土地登記から登記をしなければ土地が奪われる制度へと改悪されました。登記義務化は24年以降、順次施行されようとしています。

 登記義務化法は、所有者不明土地利用円滑化特別措置法(18年6月)、表題部所有者不明土地登記・管理適正化法(19年5月)と続いた所有者不明土地対策法制化の仕上げであり、これらは国家が「所有者不明土地」の土地・共有地を取り上げられるようにする法律。通常国会で成立した基地周辺・国境離島の住民の人権を侵害する「重要土地調査規制法」と同様、国家の「公共性」を住民の人権・財産権より優先する法律。

 斉藤国交相は「首都圏空港の容量拡大による機能強化は必要不可欠」(10月6日、専門紙向け就任会見)と、住民無視で進めてきた第3滑走路建設などの成田空港機能強化計画を引き続き強行することを表明しました。

 だが、コロナバンテミックで国際航空需要は激減。成田空港の2021年上期の国際線旅客数は前年同期比89%減、コロナの影響がない19年1~6月との比較では96%減で上期としては過去最低。2018年3月に成田空港4者協議会(国交省・千葉県・9周辺自治体・成田空港会社)で決定された2029年3月までの第3滑走路(3500m)建設、夜間飛行時間延長、B滑走路再延伸という機能強化計画は完全に破綻しています。

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は「三里塚大地共有委員会Ⅱ」の運動を受け継ぎ、18年に立ちあげました。この3年間、共有地強奪につながる所有者不明土地立法に反対し、再共有化開始から30年以上が経つ中、共有地を守り抜くために共有地の法人への登記移転と管理を進めてきました。

 登記義務化施行、第3滑走路建設に反対する2022年の大地共有運動へ向けて第4回総会記念集会を開催します。集会講演は、伊達判決を生かす会共同代表/三里塚大地共有運動の会監事である島田清作さんから「砂川闘争から三里塚へ」というテーマで長年の闘いの歴史と教訓、今後の方向性を問題提起していただきます。



2021年7月9日金曜日

報告:7.4東峰現地行動&現地調査

  7月4日、三里塚空港に反対する連絡会は、「成田空港『第3滑走路』建設をやめろ! 飛行制限時間緩和を許さない! 共有地を奪う登記義務法反対! 菅・自公政権打倒! STOP原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 『重要土地調査規制法案』を廃案に!」のスローガンを掲げ東峰現地行動を行い、30人が参加した。

 前段集会の会場は、雨のため東峰地区の平野靖識さん(らっきょう工場)かららっきょう工場の一角を借りて行われた。

 集会は山崎宏さん(連絡会)の司会で始まり、「新型コロナの流行下において成田空港は国際線の90%が運休が続き、外国人の入国が圧倒的に少ない。空港会社は膨大な赤字が累積している。しかし、第3滑走路建設については29年3月まで完成させるということで、用地買収、工事などを行っている。まったく反省もなく、先が見えず人民に大きな犠牲を強要する建設事業に反対する闘いを進めていこう」とアピールした。


関西三里塚闘争に連帯する会共同代表・渡邉充春さんからのアピールが紹介された。

 アピールは「4月25日には泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会の主催の関西新空港反対!泉州現地集会を30名の仲間とともに勝ち取りました。『南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会』の取り組みも継続されています。」と報告し、「一坪に示した反対の意思を、共有運動の会の粘り強い取り組みで強化していきましょう。さらに関西から闘います」と表明。


 平野靖識さんは、「石井紀子さんは、こういう集会で暮らしを大事にしながら原則的に闘いをしていこうと訴えていた。らっきょう工場の三里塚物産は、1978年4月から始まった。以降、東峰でどのように闘っていくかを考えてきた。その一つとして『三里塚歴史考証室』(21年6月1日)を発足した。私は成田空港シンポジウム(1991年11月)と円卓会議(1993年9月)に参加した。当時の運輸省、空港公団は、空港決定について『民主』的ではなかったことを認め、謝罪した。その証として空港の中の土地に対する強制収用法適用を取り下げ、用地取得に対して強制的手段をもちいないと合意した。だがその後の展開は、B滑走路供用を強行し、現在では天神峰農家の市東孝雄さんの土地に対して強制執行可能状態にある。第3滑走路も建設しようとしている。民衆が提起した方向性の観点からもう一度明らかにし、発信していきたい」と発言した。


 野島?美香さん(石井紀子さん追悼の集い実行委員会)は、「有志で実行委員会を作り、どのように紀子さんを追悼していくかを約半年かけて話し合いをした。コロナ禍における制限があるが、追悼集会を4月3日に行い、100人が参加した。現在、報告集を準備している。集会では映像の部を行いましたが、編集したDVDを報告集に付けます。労農合宿所の攻防で紀子さんが機動隊に対してオニギリを投げつけるシーンがあった。紀子さんの凜とした生きざまを受け止め考えていきたい」と述べた。

 さらに発言は、芝崎眞吾さん(連帯社)、7・3東京五輪を中止に! 松戸アクションを闘った仲間、田んぼくらぶから行われた。

 集会後、デモに移り、空港用地内の開拓道路からB滑走路に向けて「第3滑走路建設反対!空港廃港を!」などのシュプレヒコールを行った。


 デモ終了後、三里塚大地共有運動の会との共催で現地調査を行った。

 調査活動は、車に分乗し木の根地区の木の根ペンションに向かい、ウッドデッキに上がり空港全景を確認したり、一坪共有地のプールを視察した。



 空港を外周してから柳川秀夫さん(三里塚反対同盟代表世話人)宅を訪問した。

 交流の場で柳川さんは、「空港の巨大化をはじめ資本がやりたい放題やった結果として、温暖化、コロナなどの問題が起きている。現代文明によって便利となり、若者たちが都市部へと移ってしまう。農村は後継者がいないということで土地を守るとか反対する理由がなくなってしまっている。物があふれ人間としての価値観が失われている。人類が存続するための課題に対して大きく立ち現れている。環境変化が早くて人類が生き残っていくことが大変な状況だ。百姓やっているとよくわかる。従来のように種まきをやっていたらだめになっている。スーパーに行けば食い物があるから安心しているが、気候、食料問題は深刻になってきている。だからこそ巨大空港はいらない」と言い切った。


 第3滑走路飛行コース直下を走り、加瀬勉さん(前大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)宅がある多古町に移動した。

 加瀬さんは、いなり寿司、キュウリ・ナスのお新香、新鮮で熟したトマトを用意して調査活動の仲間たちを迎えてくれた。仲間たちは、「加瀬料理」をほおばり、交流が始まった。

 その中で加瀬さんは、「『重要土地調査規制法』と『登記義務化法』が制定された。これが空港反対闘争、農民にどのような影響があるか。日本では2万カ所の限界集落があると言われている。無人の家もたくさんある。田んぼ、畑の耕作放棄は50万?だ。山林、原野とかは管理していないから相続はしていない。第3滑走路によって多古町は立退き区域になっている。空港会社は、現在作っている田畑、宅地は買収すると言っている。みんな山林を管理してないから放棄している。経済利益がないから相続していない。こういう中で2つの法律が制定され、最終的には国家によって買収できるようになってしまう」。

 「横堀の農業研修センター、案山子亭と大鉄塔は、無人であり、過疎集落だ。だがやすやすと渡さない。これは私たちの意志にかかっている。反動立法は、運動の後退によって阻止することができなかった。大衆も組織しきれていない。この問題をどうするか。多古町も若者たちは都市部に移っており、後継者がおらず、農村共同体も崩壊している。田んぼは、ほぼ地区外の者に貸している。こういう状況下で空港会社は、行政・空港推進派の4者協議会に多額のカネをばらまき、地元誘致要望があったと称して第3滑走路建設の合意をとりつけ、アリバイ的な説明会を繰り返し、買収を押し進めている」。

 「空港の周りで空港反対と言っても、土地という物質拠点がなければ力とはならない。木の根の土地は日本人民の名誉にかけて守りぬく義務がある。そのための対策はあるのか」と仲間たちに投げかけた。

 加瀬さんの問題提起を受け止め、再会を約束して本日の行動を終了した。(Y)


2021年6月18日金曜日

三里塚 7.4東峰現地行動&現地調査


成田空港「第3滑走路」建設をやめろ!
      飛行制限時間緩和を許さない           共有地を奪う登記義務法反対!

菅・自公政権打倒!

 STOP原発―再稼働やめろ!

    沖縄・辺野古新基地建設反対! 

        「重要土地調査規制法案」を廃案に!

 三里塚空港は新型コロナウィルスの影響で多くの国際便が欠航となり、20年度の国際線の発着回数は前年度比の80%減で最終利益は714億円の赤字となった。旅客数は90%減の325万人で過去最低となった。  それにもかかわらず成田国際空港会社(NAA)は、空港機能の拡充を目指すとして3本目の滑走路建設とB(平行)滑走路の延長を2029年3月の完成を目標に、用地の買収や工事を推し進めている。  新たに千葉県知事に就任した熊谷俊人知事は、5月20日成田空港を視察し、空港会社の田村明比古社長から説明を受け、周辺9市・町長らと意見交換を行った。その中で熊谷知事は「空港や関連事業をしっかり長く支援していく」と語り、第3滑走路、空港機能拡充を支援していくことを表明した。空港騒音に苦しむ住民のことなど一切考えず、ひたすら利潤のみを追い求めるこれまでの空港行政を継承していくことを確約したのだ。  成田空港会社は、周辺自治体に支払った2020年度の空港周辺対策交付金が71億1000万円で、前年度の約1.6倍に増えたことを明らかにした。さらに第3滑走路を建設するに当たって、地元の合意を取り付けるために増額することを約束していた。交付金は周辺10市町(成田市、芝山町、横芝光町、多古町等)と千葉、茨城の2県に支払われ、騒音対策の防音工事や道路の整備などに使われている。第3滑走路が供用されたら騒音被害が発生する横芝光町、多古町は交付金の増加率がそれぞれ160%、120%と新たに発生する被害の大きさを表わしている。   多額の交付金と引き換えに将来にわたって騒音被害を受け続けることになるのだ。空港公害、環境と人権破壊が必至な成田空港第3滑走路建設、空港拡張計画を許さない!

 罰則付きで登記を義務化し、共有地を奪う登記義務法に反対する!  4月21日、菅自公政権は相続・転居時の登記を罰則付きで義務づける民法や不動産登記法の改定を成立させた。これは所有者不明土地対策を「成長戦略」の一環に位置付けた安倍政権によって2017年から進められた策動である。

 不当な空港建設に反対し、一坪共有地を守り抜く運動に対し、一部の共有者が不明な場合でも、他の共有者の同意だけで土地を処分することが出来るなど、登記を行わない土地所有者、共有者から土地・共有地を取り上げることを合法化する法制改悪である。

 共有地運動つぶしの相続登記義務化に断固反対する。


           「重要土地調査規制法案」を廃案に! 

 「重要土地調査規制法案」は米軍基地や自衛隊基地、海上保安庁施設、原発などの周辺1キロと国境離島等の区域を首相が指定し、土地・建物の所有者の個人情報を調査し、土地の売買を事前届け出制とするものである。法に反すると2年以下の懲役や200万円以下の罰金という刑罰が科せられる。  また、法律制定の根拠となる立法事実がなく処罰の対象となる「機能阻害行為」の内容や、どこを指定区域とするかは法の制定後に政令・省令によって決めていくと言っている。つまり、国会のチェックすら及ばない憲法違反の法律である。 この法案の現下のターゲットは沖縄の反基地運動だということは明白になっているが、それのみにとどまらず原発、三里塚からあらゆる労働者・市民の闘いをつぶすためのものであり、改憲の実質的な先取り攻撃である。  三里塚農民、沖縄住民と連帯し、菅政権を打倒する闘いに結集し、共に闘おう!

    2021.6.10

現地調査コース(予定)

車に分乗し、東峰地区~木の根ペンション(ウッドデッキ・、プール視察)~横堀鉄塔から空港全景調査、案山子亭~第3滑走路計画予定地の加茂地区・飛行直下地域などを点検

◦日時:7月4日(日)12:00集合 ◦場所:旧東峰共同出荷場跡/集会後、開拓道路に向けてデモ ◦デモ終了後、現地調査 共催・三里塚大地共有運動の会 ◦会場への行き方/京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機/9:13発  京成上野特急 →10:22着 成田 乗り換え→10:32発  京成成田 →東成田10:37着    ◦主催:三里塚空港に反対する連絡会        連絡先:東京都渋谷区初台1-50-4-103/03-3372-9401 FAX03-3372-9402








2021年5月8日土曜日

一般社団法人三里塚大地共有運動の会  登記義務化法に反対する学習会

5月30日(日)午後1時半開場、午後2時開始
講師 清井礼司さん(弁護士)=交渉中
発言 重要土地調査規制法案について
会場 ピープルズプラン研究所会議室(江戸川橋駅1b出口5分)
 東京都文京区関口1-44-3信生堂ビル2F
 ※会場変更になりました
資料代 500円
主催 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
東京都渋谷区初台1-50-4-103
TEL03-3372-9408 FAX 03-3372-9402
kyuyu@sanrizuka.com
https://kyouyu-undou-no-kai.blogspot.com/


2021年5月7日金曜日

声明 罰則付きで登記を義務化し共有地を奪う登記義務化法制定を糾弾する!

一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)

  4月21日、参院本会議で相続・転居時の登記を罰則付きで義務化づける民法・不動産登記法改定案、相続土地国庫帰属法案が成立しました。

 これまでは財産権の保障を定めた憲法の下、土地登記は権利であり、所有者・相続人が相続・住所移転の登記をしてなくとも、土地の所有権・共有権が失われることはありませんでした。今回登記をしなければ、土地・共有地が奪われる制度へと根本から変更されました。通常国会には基地周辺・国境離島の住民の財産権を制限し、国家による思想調査を合法化する「重要土地規制法案」が上程されていますが、国家の「公共性」が住民の人権・財産権よりも優先されている点で共通です。

 改定法は、土地を相続した相続人に取得を知った日から3年以内の相続登記の申請を義務化。罰則として過料10万円以下。転居に伴う住所変更でも、2年以内の変更登記の申請を義務づけ、違反すれば過料5万円以下となります。

 今回の登記義務化法は所有者不明土地対策を名目にした所有者不明土地利用円滑化特別措置法(18年6月)、表題部所有者不明土地の登記・管理適正化法(19年5月)に続く法制化です。一連の所有者不明土地対策立法によって、公共工事の所有者不明土地収用について収用委員会の関与をなくし、知事の判断だけで収用裁決ができる制度改悪が行われました。さらに所有者不明の土地・共有地については、裁判所が管理人を選任。不明者への公告、代金の供託をして管理者から買収できる制度になりました。「所有者不明土地」を確実に取り上げられるようにする内容です。

 今回の登記義務化に対しては、法律家(※)からも、「民法の原則に反する」「所有者不明土地問題の解消を更に困難にする」「相続人のプライバシー侵害にあたる」などの反対意見が出されましたが、まともな議論もないまま、3月5日閣議決定から、4月1日衆院通過、衆参全会一致という拙速審議で成立。2~3年後には施行されようとしています。

 私たち三里塚大地共有運動の会は、相続登記・住所変更登記をしない共有地を奪う登記義務化法に反対し、三里塚闘争として55年間続いてきた三里塚大地共有運動の共有地を全国の仲間と共に守り抜く闘いを続けていきます。 (2021年4月)

(※)相続登記の義務化等に反対する会長声明(全国青年司法書士協議会)

http://www.zenseishi.com/opinion/2021-02-25-01.html


 一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)

東京都渋谷区初台1-50-4-103 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402

https://kyouyu-undou-no-kai.blogspot.com/

2021年4月15日木曜日

報告:                                     4.3「三里塚に生きる 石井紀子さん追悼の集い」(実行委員会)


 

 4月3日、文京区民センターで「三里塚に生きる 石井紀子さん追悼の集い」(実行委員会)が行われ、99人が参加した。

 紀子さんは、2020年3月11日、交通事故で急逝(享年67)した。紀子さんを知る仲間たちは、驚きと悲しみが、この一年続いた。そんな中、有志たちのよびかけで急逝から1年となる2021年4月に東京で「石井紀子さん追悼の集い」の企画を実行委員会として取り組むことになった(2020年12月)。

 実行委は、「『石井紀子さん追悼の集い実行委員会』参加・協力の呼びかけ」を全国発送し、294(公表167+非公表127人)人の仲間たちが呼びかけ人になってくれた。紀子さんが多くの友人、豊富なネットワークを構築していたことの現れだ。必然的に集いも紀子さんの三里塚・土・農業との関わり、空港反対の闘いなど多面的な側面に迫っていくような内容にしていこうと論議を積み重ね、この日の集いを開催することになった。


 会場には、写真家・島田恵さんが撮影した「泉州から三里塚へ 女たちのゆっくリレー(1987)」のアルバム5冊が展示され、多くの参加者が懐かしく見入っていた。

 1984年から島田さんが石井宅に住み込み撮影した東峰裁判支援や空港包囲マラソンの写真を、紀子さんは三里塚50年集会(2016)で展示した。この集会で石井さんは「闘いの思い出は宝の物のように輝いている」と述べ、写真に添えた。

 手書きの説明には、仲間への感謝や思いやりが表現されていた。その展示の様子や、パンフレット「女が走れば北総台地に風が吹く」から当時の写真も掲示された。

 暫定滑走路計画が動き出した1999年、石井さんは「力を貸してください」と呼び掛け、個人通信「赤い風の村から」を発行した。同年9月、東峰を賑やかにする集いは、それまでの三里塚集会とは異なり、オリエンテーリングという形で東峰の農業や暮らしを参加者が知ることになった。集落の上空を飛ぶ飛行機には「畑やニワトリの上を飛ばないで」と鶏舎の屋根に大きく書いて訴えた。そうした写真も展示された。


 集会の司会は、鈴村多賀志(田んぼくらぶ)さん、野島美香さん。

 開会の冒頭、紀子さんを哀悼する黙祷を捧げた。

 第1部では、紀子さんの映像12本が上映された。

①2020年1月 三里塚反対同盟20年旗開きでの発言

②1977年 こどもを背負ってデモ参加

③1977年 鉄塔撤去のテレビ報道を見つめる

④1984~87年 スライド「女たちの三里塚」から

⑤1987年11月 木の根・自主耕作地囲い込みへの抗議行動

⑥1989年10月 横堀・再建した労農合宿所を守り抜く闘い 

⑦1999年10月 暫定滑走路を作らすな東京集会での発言

⑧2002年3月 暫定滑走路供用直前、東峰現地行動での発言

⑨2002年4月 供用開始に抗議する現地集会での発言

⑩2006年4月 騒音下での闘い、テレビインタビュー

⑪2006年12月 三里塚40年たすきわたし集会での発言

⑫2014年2月 半世紀に及ぶ闘い、海外テレビのインタビュー

 実行委員会に寄せられた映像からは、今にも紀子さんの笑顔、怒り、奮闘、時には運動への厳しい指摘をする姿が飛び出てくるようだ。 


  第2部はトーク。紀子さんの友人たちが次々と語った。

 鎌田慧さん(ルポライター)は、「東京新聞(20・3・17)のコラムに紀子さん追悼として『土と闘争に根を張って生きた。それで得た人生です。このあり方を続けています』と彼女は爽やかに語っていた。』と紀子さんが語っていたことを引用した。ワンパックには、いつも通信が入っており、それをまとめたのが「たたかう野菜たち」(三里塚微生物農法の会・ワンパックグループ 編/現代書館)としてまとめられている。ウーマンりヴから三里塚闘争に入り、都会から農村にお嫁さんにくることはかなりの決意だったろう」。

 「彼女が言っていたことで感動したのは、『確固たる農業観、農民観もなく、ただ自分たちのような土に生き、土に死ぬ百姓にならねば』ということを一つ覚えを繰り返してきたと言ってたことだ。見事な人生だった。ときどき三里塚闘争のことを身体の中に入れておきたいという思いできた。三里塚闘争は65年闘われ、空港は完成していない。農業をつぶして日本はどうするのかを三里塚闘争は主張してきた。闘いを引きついでいきたい」と発言した。

 島田恵さん(映画監督、写真家/動画メッセージ)は、「東峰裁判救援コンサート(日比谷野音/1985・5・19)をきっかけに東峰裁判を支援し、若いかあちゃんたちとの交流が始まり、写真を撮りはじめた。田植え、農作業も手伝った。そんな私を見つめてくれたのが紀子さんだった。石井家の離れに数か月住まわせていただいた。20代の写真家を応援してくれた。『三里塚に生きる』上映会で野菜を販売していた紀子さんと再会した。『福島 六ヶ所 未来への伝言』、「チャルカ~未来を紡ぐ糸車~」を制作し、紀子さんは観にきてくれた。紀子パックの野菜を食べると元気が出て、今だったら竹の子です。私が社会的な問題に関心を持ち、写真や映像という形を通して世に問うてこれたのは、最後まで信念を貫き通した紀子さんがいたからこそと思っています。紀子さん、ほんとにこれまでありがとう」と述べた。

 続いて藤川泰志さん〈みさと屋〉、蒔田直子さん(京都)、代島治彦さん(映画監督)、梶川涼子さん(成田プロジェクト)、田んぼくらぶ・鈴木弘子さん(映像とメッセージ)から紀子さんとの交流、様々なエピソード、励まされたことなどが語られた。

 山崎宏さん(労活評)から加瀬勉さん(元大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)、柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)のメッセージが紹介された。


 加瀬勉さんのメッセージ(要旨)

 「三里塚空港反対闘争50年余の歳月。闘いを共にした多くの人が身罷っていつた。私は数いきれない墓標を背負い、これらの人々の闘いの意志を引き継いで闘いを堅持して生きている。石井紀子さんの新しい墓標がまた一つ増えた。

 紀子さん安らかにお眠りください。

 私は虚偽に満ちた月並みの追悼の辞を述べるつもりは毛頭ない。

 三里塚は天は騒音地獄、地上は空港拡張建設、地の底を墓を掘り起こし、身罷った人々の死体を骨を暴いて空港建設を進めている。三里塚の天地、そして地の底、三里塚には人間の尊厳が守られ安らかに眠る場所などないのである。

 三里塚は生者死者一体である。

 紀子さん。成仏しないでほしい。さらに怨念を恨みの炎を闘いの情念を共に燃やしてゆこうではないか。自らの安らぐ場所を建設するために。

 2021年4月3日 加瀬勉」


 平野靖識さん(三里塚物産)は、「東峰の出荷場を訪ねると、紀子さんはワンパックに入れる通信をお茶の時間の時、書いていた姿を思い出す。いつもものを考えていて、何を伝えたいのか、整理されていたんじゃないかな。紀子さんの喋りの映像をなつかしく拝見したが、紀子さんの語りは、「紀子節」と言ってます。語りを起こしても、そのまま文書になるほどでした。いつも土にはたらきかけて、野菜を作る。それを待っている人達がいる。そういう自分の生き方の自信があってのことだと思う」と述べた。

 さらに「紀子さんとは、2回ほど議論があった。一つは、青年行動隊が国とのシンポジウムに入っていくとき、紀子さんは話し合いに応ずることに対して路線の変更ではないかと批判し、私に問うてきた。もう一つは、暫定滑走路供用後、ワンパック出荷場は、騒音直撃で若い人たちがいたなかでどうするかと議論になった。東峰出荷場から新しい出荷場に機能移転することになった。紀子さんにとっては、それも原則から外れるという立場だった。紀子さんは闘いの原則を大事にした人だった」と語った。

 閉会あいさつが山口幸夫さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会・代表理事)から行われ、「ワンパックをやろうと言っていたのは、小泉英政さんだった。1972年相模原戦車闘争の時、暮らしをつくる会に小泉さんがやってきてワンパックをやりたいと提案してきた。そしたら山口雪子さんが『それをやりましょう』と賛同した。実は相模原戦車闘争は、男の闘いだった。山口雪子さんは、あまり言いませんでしたけど、『これでは人々がちゃんと暮らしていけない』と言っていた。紀子さんは、ワンパックという名称にこだわり、論議したことがある。夫婦二人で紀子パックを食べていました。紀子さんは人間の生き方について、考え方を変えずに貫いてきた。私たちは深く共感してきた。今日は、大事な場所を共有することができた。ありがとうございました」と発言し、紀子さん追悼の集いを終えた。

(Y)

2021年4月3日土曜日

声明                               罰則付きで登記を義務化し共有地を奪う登記義務化法案に反対する

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)

1.未登記に過料10万円

 3月5日、菅政権は相続・転居時の登記を罰則付きで義務化づける民法や不動産登記法の改定案、新法の相続土地国庫帰属法案を閣議決定しました。今通常国会で成立させようとしています。
 法案は、所有者不明土地対策を口実に不動産登記法を改定。土地を相続した相続人に取得を知った日から3年以内の相続登記の申請を義務化。違反への罰則として、行政罰の過料10万円以下。また、転居に伴う住所変更などの場合でも、2年以内の変更登記の申請を義務づけ、違反すれば過料5万円以下となります。
 これまで土地登記は権利であり、財産権の保障を定めた憲法の下、所有者・相続人が相続・住所移転の登記をしてなくとも、土地の所有権・共有権が失われることはありませんでした。それが登記をしなければ、土地が奪われる制度へと根本から変えられようとしています。

2.所有者不明土地対策を口実に

 2017年、所有者不明土地対策を「成長戦略」の一環に位置付けた安倍政権によって、所有者不明土地対策の法制化の動きが始まりました。
 18年6月、所有者不明土地利用円滑化特別措置法が成立。公共工事の妨げになっている所有者不明土地について都道府県の収用委員会の審理を経ずに取得できるようにする土地収用法特例(19年6月1日施行)が作られました。所有者不明土地収用について、公開審理など収用委員会の関与はなくなり、知事の判断だけで収用裁決ができるという制度改悪が行われました。
 19年5月、法制化第2弾として「表題部所有者不明土地の登記・管理適正化法」が成立。これは、「表題部所有者不明土地」の登記・管理の適正化を図る措置として、①登記官に所有者探索のための調査権限付与、探索結果を登記に反映。②所有者を特定できなかった「表題部所有者不明土地」について、裁判所の選任した管理者の管理を可能とする法律です。
 共有者の一部を特定できない共有地は所有者不明土地となり、「管理」には売却が含まれます。登記官が調査して所有者が分からない場合、代金を法務局に供託して裁判所任命の管理者から買収できる制度になりました。
 今回の法案は「複数の人が共有する土地で一部の共有者が不明の場合、相当額の供託により不明者の持ち分の取得・売却を可能に。不明者への公告を経れば残る共有者の同意で土地を利用できるようにもする」(朝日新聞、3月6日)
 「所有者がわからない土地については、裁判所が管理人を選び、所有者に代わって管理や売却を行うことができる制度を設けるほか、相続した人から遺産分割の請求が無いまま10年が経過した場合は、法律で定められた割合に応じて分割する」(NHK、3月5日)という所有者、共有者が分からない土地を確実にとりあげられるようにする内容になっています。

3.共有地を守り抜こう!

 私たち一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、半世紀を超える三里塚闘争の一坪共有運動を継承し発展させるために、2018年10月に結成しました。政府・成田空港会社が成田第3滑走路2028年度完成の機能強化計画(2018年3月)を出してきたのに対して、一方的に建設された空港施設に囲まれながら、存在する共有地を全国の共有者・仲間と守り抜くために、法人への共有地の登記変更、共有地の管理、連帯運動に取り組んでいます。
 今回の登記法案は、一部の共有者が不明な場合でも、他の共有者の同意だけで土地を処分できるなど、登記を行わない土地所有者・共有者から土地・共有地を取り上げることを合法化しようとする内容です。
 相続登記、変更登記をしない共有地を奪う登記義務化法案制定に反対しよう! (2021年3月)

一般社団法人三里塚大地共有運動の会(山口幸夫代表理事)
東京都渋谷区初台1-50-4-103 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402

2021年1月24日日曜日

報告:三里塚 2021反対同盟旗開き

  1月10日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「三里塚 2021反対同盟旗開き」を行い、42人が参加した。会場は、新型コロナウィルス感染対策のためセンター前の庭で行った。

 山崎宏さん(横堀地区/労活評現闘)の司会あいさつで始まり、「今、横堀地区は遺跡発掘調査が行われている。連日、重機によって表土を引きはがし、穴を掘っている。第3滑走路建設によってここも空港機能の拡大の一角としている。横堀鉄塔と案山子亭の土地は、100%反対派の土地だ。空港建設にとって障害となっているから悪知恵によって取り上げようと策動している。闘う拠点を全国の仲間とともに守りぬいていかなければならない」とアピールした。

 柳川秀夫さんは、「最近、お前の家に火をつけてやるという嫌がらせ電話があった。たぶん誰かに言われてかけてきたのだろう。空港機能拡張、第3滑走路建設に関連してセンター周辺の緑もなくなってきた。センターの土地は私と3人が共有者となっている。かつて山崎さんの団結小屋が裁判所によって撤去された。空港会社は、ここも同じように撤去に向けて裁判所に提訴してくることが予想される」と報告し、挑発に乗らず毅然と闘いを続けていくと表明した。
 さらに「世界的なコロナ禍においても、人間による開発、消費を求めてきたことが大きな問題だ。やはり文明の問題であり、新しい人間の社会を作っていかなければならない。未来に対して新しい仕事をやっていこう」と発言した。

 加瀬勉さん(多古町/元大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)は、冒頭、「今、飛行機が3%しか飛んでいない。半分めでたくて、半分めでたくない。世界的なコロナ禍でわかるように人間と資本のごう慢さによつて地球を壊してしまった。いかに新しい仕組みを作っていくかという闘いを進めていこう」と強調した。
 そのうえで「オリンピックをやめろ! 選手村を病院しろ! 国立競技場も病院だ。ガラガラの成田空港も病院にしろ! われわれは自分の命を守るために主張していくべきだ。4000億円もかけて飛行場を拡張しようとしているが、そんな無駄なことはやめてコロナ対策資金にまわすべきだ。沖縄の辺野古新基地建設もやめてコロナ対策、命を守るために使うべきだ。そのための行動に進めていこう。さらに無駄遣いが、国防費だ。イージス艦なんかいらいない。人間の命を守るためにカネを使え、と本気でやるべきだ。非常事態宣言は、人間の生存権にかかわる問題だ。コロナ翼賛体制を作ろうとしている。あらゆるカネを命を守るために使え」と訴えた。
 さらに「木の根の土地は、小川源さん、小川明治さんの遺産だ。空港闘争に生涯をかけた土地だ。二人から土地を譲るから最後まで空港闘争を頑張ってほしいと言われ、約束した。しかし、この20年間、小川源さん、小川明治さんの遺志を継いで空港闘争を最後まで頑張ろうと言った人は一人もいない。われわれは引き継いでいく義務があり、全国に広げていかなければならない。小川源さん、小川明治さんの遺志を継いでいく気がない人は、今後、木の根の立ち入りを禁止する」と力強く宣言した。

 山崎さんは、「加瀬さんの発言は、重く受け止める必要がある」と述べ、全体で確認した。

 関西三里塚闘争に連帯する会共同代表の渡邉充春さんからの連帯メッセージが紹介され、「関西三里塚闘争2021旗びらき」(1月31日)を開催することが報告された。

 鈴村多賀志さん(田んぼくらぶ)は、「田んぼくらぶの拠り所であった石井紀子さんが昨年亡くなり、以降、畑の整備・片付けなどを行ってきた。今日をスタートに新たな関わりを考えていきたい。『石井紀子さん追悼の集い実行委員会』の準備をしている」と報告。

 三里塚大地共有運動の会・事務局長の繁山達郎さんからこの間の活動報告と今年の取り組み方針を提起した。

 続いて連帯アピールが日米安保終了通告の会、小山広明さん(元泉南市議)、連帯社、新時代社、オリンピックに反対する仲間から行われた。

 最後に「飛行制限緩和を許さない!第3滑走路建設反対!菅自公政権打倒!」を打ち固め、がんばろう三唱を行った。



 旗開き終了後、東峰地区旧東峰共同出荷場跡へ移動。

 三里塚空港に反対する連絡会主催の「1・10三里塚・東峰現地行動」が取り組まれた。

 前段集会では平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)が、「空港機能強化として、平行滑走路3500メートル化、第3滑走路の新設、夜間運用制限時間の4時間半への短縮などが図られている。このような経過は、円卓会議での『計画予定地および騒音下住民との合意を形成しながら進める』との最終合意からの逸脱だ」と批判した。
 さらに「三里塚歴史考証室(仮称)を起ち上げる。成田空港問題シンポジウム・同円卓会議の結論に照らした、円卓会議以降の成田空港の経過および現在進行している事態の検証を行っていく」と参加を呼びかけた。

 デモに移り、開拓道路からB滑走路に向けて「三里塚空港粉砕!第3滑走路建設をやめろ!全国の反基地・反空港闘争と連帯して闘うぞ」とシュプレヒコールを響かせた。

 (Y)





2021年1月9日土曜日

「石井紀子さん追悼の集い実行委員会」参加・協力の呼びかけ

  2020年3月11日の三里塚の石井紀子さんの交通事故での急逝(享年67)。生前の紀子さんを知る私たちは、いまも信じられない思いでいっぱいです。
 紀子さんは、高校生の時に70年安保に参加。大学では、ウーマン・リブ運動に共鳴。71年、第2次強制代執行阻止闘争から三里塚闘争に参加。リブの人たちが現地から帰った後も、三里塚現地の闘いへの参加を続けました。
 75年結婚後は、東峰の地でワンパック野菜の産直運動、東峰裁判被告団家族会と女たちの会の運動、暫定滑走路反対の声明運動に参加。離婚後、川上に移ってからも、三里塚の情報を発信し、独自の紀子パックを続けました。
 紀子さんは多面的な顔を持つ人でした。学生時代はウーマン・リブ運動に参加しながら、三里塚では「農家の嫁」として苦労を重ねました。
 多くの農家が移転する中、空港反対の志を貫きました。空港反対集会では、「闘いの基本は食事から。おいしい野菜を食べてください」と、都市に住む支援者に農業・食べ物の重要性をいつも説いていました。
 そして、自らを「リブの現闘」と位置づけ、ジェンダーバランスがよくない反対運動の現状に対する叱咤激励を忘れませんでした。
 生前の紀子さんの様々な活動を知り、紀子さんをしのびたい。その一つとして、急逝から1年となる2021年4月に東京で「石井紀子さん追悼の集い」(仮)を企画したいと思います。紀子さんもどこかで、自分の名前が冠された集まりに苦笑しつつ、温かく見守ってくれるのではないでしょうか。コロナ禍で大変な状況ですが、工夫して開催にこぎつけたいと思います。
 生前の紀子さんを知る方、知らない方。多くの皆さんの実行委員会への参加・協力を呼びかけます。

2020年12月

      記

1)追悼の集い呼びかけ人をお引き受けください。1口1000円(複数口歓迎)。公表可か非公表か連絡ください。1次締切、2021年1月7日。最終締切、21年3月末。
2)出席可能な方は、石井紀子さん追悼の集い(仮称;4月3日か4日に都内開催、会場未定)に参加ください。
3)生前の紀子さんの写真・映像・インタビュー記事などの資料を集めています(特に1970~90年代)。お持ちの方は提供をお願いします。

 次回実行委員会

◇日程 2021年1月15日(金)午後6時半~(仮)
◇会場 ピープルズプラン研究所会議室(地下鉄有楽町線江戸川橋駅1b出口6分)

 ▼石井紀子さん追悼の集い実行委員会

連絡先 151-0061東京都渋谷区初台1-50-4-103
     一般社団法人三里塚大地共有運動の会気付  kyoyusanrizuka.net
電話 03-3372-9408 FAX 03-3372-9402
郵便振替 00130-6-697201 一般社団法人三里塚大地共有運動の会

 通信欄に「紀子さん追悼の集い実行委員会」と明記してください。

呼びかけ人 浅井真由美/鎌田慧/繁山達郎/芝崎真吾/島田恵/白川真澄/杉野恵一/鈴村多賀志/辻和夫/中川憲一/野島美香/宮下智行/山口幸夫/山崎宏/山下一夫/渡邉充春 (50音順;1月7日現在)