2023年9月27日水曜日

報告:横堀農業研修センターの裁判による破壊・土地強奪を許すな! 9・24横堀現地集会

  9月24日、三里塚空港に反対する連絡会、三里塚大地共有運動の会の共催で横堀農業研修センターで「横堀農業研修センターの裁判による破壊・土地強奪を許すな!9・24横堀現地集会」を行い、38人が参加した。
 8月2日、成田国際空港会社は三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)と柳川秀夫さんなど4人の共有者に対して、反対同盟が芝山町横堀に所有する「横堀農業研修センター」(旧・労農合宿所)の建物を収去し、土地を明け渡させることを目的にした裁判を千葉地裁に提訴した。
 空港会社は、年間発着容量30万回から50万回への機能強化計画での第3滑走路2028年度完成をねらっている。そして、現空港と第3滑走路(C滑走路)をつなぐ誘導路の結節点の位置にあるのが横堀農業研修センターだ。

横堀農業研修センター破壊・撤去を許さない!

 空港会社は、すでに共有地強奪裁判(2009年提訴)を通して、2017年5月に強制執行で横堀現闘本部を奪っている。今回の訴状では仮執行を求めるなど、拙速な裁判による研修センター強奪の強引かつ早期の決着を目指している。第3滑走路を完成させるのに必要な土地を手に入れるため、司法権力を使って有無を言わせずに取り上げるというやり方だ。
 そもそも政府―公団は反対同盟との1993年の公開シンポジウムで、それまでのやり方が誤りであったと「謝罪」し、「今後強権的な手段は用いない。話し合いによる解決をはかる」と「約束」し、土地強制収用の根拠となる事業認定を取り下げた。

 だが、この姿勢はポーズでしかなかった。空港会社は、2002年サッカー・ワールドカップ開催を口実に、地元東峰地区の強い反対の声を踏みにじってB(平行)滑走路の建設・供用を強行し、その後も横堀、東峰の一坪共有地を裁判で強奪し、横堀現闘本部を破壊してきた。強制代執行に替わるものとして司法権力を使って反対運動の拠点を潰してきた。

裁判闘争に勝利しよう

 柳川秀夫さんは、空港会社による横堀農業研修センター破壊のための提訴に対して「土をひっぺ返して、なおさら温暖化に近づくようなことをなぜやるのか。もう一本の滑走路が必要なのかと思う。」(8月8日)と批判し、反対同盟と被告、弁護団とともに反撃に向けた裁判闘争の準備を開始している。
 さらに反対同盟と支援は、横堀農業研修センター(旧労農合宿所)を守り抜くために「横堀農業研修センター(旧労農合宿所)裁判を支える会」(呼びかけ人  柳川秀夫/鎌田慧/平野靖識/大森武徳/山口幸夫/白川真澄/高見圭司/中川憲一/野島美香/鈴村多賀志/渡邉充春/藤川泰志/根本博/山崎宏)」(別掲)を立ち上げた。9・24横堀現地集会は、横堀農業研修センターを守り抜き、これからの裁判闘争に向けた出発として取り組まれた。

ビデオ「どっこい闘魂 ここにあり」の上映

 集会の冒頭は、「どっこい闘魂 ここにあり」のビデオが上映された。1989年10月22日、労農合宿所の火事発生・消失後、反対同盟と支援は直ちに徹夜で作業し、夜明け前にプレハブの本部を完成させた。旧空港公団は、機動隊を動員し、再建作業の妨害、暴力的な労農合宿所の囲い込みを始めた。この暴挙に対して反対同盟、おっかぁたち、青年行動隊、支援は、体を張って阻止闘争を繰り広げた。旧公団と権力が一体となった攻撃を跳ね返す闘いの映像が次々と映し出された。
 集会開催にあたって山崎宏さん(事務局)から柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)からのメッセージが紹介された。

 柳川秀夫さんのメッセージ  「本日集まりの皆さん。ごくろう様です。
 1966年より57年間守られてきたこの地も収奪の対象になり、不本意ながら攻防の場所となりました。
 長きにわたり、この周辺がまがりなりにも樹木が繁り自然の状態を維持できていたのも、ここが守られてきたからに他なりません。
 雨が降らない日々が何カ月も続き、先日はとんでもない大雨が降りました。
 今や世界中、人類の生存にかかわる事態になっており、その中で更に緑の大地をひきはがし、コンクリートで固めようとすることはあらゆる意味で大罪であります。
 こういった事態に闘うわけです。
 そう多くの方法はないですけど、裁判での闘いをはじめ、全力を出して頑張ってゆきましょう。
 2023年9月24日」。

 仲間たちの発言

 発言は次々と以下のように行われた。
 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は「ここは拡大する第3滑走路への接続点。早く決着をつけたい空港会社の焦りと横暴がある。空港会社が訴訟に訴えること自体が強制的手段で、受け入れることはできない。確信の下で闘っていきたい」と発言。
 山崎宏さん(事務局)は「この間裁判による土地収奪が行われきた。今回の裁判は運動の拠点、主体をつぶすための裁判と位置づけられる。断固として共に闘っていこう」と発言。
 繁山達郎さん(事務局)は、「空港会社の主張は強制的手段を取らないという確認に反している。訴状では研修センターは年一回旗開きでしか使用してないと書いてあるが、研修センターは農作業、イベントなどで使用し、一昨年からは修理・畳替えなどを行っている。資料を集めて反論していく。裁判への協力をお願いします。さらに登記義務化に対抗して共有地を守るために移転登記の取り組みを強化していきたい」と訴えた。
 中川憲一さん(元管制塔被告/支える会呼びかけ人)は、横堀農業研修センター(旧労農合宿所)裁判を支える会への賛同、第一回口頭弁論(期日未定)傍聴を呼びかけた。
 鈴村多賀志さん(田んぼくらぶ/支える会呼びかけ人)は「空港会社の訴状では、私たちは航空産業を支え、国際的位置に貢献していると。なぜこの土地が必要なのかは一言も書いてない。膨大な土地を削り緑を埋め立て、どれだけの幸せが地域にもたらされるのか。幻想に騙されて失うものがどれだけあるのか」と批判した。
 野島美香さん(支える会呼びかけ人)は「裁判所が権力を守る砦になっている。私たちの土地、生活を守るための裁判だ。少しでもがんばっていきたい」と発言 根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会)は、/支える会呼びかけ人)は、「三里塚闘争と共に南西諸島の自衛隊配備に反対する取り組みを行っている。空港の軍事利用と南西諸島の軍事化に反対していこう」と訴えた。
 最後に宮下智行さん(田んぼくらぶ)は、平田誠剛さん(「大震災義援ウシトラ旅団」、元管制塔被告)のメッセージを紹介し、「いわきは、8月8日の水害で大きな被害を受けている。原発からの汚染水海洋投棄反対運動と共に支援していこう」と呼びかけた。
 最後に芝崎眞吾さんの呼び掛けで「第3滑走路建設反対! 空港機能拡大反対! B滑走路の北側延伸やめろ! 横堀農業研修センターの破壊を許さないぞ! 裁判による土地強奪を許さないぞ! 騒音地域の拡大を許さないぞ! 生活・環境破壊をやめろ! 農民追い出し・農業破壊を許さないぞ!」などのシュプレヒコールを行った。
 集会後には、横堀鉄塔に移動し現地調査に移った。(Y)


■横堀農業研修センター(旧労農合宿所)裁判を支える会
賛同の呼びかけ

 8月2日、成田国際空港会社は三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)と柳川秀夫さんなど4人の共有者に対して、反対同盟が芝山町横堀に所有する「横堀農業研修センター」(旧・労農合宿所)の建物を「収去」(撤去)し、土地を明け渡させることを目的にした裁判を千葉地裁に提訴してきました。
 成田空港が進める年間発着容量30万回から50万回への機能強化計画での第3滑走路2028年度完成へ、現空港と第3滑走路(C滑走路)をつなぐ誘導路の結節点の位置にあるのが横堀農業研修センターです。
 これに対して、柳川秀夫さんは「土をひっぺ返して、なおさら温暖化に近づくようなことをなぜやるのか。もう一本の滑走路が必要なのかと思う。」(8月8日)と批判しています。
 前回の共有地強奪裁判(2009年提訴)の挙句、2017年5月に強制執行で横堀現闘本部を奪った空港会社は、今回の訴状では仮執行を求めるなど、前回以上に拙速な裁判による研修センター強奪の強引かつ早期の決着を目指しています。
 1977年5月、反対同盟、廃港要求宣言の会、三里塚闘争に連帯する会によって横堀の共有地に建てられた旧労農合宿所=横堀農業研修センターを守り抜くために、横堀農業研修センターを支える「横堀農業研修センター(旧労農合宿所)裁判を支える会」を立ち上げて、今後の裁判を支えていきたいと思います。
 全国の仲間の皆さんに、横堀農業研修センター裁判への支援と支える会の賛同を呼びかけます。
   2023年9月

支える会呼びかけ人  柳川秀夫/鎌田慧/平野靖識/大森武徳/山口幸夫/白川真澄/高見圭司/中川憲一/野島美香/鈴村多賀志/渡邉充春/藤川泰志/根本博/山崎宏(順不同、9月13日現在)


◇研修センター裁判を支える会への賛同 1口1000円
郵便振替口座 00130-6-697201  口座名称 一般社団法人三里塚大地共有運動の会 ※通信欄に「支える会賛同」と明記。氏名公表可か不可か記入ください。

▼連絡先/東京都渋谷区初台1‐50‐4‐103 一般社団法人三里塚大地共有運動の会 TEL03-3372-9408  kyoyu@sanrizuka.net



2023年9月7日木曜日

【ご案内】9.18代々木集会に一般社団法人三里塚大地共有運動の会のブースを出します。会のニュース、9.24横堀集会ビラ、地図などで宣伝活動をします。 会ののぼり旗も初めて掲げます。

  9.18代々木集会の詳細は、以下に掲載します。


9/18 集会&パレード「ワタシのミライ NO NUKES & NO FOSSIL~再エネ100%と公正な社会を目指して」(9/18 11:00~ 東京・代々木公園)

案内→https://watashinomirai.org/20230918_nnnf/   https://cnic.jp/47580

チラシ→https://tinyurl.com/mrxy46nv


 みんなでミライを創ろう!
 ワタシのミライ イベント&パレード
 代々木公園に全員集合!


集会&パレード「ワタシのミライ NO NUKES & NO FOSSIL~再エネ100%と公正な社会を目指して」


日 時:2023年9月18日(月・祝)11:00~16:00
場 所:代々木公園B地区・野外ステージ・けやき並木
    アクセス→https://www.yoyogikoen.info/access/
内 容:音楽ライブ、トークステージ、ブース、パレード

主 催:ワタシのミライ
    Fridays For Future Tokyo
    さようなら原発1000万人アクション
問合せ:「ワタシのミライ」事務局
     info@watashinomirai.org


注意事項
・熱中症対策を充分に行ってください(帽子着用、水分補給など)
・会場では、飲食の販売もあります。リユース食器を導入予定です。
・マイカップやマイ皿、カトラリーの持参をおすすめします。
音楽ライブ&トークステージ
時間:11:00~15:45

音楽ライブ
出演:ermhoi
   新月灯花
   自然界ラッパーOMG

トークステージ
内容:原発問題、気候変動問題、隣接する社会問題をテーマに世代や課題を横断したトークセッションを行います。

ブース出展
キッチンカー、展示ブース、グッズや軽食販売のブースを展開
・「ソーラーツリー」展示・飾り付け
・こどもひろば
・パレードのためのプラカード作り他

パレード
渋谷コース・原宿コースのどちらかにご参加ください。
15:00集合
15:30出発、
手作りのプラカードをぜひご持参ください。
会場内にプラカード作りのコーナーもあります。
楽器や鳴り物、装飾なども大歓迎です。

パレード集合場所・コース
①渋谷コース:市民団体、若者団体、NGOなど
 集合場所:ケヤキ並木
②原宿コース:労働団体など
 集合場所::代々木公園B地区入口(原宿側)

 夏休みに子どもたちが外で遊べている
 みどりが身近で、美しい四季を楽しめる
 地球のめぐみを分けあい、循環させている
 子どもを持つという選択を安心してできる
 みんなの意見が反映されて、誰もが安心して暮らせる
 1日の終わりに、明日を楽しみにできる
 それがワタシの望むミライ

 それなのに今、熱波、干ばつ、洪水、海面上昇、生物多様性の危機、放射能汚染や大気汚染、弱者へのしわ寄せ・・。
 気候危機はもう現実なのに、すでに多くのいのちが奪われ、この先もっと苦しむ人が増えるのに、なぜ化石燃料の延命、不確実な新技術?
 原発事故はまだ終わっていないのに、コストも高く、この先数万年も負の遺産を残し続けるのに、なぜ再稼働、運転延長、新増設、汚染水放出?
 このままではワタシのミライはありません。
 でも、今なら間に合います。
 化石燃料にも原発にも依存せず、再エネ100%で安心して暮せるミライへ、世界の仲間と一緒に一歩を踏み出しませんか。

 今まさに猛暑や大規模な災害というかたちで、私たちを襲う気候危機。
 原発事故や放射性廃棄物の問題も出口が見えません。
 それは、私とあなたで、みんなで声をあげなければ解決しません。
 音楽ライブや交流、カラフルで楽しいパレードなど、様々なプログラムを通して、きっとあなたも、自分が気候危機と関係していること、自分が社会を変える一部となれることを感じられるはずです!
 「いつか」では手遅れです。
 「今から」この状況を変えるためにみんなで集まりましょう!
 市民運動を加速させるべく新たに発足したネットワークの「ワタシのミライ」、2019年から気候変動解決に向け活動する「Fridays For Future Tokyo」、坂本龍一さんなどが発起人となった「さようなら原発1000万人アクション」が初めてタッグを組み、みなさんと一緒に、公正な社会課題解決の大きな第一歩を創ります!

2023年8月20日日曜日

横堀農業研修センターの裁判による破壊・土地強奪を許すな!

 9.24横堀現地集会に結集しよう!

三里塚空港に反対する連絡会  共催:三里塚大地共有運動の会


■日時 9月24日(日)午後1時集合
■場所 横堀農業研修センター/集会後、現地調査
■会場への行き方/東成田駅地上  12時30分集合 迎えの車待機

10:54発 京成上野 京成本線快速特急京成成田行
→11:58着 京成成田 (乗換 京成東成田線 芝山千代田行)
12:14発→12:20着 東成田


  成田国際空港会社は8月2日、横堀農業研修センターの建物を撤去し、土地を強奪するために千葉地裁に提訴した。空港会社は空港機能の拡大を図るために 第3(C)滑走路を完成させ、併せて空港ターミナルの施設の全面的配置変えを計画している。そのためにはどうしても3本の滑走路の結節点に存在する横堀の農業研修センターを撤去し、土地を確保しなければならないのだ。

 空港会社は提訴に先立って、「申入書」(6月15日付)を空港反対同盟・柳川秀夫代表世話人をはじめ4名の地権者に送りつけてきた。それは空港会社が過半数の共有持分権を有しているから、反対同盟は早急に建物を収去し、土地を明け渡せというものだった。1か月以内にそれを行わないのなら、法的措置を行う、と一方的に通告するものだった。空港会社は自らが必要とするものは司法権力を使って手に入れるということである。

 政府―空港公団(当時)は成田空港を建設するにあたって農民の反対を国家権力機動隊の力を使って抑え込んで推し進めてきた。農民とそれに連帯する労働者、市民の闘いにより滑走路1本で開港せざるを得なかった。政府―公団はさらに建設を進めるために「それまでのやり方は誤りであった」と謝罪し、「これからは強権的な手段は使わないで、話し合いによる解決を図る」と確約した。

 しかしその後はすべて裁判によって反対運動の拠点を破壊し、土地を強奪してきたのだ。今回の横堀農業研修センターへの攻撃もその延長線上にある。裁判による土地強奪を許すな!横堀現地に結集しよう!


横堀裁判への支援・カンパにご協力を
一口1000円(裁判カンパと明記願います)
ゆうちょ振替口座/口座記号番号 00130―6―697201
/口座名称 一般社団法人 三里塚大地共有運動の会

C滑走路建設とセットの誘導路建設、そして横堀農業研修センター撤去もセット(地図中央)




横堀農業研修センター裁判提訴に対して

 柳川秀夫(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人)


 今回、成田空港会社からは特に働きかけはなく、裁判を起こしてきた。向こうは裁判は勝つに決まっているという腹だ。

 裁判を使った共有地取り上げというのは公開シンポのときは想像できなかった。権力者にはいろいろな手があることになる。公開シンポで今後空港建設で強制的手段をとらないと空港公団は言ったが、裁判は強制的手段ではないとやってきている。

 いずれにしろ、もう一本の滑走路を作らんがために裁判を起こしてきた。今のように温暖化が問題になっているときに、土をひっぺ返して、なおさら温暖化に近づくようなことをなぜやるのか。もう一本の滑走路が必要なのかと思う。

2023年8月8日

声 明 横堀農業研修センターを守り抜き、三里塚闘争に勝利しよう

裁判闘争への支援を訴えます

三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)


 成田国際空港株式会社は8月2日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)に対して、反対同盟が芝山町・横堀に所有する「農業研修センター」の建物を収去し、土地を明け渡すことを目的にして千葉地裁に提訴しました。
 提訴に先立って、空港会社は空港反対同盟および土地の共有者4名に対して「申入書」(6月15日付)を送りつけてきました。それには以下のように書かれていました。

 「貴団体が所有する下記建物等(略)は当社が所有権または過半数の共有持分権を有する空港建設予定地内に所在しており、当社といたしましては、貴団体に対し、早急に本件各建物等を収去して、下記土地を明け渡していただくよう求めます。 なお、本書面到着後1か月以内に本件各建物等を収去して、下記土地を明け渡していただけない場合は、当社といたしましては、法的措置もやむを得ないものと考えております。」

 これは第3滑走路を完成させるのに必要な土地を手に入れるため、司法権力を使って有無を言わせずに取り上げるというやり方、恫喝そのものです。
 三里塚空港は位置の決定から建設、開港まで全ての過程でこのようなことが行われてきました。「国策」としての空港建設を、地元の農民・住民の意志を国家権力・警察機動隊の暴力で抑え込み、推し進めてきました。
 このようなやり方に対して全国の労働者、学生、市民が闘う農民・住民に共感し、闘いを共にしました。政府―空港公団(当時)は1978年に開港はしたものの、滑走路は1本しか供用できませんでした。
 政府―公団は反対同盟との1993年の公開シンポジウムで、それまでのやり方が誤りであったと「謝罪」し、「今後強権的な手段は用いない。話し合いによる解決をはかる」と「約束」しました。そして土地強制収用の根拠となる事業認定を取り下げました。しかし空港公団はその後も2002年サッカー・ワールドカップ開催を口実に、地元東峰地区の強い反対の声を踏みにじってB(平行)滑走路の建設・供用を強行しました。
 その後も横堀、東峰の一坪共有地を裁判で強奪し、横堀現闘本部を破壊してきました。強制代執行に替わるものとして司法権力を使って反対運動の拠点を潰してきたのです。
 反対同盟は空港会社のこのようなやり方を断じて認めることはできません。裁判闘争を断固闘い、横堀農業研修センターを守り抜き、共に三里塚闘争に勝利しましょう。

            2023年8月8日


2023年8月3日木曜日

声明 成田空港会社の強奪裁判提訴に対決し横堀農業研修センターを守り抜こう!

 8月2日、横堀農業研修センター(旧・三里塚連帯労農合宿所)の強奪裁判を成田国際空港会社(NAA)は千葉地裁に提訴してきました。
 NAAは6月15日付けで三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)に対して研修センター建物の1月以内の撤去・明渡を、柳川秀夫さんなど共有者に対しては共有地持ち分の月内「売却」を要求する「手紙」を送りつけてきました。
 この間、国・NAAは第3滑走路(C滑走路)建設、B滑走路延伸、夜間発着時間拡大という機能強化計画を推し進めてきました。機能強化では、成田空港の年間発着容量の30万回から50万回への拡大をめざしています。
 計画で現空港と第3滑走路をつなぐ誘導路の位置にあるのが横堀農業研修センターであり、研修センター強奪を狙って空港会社は裁判提訴をしてきたのです。
 横堀農業研修センターは、1977年5月、反対同盟、廃港要求宣言の会、三里塚闘争に連帯する会によって横堀の共有地に建てられ、三里塚闘争に連帯する現地拠点として全国の仲間が集ってきました。1989年10月火事を利用とした空港公団による囲い込みの策動、89年11月の現状変更禁止仮処分という合宿所を奪おうとする攻撃に対決し、横堀農業研修センター(97年)となった後も、反対同盟旗開きや盆踊りなどイベントや農作業のために利用されて続けてきました。
 NAAは93年公開シンポジウムで今後強権的な空港建設を行わないとして土地強制収用の根拠となる事業認定を取り下げた後も、B滑走路の供用・延伸と空港拡張を押し進めてきました。並行して、司法を使って共有地を強制的に売却させる共有地強奪裁判を09年に起こし、17年5月には反対同盟の横堀現闘本部を強制執行で奪ってきたのです。
 NAAは国交省の滑走路建設許可(20年1月)直後からのコロナ禍による国際便需要の激減後も、第3滑走路2029年3月完成計画に固執。埋蔵文化財調査、成田空港用地を1200ヘクタールから2300ヘクタールに拡張する用地取得のための用地測量、土質調査などを推進。22年10月のB滑走路延伸準備工事着工に続いて、23年10月にも第3滑走路建設準備工事を開始しようとしています。

 司法を使った共有地強奪・研修センター破壊の攻撃に対決し、横堀農業研修センター裁判への支援を。横堀農業研修センターを守り抜こう!


 2023年8月2日


一般社団法人 三里塚大地共有運動の会 (山口幸夫代表理事)
東京都渋谷区初台1-50-4-103 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
TEL03-3372-9408 Fax03-3372-9402

2023年7月10日月曜日

報告 三里塚フィールドワーク

  7月2日、三里塚フィールドワーク実行委員会は、「見て 聞いて 学んで バスで行く 三里塚フィールドワーク 成田空港反対運動の今」を行った。
 東京八重洲から三里塚現地に向かった。フィールドワークのコースは、①岩山地区─「空と大地の歴史館」 ②木の根地区─「木の根ペンション」 ③東峰地区─東峰共同墓地(大木よねさんへ献花)、らっきょう工場 ④横堀地区─横堀農業研修センター、横堀鉄塔、案山子亭だった。
 各コースについては、当日配布された資料を紹介する。

 ①空と大地の歴史館

 成田空港会社が運営する資料館。2011年6月23日に開館。シンポジウム・円卓会議を経て、『成田空港と地域をめぐる歴史的経緯とともに当時そこに関わった様々な立場の人々の苦悩と想いを正確に後世に伝える』ことを目的に、1997年成田空港地域共生委員会の歴史伝承部会が発足。その後、空港会社に事業が引き継がれ、歴史伝承部会(のちに歴史伝承委員会)が収集した資料を展示する施設として開館した。
 歴史伝承委員会が調査・収集した資料は地域振興連絡協議会(会長千葉県知事)に帰属。


 ②木の根ペンション・プール

 木の根地区は、下総御料牧場用地が払い下げられ、1946年に入植・開墾が始まった。反対同盟が結成され、1967年住民により木の根団結小屋が建てられる。団結小屋は1989年、木の根ペンションとして生まれ変る。2000年、芝山鉄道ルートにかかり撤去を求められるが、曳屋により現在の場所に移転。

 自力で畑にかんがい設備を作る運動が1979年に起こされた。風車は地下水を汲み上げる動力として、プールは水を溜めるため池として作られた。風車は故障続きだったが反対闘争のシンボルとして残った。ため池は「闘争には楽しみも必要」という小川源さんの発案でこどもたちのプールになった。
 このプールで遊んでいた大森武徳さんが2010年から清掃を開始、2011年にプール復活。2022年にはクラウドファンディングにより補修を行った。木の根プール復活後は、『生産者と消費者を繋ぐ場』『農村と都市部の交流の場』というコンセプトが、新たな形となって活性化され、音楽イベントなど様々なジャンルのイベントを通して、世代を超えた交流の場所として多くの人々に愛されている。

 

 ③東峰地区


 東峰共同墓地(大木よね墓)

 東峰は戦後の開拓。県有地が払い下げられた。大木(小泉)よねさんは、隣接する古村・取香(とっこう)に暮らしていた。取香地区は移転をきめていたが、よねさんは反対を貫いた。1971年9月20日、自宅と畑が強制収用された。親しかった東峰の人々が提供したプレハブに移り住んだ。収用から2年後に亡くなり、東峰共同墓地に土葬された。補償問題は長年放置されていた。2015年養子の小泉英政さん美代さんと空港会社が和解。勝ち取った生活補償は「よねさんからの寄金」として辺野古基金など9団体に送られた。42回目の命日を前に「よねさんの碑」が建てられた

 

 らっきょう工場

 有限会社三里塚物産は有機農産物の加工と販売を目指して1978年に設立。伝統的な製法を基本とした、添加物を使用しない製品を作り続けている。地域では親しみを込めて「らっきょう工場」と呼ばれている。設立から40年余りが過ぎた今、周辺地域には有機農業が広く根付き、新規就農する多くの若者たちも集まることから「有機農業のメッカ」とも呼ばれている。

 

 ④横堀地区

 横堀農業研修センター

 横堀地区は、明治末期に開墾が始まった高台の集落。移転した農家跡の共有地に1977年5月、三里塚闘争連帯労農合宿所が開設され多くの団体、個人により活用されてきた。1989年火災で焼失するが、反対同盟は1日でプレハブ小屋を再建。翌日、土地を囲い込もうとする空港公団・機動隊を反対同盟は撃退した。1997年労農合宿所は閉所し、その後は横堀農業研修センターとして、反対同盟旗開きや田んぼくらぶ、ジャガイモ運動の拠点として活用されている。周辺の竹やぶは春になるとタケノコ掘りが行われている。研修センターと案山子亭の看板は、横堀の熱田一さんが書いた。
 第三滑走路計画では誘導路にかかる。昨年、空港会社は周辺の竹やぶを伐採。今年6月、空港会社から反対同盟や共有者に対し明け渡しを求める文書が届いた。今後は土地取り上げの裁判提訴が予想される。

 

 横堀鉄塔・案山子亭

 当初の横風用滑走路予定地の真ん中にある横堀団結小屋。1977年、要塞建設のため穴堀りを始めるが用地内のため中止。要塞はB滑走路アプローチエリアに移して建設され開港阻止闘争では激しい攻防が行われた。1986年二期工事監視用塔として反対同盟が鉄塔を建設。高さ30メートルあったが、安全のため2017年に上部を撤去した。
 案山子亭(かかしてい)は、農作業の休憩場所として1988年に建てられた。鉄塔下にあるのは、沖縄の彫刻家、金城実さんが作った「抗議する農民」像。岩山大鉄塔、労農合宿所を経て、横堀鉄塔に置かれた。管制塔占拠闘争で逮捕され、長期拘留による精神的苦痛を受け、1982年自死した原勲さんの墓があり、毎年4月には墓参と花見が行われている。

 


 木の根ペンションでは、平田誠剛さん(三里塚管制塔被告団)、大森武徳さん(らっきょう工場/続・木の根物語プロジェク
ト)のお話があった(要旨別掲)。
 東峰共同墓地かららっきょう工場では、平野靖識さん(らっきょう工場)のお話が行われた(要旨別掲)。
 さらに横堀地区に向かった。横堀農業研修センター、横堀鉄塔・案山子亭を通して空港の全景を把握し、巨大開発に対する農民の闘いの意義、空港機能強化と第三滑走路建設の問題などについて考察を深めていった。
 帰りの車中、参加者は、フィールドワークの感想などを出し合い交流を深めていった。(Y)



 
 
 ■平田誠剛さんのお話(要旨)

 成田空港は、1978年3月30日から供用開始する予定だった。全国の仲間たちとともに1週間連続の闘いを組んでいた。すでに77年から機動隊と鉄パイプでぶつかり、火炎瓶が乱れ飛ぶ闘いを行っていた。
 管制塔被告団は、別行動で3月25日の夜に地下道に入り、26日午後1時に地上に出て、空港内に突入した。管制塔に駆け上がり、管制室を壊した。9ゲートでは先行してトラックを先頭にした突入部隊が機動隊と闘った。私は逮捕され、8年ほど獄中に捕らわれた。11年も獄中にいた仲間もいた。
 それまで国・空港公団のやり方が強引だったが、管制塔事件によって反省に追い込まれた。「話し合い」と言っていたが、裏交渉も進めていた。最終的に熱田派は、国に対して「強引なやり方は、だめだ」ということを認めさせた。
 その後、現闘の仲間、三里塚に残った人、だめだと判断した人たちがいた。そういうなかで3・26闘争を闘った大森万蔵さんの息子である武徳さんがこの地で住んでいる。新しい闘い方を行っている。
 闘いは終わっていない。柳川秀夫さんなど農業で暮らしている人達もいる。三里塚から各地域に入って様々な闘いを行っている人もいる。
 私は今、いわきで住み、震災、原発事故被災の仲間たちと交流している。やはりその根っこにあるのは三里塚だ。
 現闘の女性に対するひどい性差別事件があった。長い間悩んできた。だから5年前の管制塔占拠40周年の集会も行っていいものかと議論になった。検証する作業を続けている。女性たちの声を上げる取り組みと繋ぎながらやっていきたい。

 ■大森武徳さん(らっきょう工場/続・木の根物語プロジェクト)の話(要旨)

 トン汁は三里塚の野菜を使ってます。ぜひ食べてください。らっきょう工場には、らっきょうがたくさんありますから、ぜひ購入してください。
 私のお父さんは社会運動から三里塚闘争に参加した。全国から駆けつけた若者の一人でした。農民と政府が対決する中、自分はどのように生き方ができるのかと模索しながら団結小屋で生活していた。1978年の3・26闘争ではトラック部隊のメンバーとして闘った。
 開港後も闘いは続き、その中で私が生まれた。木の根の小川源さんなど反対派の農民によって土地が提供され、子どもたちのために木の根プールができた。大きな風車もあった。やがてペンションもできた。
 2016年ごろ脱サラの人が三里塚を学びたいということで木の根に来ました。その友達がここでイベントをやりたいと提案し、コラボでやり、大盛況でした。
 それ以降、コンサート、盆踊りなど様々なイベントを取り組み、人の輪が広がっていった。YouTubeを観て、事前に三里塚のことを勉強してくる人達も参加するようになった。「おかしいことはおかしいじゃないか」と声を上げていくきっかけともなった。今後も知恵を出し合い、交流を深め、人の輪を広げていきたい。
 僕が小さいころに胸に刻んだように、今の三里塚を子どもたちにも伝えていきたい。ここを大事にしていこう。

 ■平野靖識さん(らっきょう工場)のお話(要旨)

 7月4日は、三里塚にとって運命的な屈辱的な日だ。57年前、1966年7月4日に羽田に変わる国際空港として成田市三里塚、芝山に持ってくることを佐藤栄作、友納武人千葉県知事の合意のうえで閣議決定した。
 この日から三里塚の農民は闘い続けてきた。反対同盟ができた時は、一千戸が参加していた。今は、用地内に土地を持って闘っている農民、関係者は5戸、三里塚物産がある。
 大木よねさんの土地が強制的にとられたのが、1971年、強制代執行の年だ。農民が主体的に闘ったピークだった。その後も空港公団と農民との闘いは長く続いた。1978年5月に4000m滑走路1本で開港した。4月に三里塚物産を設立している。
 私は地元の農民ではなく、1969年3月、単身で戸村一作委員長を訪ねた。農民と苦楽を共にできたのは、そういった経過が要因だったかもしれない。
 さらに、1年前に中国を訪問していた。当時はプロレタリア文化革命の最中だった。青年たちは農村に入っていった。
 日本ではベトナム反戦運動が高揚していた。日米安保体制に対する闘いが展開されていた。若者たちは社会を支えることを否定し、大学闘争、街頭闘争、平和運動を取り組んでいた。
 私は中国の青年たちのように千葉の農村に入っていった。1971年、強制代執行の年で厳しい闘いの真っ最中でもあった。
 70年代は、日本各地で公害問題が起きていた。農民にとっては、農薬と化学肥料の問題があった。水俣公害は、農薬と化学肥料を作っていく過程で廃棄し起きた。
 三里塚の青年行動隊は、この問題を取り上げ、議論を深めていた。公害を生み出す農薬と化学肥料をつかうべきなのかとアプローチしていった。水俣の人達のチッソ会社へ抗議し、三里塚に応援にも来た。交流が深められていった。
 その結果、「三里塚の百姓は近代合理主義の象徴ともいえるような空港、航空産業に対して闘いをいどんでいるが、農薬と化学肥料を使う近代農法でいいのか」と問いかけた。
 やがて微生物農法による自主耕作運動の取り組みを開始していった。すでに茨城の大規模開発に反対する農民たちが微生物農法によってある程度の成功を収めていた。この闘いに学び1972年ごろから微生物農法、すなわち有機農法の取り組みを始めた。
 その後、残念なことに反対同盟は、1983年3月8日に熱田派、北原派に分裂した。さらに北原派から小川派に分裂した。最後まで闘いを続けた農民は、有機農法に帰結した人達が闘いを続けている。
 成田空港問題シンポジウム(1991年11月)、成田空港問題円卓会議(1993年9月)を通して政府は「用地の取得においては、いかなる状況のもとにおいても強制的手段を取らない」ことを確約し、土地収用法の収用申請を取り下げた。
 農民は大量生産、大量消費、ゴミの山ではなく、解放された土地として「地球的課題の実験村」を提起した。この考え方は続いており、三里塚ワンパック野菜などが取り組まれている。
 だが現在も空港のさらなる機能強化ということで自然破壊が進められている。そうではない地域作りを行っていきたい。

2023年1月12日木曜日

報告:2023反対同盟旗開き&東峰現地行動

 1月8日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2023反対同盟旗開き」を行い、43人が参加した。

 仲間たちは、昨年12月24日、横堀農業研修センターの床を直し、新しい畳を敷いた。母屋は、整理整頓、清掃がされた会場となって旗開きを向かえることができた。

 冒頭、柳川さんは、「労活評の大盛力さんが10月3日(67歳)亡くなった。大盛さんは、三里塚のために骨をおってくれた。みなさんとともに黙とうをしたい」と呼びかけ、参加者全体で黙とうを行った。旗開きの司会は山崎宏さん(労活評)で開催のあいさつを行った。

柳川さん旗開き発言風景

柳川秀夫さんの発言

 柳川さんは、「今年で三里塚闘争は約57年目だ。空港会社は、昨年、センター周辺の竹藪を伐採した。途中で用地課の職員が来て、『ぜんぜん用地課はしらなかったので止めました』と謝りにきた。ただ伐採された状況は、不確定な情報だが今年の春あたりにはセンター撤去にむけて裁判提訴するらしい。いずれにしてもここを収奪するために動き出すだろう。3本目の滑走路は、そんなに工事が進んでいるわけではない。だからセンターを撤去する緊急性はないが、じゃまものを排除する性格は変わっていない」と報告し、裁判闘争も含めて警戒していくことを呼びかけた。
 さらに「このように空港会社は、あいかわらず力があるものが、力のない者を押しのけようとするのがぜんぜん変わっていない。世界的にもウクライナが大変な状況だ。世界的に弱い者が苦労をし、大変な犠牲を強いられている。強い者が自由・便利を享受するために活動する結果、今のような地球、人間の存亡が危ぶまれる状況が作り出されている。百姓をやっているが温度がかなり上がっており、いつものような生育状況じゃない。人間がずーっと暮らしていけるか、大変な事態になっている。空港問題もそうだが、あくなき発展だけで物事を考えている。事態はどんどん悪化している。温暖化は止められないと思っている。食糧問題も含めて大変な試練となっていく。緑の大地を削って第3滑走路を作ろうとしている。まったく逆行した行為であり、必ずしっぺ返しがくるだろう。今年もよろしくお願いします」と発言した。

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚歴史 考証室通信」(4号)の「特集/成田空港機能強化を考える 3」を販売した。

 平野さんは空港会社による市東孝雄さん(天神峰地区/北原派)の土地取り上げ裁判などの経過に触れながら、「11月22日、千葉地裁は代替執行の決定を行った。東峰地区は、執行中止の申し入れを行ったが無視された。空港会社は、自主的な明け渡しをせよと言ってきたが、そうでなければいつでも農地取り上げができる状態になっている。北原派は、24時間態勢で待ち構えている」と報告した。 さらに「熱田派は、1991年から94年までシンポジウム・円卓会議を行った。国は、成田空港の決定からその後の建設過程について土地収用法に頼り、機動隊の力で進めてきたことを民主主義的じゃなかったとい謝りを入れ、かつ強制収用裁決も取り下げた。円卓会議では二期用地の解決にあたっては、いかなる状況のもとでも強制的な手段を使わないと表明した。だから裁判にかけることは約束違反だ。暴力的な市東さんの土地の取り上げは、空港会社に非がある」と批判した。


加瀬勉さんの「横堀決戦に向けて」の文書配布

 加瀬勉さんは、別件で参加できなかったが、旗開きに向けて執筆した「横堀決戦に向けて」の文書が配布された。


各連帯アピール

 昼食休憩に入り中断。再開後、連帯発言が行われた。
 渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会、三里塚相談会)は、「1月29日に『2023関西三里塚闘争に連帯する会旗開き・大地共有運動報告会』を行う。関西でも労働組合関係の司法書士にお願いして一坪共有地登記移転手続きを取り組んでいる。登記法改正による登記義務化に対抗するために登記移転手続きを加速させていきたい」と発言した。
 根本 博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)は、「反空港の取り組みを継続しつつ、南西諸島の自衛隊配備に反対する大阪の会も取り組んでいる。12月には宮古島でのブルーインパルス飛行抗議行動に参加し、地元の人々とともに闘った。ともに南西諸島の軍事化に反対していこう」と訴えた。
 続いてG7いらない!首都圏ネットワークの京極紀子さん、和多田粂夫さんと中川憲一さん(管制塔被告団)、芝崎眞吾さん(連帯社)が発言し、最後に団結ガンバローを行いスクラムを打ち固めた。


東峰現地行動

 旗開き終了後、東峰地区の旧東峰共同出荷場跡地に向かい、三里塚空港に反対する連絡会が主催の東峰現地行動を取り組んだ。
 連絡会は、「三里塚第3滑走路反対!成田空港の軍事使用を許さない!裁判所を使った農地強奪弾劾!沖縄の軍事基地化許すな!岸田軍拡政権打倒!反原発!」のスローガンを掲げ、用地内にある東峰地区の開拓道路に向かってデモに移った。 前段集会では、大森武徳さん(三里塚物産/続・木の根物語プロジェクト/一般社団法人三里塚大地共有運動の会理事)が発言(別掲)。


 開拓道路デモの後、繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会事務局)は、「再共有化運動40年の今年、空港会社・芝山鉄道会社の持ち分17・98%を共有運動の会が越える18%以上を実現しよう。そのための登記変更カンパも取り組んでいこう」とアピールした。
 最後にシュプレヒコールを行い、行動を終了した。(Y)


 ■大森武徳さん(三里塚物産/続・木の根物語プロジェクト/一般社団法人三里塚大地共有運動の会理事)

 「2023年旗開きへのアピール」

 続・木の根物語プロジェクトの大森です。昨年は皆さんの力添えをいただき、無事木の根プールの補修工事を完了し、2011年以来11年ぶりにプール開きを行いました。
 また、初の試みということでプール開きにつづいて、DJを呼んでナイトプールという形で音楽を行い、管制塔の平田さん、茂住さんも駆けつけてくれて、盛況のうちに終えることができました。
 いろんなイベントを打つ中で三里塚の問題に興味を持ったり、いろんな社会問題に興味を持つきっかけになってくれる若者が増えている。木の根の維持・補修に関わっていきたいという人が年々増えている。彼らは三里塚闘争そのものを知らないが、木の根に来ることで共有地がどのように管理されているか、なぜ残っているのかを知る。非常に大事な場所だと感じてくれたり、これをきっかけに身近な社会問題に取り組む活動を始めた若者もいる。
 人の輪が20代30代40代で増えてきて、こういうことができますという仲間が増えてきました。かつての三里塚闘争のように、いろんな人の技術、力を借りながら、共有地の維持・補修をやっていけたらと思っています。
 私自身が三里塚に参加した時は小学生で、深い部分は伝えきれていないところがある。今はいろんな書籍・動画があり、SNS・ユーチューブで知っていく文化ができている。
 その時、動画・書籍では伝えきれない現地の状況を足を運んで見てもらう。リアルな体験が大事になってきていると感じている。
 今年の木の根イベントについてはまだ未定だが。持ち込みイベントを2つ3つ受け入れて、現地メンバーで夏の納涼祭などをやっていこうと思っている。その中で三里塚の問題、過去の歴史を紹介するブースを三里塚大地共有運動の会で出せればと考えています。長いイベントの途中に資料をじっくり見るというのも、来た人にとっていい時間になるのではと思っています。多い時は20~40代が200~300人集まっているので、そこに三里塚の問題を紹介するブースがあることは効果として大きい。今年は実践していきたい。
 今年も現地の維持活動に参加したいという人たちの輪が広がっていければいいかなと思っています。引き続きご支援のほどをお願いします。

2022年12月12日月曜日

2023.1.8旗開き&1.8東峰現地行動日程

■2023反対同盟旗開き■

日時:2023年1月8日(日)正午
場所:横堀農業研修センター(連絡先:03-3372-9401)
参加費:1000円
   /【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟
            (代表世話人・柳川秀夫)

■1.8東峰現地行動■

◦日時:2023年1月8日(日)午後2時30分
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰)
    /集会後、開拓道路に向けてデモ
◦会場への行き方
   /①2023反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動 
    ②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機
    /12:14発  京成上野特急→13:18着 成田→13:34発  京成成田
          →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:40着  東成田 
主催:三里塚空港に反対する連絡会
                           連絡先:03-3372-9401

報告:一般社団法人三里塚大地共有運動の会 第5回総会記念集会

■第5回総会

 12月4日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)と三里塚空港に反対する連絡会の共催で第5回総会記念集会を文京シビックセンターで行った。

 冒頭、事務局の大盛力さんが10月3日に亡くなり、総会参加者で追悼の黙とうを行った。

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会の総会は山口幸夫代表理事の開会宣言の後、山口さんの議長で議事が進み、総会成立を確認した。

 渡邉理事が議案の報告・提案。事務局から補足説明を行い、新たな関西での登記変更の取り組みなど事業活動報告等が報告された。

 第5事業年度事業計画について、大森武徳理事から、「三里塚は古くて新しい問題であり、若い世代に資料・書籍などを積極的に紹介していく。木の根イベントで毎回会のブースを出す、過去の映像での発信を追求する」などの提案が出された。

 総会で提案された各議案は承認された。

 島田清作監事から監査報告、監事退任の挨拶が行われ、「木更津駐屯地に暫定配備されている陸上自衛隊V-22オスプレイが、2023年1月以降、訓練飛行のため立川飛行場へ飛来する。昨年の第4回総会記念集会で『砂川闘争から三里塚へ』というテーマで講演した。反基地闘争が重要な局面に入っている。今後も三里塚闘争に連帯して反基地闘争を闘っていく」と決意表明した。

 総会は最後に山口さんを代表理事に選任、監事に選任された中川憲一さん(管制塔被告団)が総会閉会あいさつを行った。


■第5回総会記念集会

 第5回総会記念集会には36人が参加した。総会に続いて記念集会でも大盛力さんを追悼する黙とうを行った。

 司会の辻和夫さん(事務局)は、「成田国際空港会社は、発着回数を30万回から50万回に増やす空港機能強化を打ち出した。2029年3月までに3500mの第3滑走路を建設し、夜間の飛行時間延長、B滑走路の延伸などを計画している。10月にB滑走路の延伸工事を着工した。さらに天神峰の市東孝雄さんの畑、櫓などの破壊のために千葉地裁に強制執行の手続きを行い、いつでも取り上げられる事態になっている。私たちが利用している横堀農業研修センターに対してもこの夏に周辺の竹藪を伐採した。これは第3滑走路誘導路建設にあたって横堀農業研修センターを通過するため破壊対象となっている。横堀農業研修センターと共有地は、今後、焦点化していく。来年は再共有化運動40年だ。共に闘っていこう」と訴えた。

 山口幸夫代表理事から総会報告と主催者あいさつが行われ、「世の中は大変な事態になっている。一つは、自然環境の変化という気候危機だ。海面上昇によって日本列島が水没する危険性がある。たった今CO2(二酸化炭素)排出をゼロにしても止めることができない。新型コロナは依然と猛威をふるっている。そのせいで大盛さんが亡くなった」と述べた。 さらに「ウクライナ戦争で世界が不安定な状況になっている。日本政府は、敵基地攻撃能力を持つことを提案している。原発政策に対しても強化、再稼働を提案している。日本の政治状況は劣化している。石油、天然ガス、石炭、ウランなどの地下資源に頼る文明は、そろそろ終わりにきている。次なる文明は地上資源によって共生社会をいかに作っていくかということだ。その意味で三里塚闘争は、非常に大きな意味があった。若い人たちとともに頑張っていこう」と発言した。

 繁山達郎事務局長から法人活動の報告が行われ、「来年は再共有化運動40年だ。今後の目標として会は、木の根共有地の持ち分比率で、空港会社・芝山鉄道の持ち分比率をこえる18%以上に取り組んでいきたい。引き続き登記変更カンパを訴える」と呼びかけた。

 山崎宏さん(事務局)の三里塚現地報告では、「空港会社は第3滑走路建設に向けてカネと力を使って工事を進めている。B滑走路の北方延伸に向けて道路の付け替え、周辺の整備を強行している。来年からは本体工事の整備を行う予定だ。横堀農業研修センターは、第3滑走路と既存滑走路との結接点として存在している。横堀農業研修センターを守りぬこう。連動して空港会社は天神峰の市東孝雄さんの土地を裁判所の強制執行という手段によって取り上げようと としている。反対同盟の分裂という歴史的経緯により、直接的に共に闘うことはできないが、三里塚の農民に対する攻撃に断固抗議する。空港は運輸だけではなく戦争国家体制を作るためのインフラだ。岸田政権を打倒していこう」とアピールした。


■三里塚からのメッセージ

 三里塚からのメッセージでは、農作業中の柳川秀夫さんの映像が上映された。

 次に大森武徳理事が映像で、木の根プールクラウドファンディング、プール開き、横堀農業研修センターの取り組みなどを紹介した。

 加瀬勉さんは、「利権政治と個人主義」というテーマでビデオ映像で決意表明した(別掲)。とりわけ加瀬さんは「東京の空調がきいたコンクリートの建物の中で農民運動はできない。三里塚現地とどう向き合うのか」と強調し、今後の取り組みの方向性を問題提起した。また、加瀬さんが長年取り組んでいる「七三一部隊(関東軍防疫給水部)」の闇を暴く資料ファイルが会場に設置されていた。


■第2部は連帯発言

 第2部は連帯発言。

 岡野純一さん(辺野古にカヌーを贈る会)は、会の活動の報告と協力を呼びかけた。また、辺野古現地闘争、おかのまめさんの作品個展などの映像が上映された。

 福島原発刑事訴訟支援団の斎藤春光さんのメッセージが紹介され、「福島原発刑事訴訟支援団が実施予定の、年内弁論再開を求める東京高等裁判所への要請行動への参加をお願い致したいと思います。行動は東京高等裁判所前にてスタンディングとして、12/20、12:00~13:00実施の予定」と呼びかけた。

 大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)は、「羽田空港着陸時の新ルートで3月13日に渋谷区のテニスコートに航空機の氷塊が落下した。国交省に都心ルートの見直しを要求したが、詭弁とすり替えの不誠実な対応を繰り返している。国交省を許さず、安全・環境を守り抜いていきたい」と述べた。

 山田謙さん(東大阪三里塚闘争に連帯する会、関西三里塚闘争に連帯する会相談会)は、「連帯する会は、7団体で構成されている。関西の司法書士とともに一坪共有地移転登記を関西としても取り組んでいる。亡くなる共有者もおり、その後の手続きが大変だった。奮闘して移転登記を継続していきたい」と報告した。

 根本博さん(南西諸島の自衛隊基地に反対する大阪の会)は、「三里塚闘争の仲間たちとともに宮古島で軍事化が進んでいるということで5年前に現地訪問した。大阪で石垣島、与那国、宮古島などに自衛隊基地が建設される事態を伝えていこうということで会を立ち上げた。5回の訪問団を組織した。12月10日に宮古島で展示飛行としてブルーインパルスが飛行する。抗議行動に参加する。三里塚闘争は、軍事空港に反対してきたし、今後、軍事空港も含めて軍事化に反対していこう」と発言した。

 最後に中川憲一監事が閉会あいさつを行い、「3・26管制塔占拠闘争に参加し獄中闘争を闘った。2005年に1億円のカンパを集め政府にたたきつけた。獄中の友人をはじめ色々な友人ができた。布川事件の冤罪被害者・桜井昌司さんが『刑務所に入ったおかげで幸せだった』という気持がわかるようになってきた。これからも死ぬまで友人たちと共に生きていきたい」と発言した。  (Y)




■加瀬 勉さんの決意表明

「利権政治と個人主義」

 三里塚大地共有運動の会記念集会に当たり連帯の決意表明を申し上げます。
 1960年、所得倍増計画国家論。続いて、田中角栄の日本列島改造国家論、以下、歴代の内閣の福祉国家論、災害危機国家論、国家安全保障危機国家論と続いてきたのですが、基本的には国家独占資本の「利益誘導型政治体制」であったと思います。
 これに対して「物取り主義」を目標とする「私生活保守」の中間層といわれた市民層が発生したと思います。議会は形骸化し戦前から引きついできた労農運動も物取り主義に堕落し、市民社会の中に体制内運動に埋没していったと思います。ベトナム侵略反戦運動、政治経済の世界的グローバル化に主体的に対応し、国際的連帯の義務を果たしてきたと言えないと思います。


第三の道を進んできた

 三里塚の農民と連帯する我々は国家独占資本の利権政治経済の前に膝まづき軍門に屈したのか。否、断固とした拒否、空港建設で暴力化した国家に対して生死、生存権をかけて「俺たちは虫けらではない、人間なのだ」と叫びをあげて決起したのであった。
 ①財産権、居住権、思想信条等の基本権を侵害はく奪し、人権主義、民主主義擁護を掲げて闘ってきた。
 ②農地保全、自然破壊反対、人間と自然環境の共生社会の実現に向け地球環境の破壊に反対してきた。
 ③食の安全を求め農薬生産社会を拒否し、食糧は商品ではない人間の生命、命を守るものだ。農地も商品ではない。食糧を独占し、それを武器として世界人民を支配する行為に反対し飢えからの人類の解放を要求してきた。
 ④戦争政策に反対し平和主義に徹してあらゆる人間に対する支配と差別に反対してきた。

 空港建設に反対する我々は利権政治経済に屈服することなく、個人主義に陥ることなく全国の労農市民に対して連帯、協力、共闘を呼びかけ国際連帯の旗を高く掲げて第三の道を突き進んできた。われわれが選択してきたこの第三の道こそ我々自身の将来の未来を約束するものであると確信する。
 それは我々の60余年の空港建設反対の戦いの歴史が証明している。日本財界代表は三里塚闘争を内乱と規定し、三里塚空港建設は戦後自民党政策の中で最大の失敗であったと表明した。
 千葉県の北総の大地の人民が日本の歴史の表舞台で活躍したのは、貴族社会の崩壊、武士社会を出現した平将門の「天慶の乱」と徳川時代書記の「佐倉惣五郎の一揆」である。とりわけ佐倉惣五郎の一揆は日本人民の闘争を今日まで励まし続けてきた。空港建設反対闘争は北総台地の人民の抵抗であり、日本人民の反乱である。先人の偉勲を引き継ぎ、我々も後世に引き継ぐ闘争に三里塚空港反対闘争を発展させてゆこうではないか。


どんな国をつくりたいのか

 我々の立場は、主張は、三里塚空港の廃港である。空港の存在しない国家を作ることができるのか。空港のない国とはどんな国なのか。食糧生産が支配と利潤追求の商品から人間の命の尊厳を守り、人類の飢えからの解放に役立たせるそのための国家とはどんな国家なのか。原発、化石エネルギー中心社会の拒否、それに頼らない国家社会は作ることができるのか。
 我々は平和憲法の戦争放棄の第九条擁護である。世界帝国主義者、ファシストが戦争を行っている現在、武力のない国家、軍隊のない国家は存続できるのか。我々が作りたい国とはどんなものかハッキリした目標をもって活動することが必要である。どのような国を作りたいかということは現国家体制を打ち崩してゆくことである。
 木の根の一坪共有地とプールとペンション。横堀大鉄塔と案山子亭、横堀農業研修センターの土地は国家権力と航空資本の3500m横風滑走路の計画を粉砕した我らの戦歴戦塵の大地である。
 この三拠点の土地は三里塚闘争の拠点であるばかりではなく、日本人民の階級闘争の拠点であり思想の拠点であり、根拠地であり解放区である。
 彼らは土浦─空港─横芝の圏央道の工事、空港拡張工事に着手した。50万回発着の空港拡張計画を断固拒否する。我々は彼らの野望の前に我々は立ちはだかり、三里塚大地に、一坪共有地に熱い思いを寄せ、勇気と誇りと信念をもって日本人民の名において守りぬこうではないか。


墓碑銘

 最後に木の根の一坪共有地の土地を我らに託して身罷った空港反対同盟小川源副委員長の墓碑銘を紹介する。
 故小川源は、1914年1月13日、千葉県山武郡千代田村菱田に父順一郎、母さくの三男として出生。幼少より農業を手伝い長じて軍隊に奉じ、中国北部を転戦。のち戦傷を受けて帰国、再び農業に従事し、1939年に石井さたさんと結婚した。敗戦後、成田市木の根に入植、荒涼たる原野に鍬を入れ、土に血と汗を注ぎこむように開墾、緑の沢野に変え三男三女を育てあげた。
 この間、野菜栽培に研鑚を深め、遠山出荷組合の創設に参加、長年組合長を勤めた。この時、日本政府は突如成田空港の建設を発表、一方的に空港予定地とされた源は、空港反対に決起、「農地死守」のため不屈に闘い続けた。
 1981年、フランス、ドイツに反対同盟派遣団長として趣き、世界の人々に空港反対の意義を訴えた。農業に反対運動に前身全霊を賭けるも、1992年6月3日心半ばにして不帰の客となった。その生涯は理不尽なる国家に対してあくまでも一人の農民として熱く生き抜かんとするものであった。
 1992年9月建立
 〈注 小川家の墓地は三里塚町内共同墓地に建立されている〉


 一坪共有地運動悲劇

 小川剛正さん一家、小川和一、小川明治、小川源、小川七郎さんの空港反対の意志のこもった、木の根宇拓美の土地の譲渡を受けた私は「最後まで反対闘争を貫いてくれ」の意志遺産を私一人が引き継ぐのではなく反対同盟の農民、三里塚闘争に参加している全国の人々、日本の階級闘争に参加している人々に共有して欲しいと私は願った。譲渡を受けた土地を一坪共有化運動に提供した。
 しかしそれは不動産売買運動であると中核派に決めつけられて全国的に暴力、テロの迫害が発生した。私も金沢、横浜、三里塚長原で迫害を受けている。共有化運動推進政治団体の一部も運動を放棄した。芝山鉄道建設で相川勝重町長、三里塚シンポジューム派は、闘争終止符を打ちだし全国的に一坪共有地解消運動を起こした。堀越昭平三里塚大地共有委員会委員長が脱落するに及んだ。
 小川一家、明治さん、源さんの空港建設反対の意志の遺産と土地は空港会社、芝鉄会社の攻撃、中核派のテロ、三里塚の農民の解消運動等にあって迫害され、蹂躙され裏切られる結果に終わっているのである。
 私は権力に反対闘争の意志と土地を売り渡した裏切り者を絶対に許しはしない。階級敵として糾弾する。
 最後に今後の闘いとして①アジア、太平洋地域に新たなる軍事同盟を作ろうとしている ②防衛予算の増大を図っている ③装備を近代化して専守防衛から攻撃に ④港湾、空港を積極的に軍事に利用することに対して闘っていこう。そして、 ⑤戦争政策に反対し、空港を絶対に使わせない闘いを共に行っていくことを確認したい。



2022年11月4日金曜日

12.4 第5回総会記念集会

集会案内

■日時 12月4日(日)/午後1時30分開場、午後2時開始/資料代 500円
■会場 東京・文京シビックセンター4階ホール (地下鉄後楽園駅下車)

■主催者挨拶・総会報告 山口幸夫(代表理事)

■決意表明 加瀬 勉さん(前・三里塚大地共有委員会代表)

テーマ:「利権政治と個人主義」:ビデオ報告

 
■メッセージ 柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)/大森武徳さん(当会理事/続・木の根物語プロジェクト)

■活動報告 事務局

■連帯発言 岡野純一さん、おかのまめさん(辺野古へカヌーを贈る会)、斎藤春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)、大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)、渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会)

■主催 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
■共催 三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
■連絡先/〒151-0061 東京都渋谷区初台1-50-4-103
       一般社団法人三里塚大地共有運動の会
     電話 03-3372-9408 /FAX 03-3372-9402
        メールアドレス  kyoyusanrizuka.net


 三里塚大地共有運動の会は「三里塚大地共有委員会Ⅱ」の運動を受け継ぎ、この4年間、所有者不明土地対策を口実とした共有地強奪の動きに対決して共有地を守り抜くために、会への共有地登記変更を進めてきました。同時に現地での様々な活動・イベントに共有地・現地拠点を活用してきました。
 国・成田空港会社は成田空港の航空機発着回数を現状の年間30万回から50万回とする機能強化計画を18年3月に決定。2029年3月までの第3(C)滑走路(3500 m)建設、夜間飛行時間延長、B滑走路再延伸(3500m)を打ち出した。
 コロナ禍での国際航空需要激減にもかかわらず、年間50万回計画を基に、田村明比古・成田空港社長は、コロナ水際対策の大幅緩和に「大きな期待」、「新しい時代の空港を作り直すチャンスだ」(9月29日会見)として29年3月までの完成計画をごり押し。国土交通省は23年度概算要求で第3滑走路建設支援などで成田空港156億円を要求。
 10月19日、空港会社はB滑走路千メートル延伸のための準備工事に着手。さらに来年23年度中の第3滑走路新設に向けた準備工事着工を計画。共有地に建つ横堀農業研修センター(旧労農合宿所)は第3滑走路誘導路予定地とされ、強奪が狙われています。
 来年2023年には所有者不明土地対策を口実とした相続・転居時の登記を罰則付きで義務化する登記義務化法=改定民法・不動産登記法が一部施行されます(義務化は24年から順次施行)。2018年から制定が進められてきた一連の所有者不明土地法制は、基地周辺・国境離島の住民の人権を侵害する「土地規制法」(22年9月20日施行)と同様、国家の「公共性」を住民の人権より優先する法律です。登記しなければ土地・共有地を奪われる登記義務化、第3滑走路計画に対決して共有運動の会は活動していきます。
 三里塚大地共有運動の会は、再共有化運動40年となる2023年の大地共有運動へ向けて第5回総会記念集会を12月4日に開催します。


2022年7月24日日曜日

報告:7・17三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査

  7月17日、三里塚空港に反対する連絡会は、「三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査」を行い、30人が参加した。
 前段集会は旧東峰共同出荷場跡で行い、山崎宏さん(労活評)の司会で始まった。

平野靖識さんの発言

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「最近は畑でのらっきょう作り、『三里塚歴史 考証室通信 第2号』製作で忙しかった。ただ(コロナ禍の影響で)飛行機の離発着が少なくて静かです。らっきょう作りの農家さんが減っていましたが、ようやくらっきょう作りの農家さんたちが出始めています。
 三里塚物産の創設者の1人である佐山忠さんが亡くなった(6月18日)。佐山さんは、1967年ごろ毛沢東派の日中の活動家として三里塚に入り、駒井野で活動していた。私は、戸村一作さんの紹介で佐山さんを訪ね、共に活動を行ってきた。71年、3月の第一次代執行の時、佐山さんは一坪運動用地の第5地点の松の木、通称『鳥の巣』と言われる小屋に立てこもった。クレーンで倒される時、『ふるさと』を唄っていた。この時の映像が世界にも発信され、多くの人に三里塚に共鳴することになった。その後、農家の経済を支えるために有機農法を勉強したり、三里塚物産を立ち上げた。50年をめぐる同志であったが先月亡くなった(79歳)」と報告した。
 「死んだというと安倍元首相が死んだ。私はテロは絶対にいけないことだと思っている。でも近畿財務局の赤城さんが、あのような形で死ななければならなかったか。奥さんが死んだ原因を追及したいという思いを考えざるをえない。安倍が死んで『さくらを見る会』など真相が明らかにされなくなってしまうのではないか。だから『冥福を祈る』という気持ちはありません」と述べた。

渡邊充春さんからのメッセージ

 続いて渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会・関西三里塚相談会の)からのメッセージが紹介された。
 「1月に関西の旗開き、共有運動の会の報告集会を行い、30人が参加した。司法書士さんと繋がりができ、関西でも一坪共有地の一般社団法人三里塚大地共有運動の会への登記変更を独自で取り組み始めた。現在、数名の登記変更が終了し、今後も変更を実現していきたい。
 4月10日に関西新空港反対!泉州現地集会を泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会の主催で行い、40人が参加した。11月6日にも現地集会を行う。
 6月17日には南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会の主催で「南西諸島のミサイル基地化を問う」講演集会を行い、40人の参加した。現地への派遣団を準備している。
 関西の地においても三里塚第3滑走路反対の闘いを共に作っていきます」。

繁山達郎さんの発言

 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会)は、「4年前に一般社団法人三里塚大地共有運動の会を立ち上げ、共有地を守っていくために一坪共有地を法人に登記変更する取り組みを行っています。共有地の管理として、横堀農業研修センターの整備を行ってきた。木の根ペンションでは大森武徳さんが中心になってプール再開にむけて準備を進めている。『次の世代に結びつけていくためのプール開きに向けて協力してほしい』『国際空港のド真ん中でプールパーティーを実現したい!』 (https://camp-fire.jp/projects/view/605558)と呼びかけ、クラウドファンディングへの協力を呼びかけている」とアピールした。
 集会終了後、デモに移り、空港用地内の開拓道路に向かった。



山崎宏さんの発言

 開拓道路内で山崎さんは、「現在の空港の使用状況は、B滑走路だけでもほとんど飛行機の離発着がない。柳川さん宅はB滑走路の南側から進入してくる時、真下にあるが『静かでいいぞ』と言っていた。第3滑走路ができたら騒音が拡大する。夜間飛行の時間帯も大幅に延長される。騒音の被害を受けている横芝光町などが厳しい状況に追い込まれてしまう。多古町の有志は、第3滑走路の運用をストップしてくれという訴えを行っている。空港の使用は、武力攻撃事態法の下で民間だけでなく米軍、自衛隊の軍事使用もありうる」とアピールした。


岡野純一さんの発言

 岡野純一さん(たんぼくらぶ)は、「おかのまめ 切り絵個展 成田の農家さんシリーズ 『大地の唄声』(8月5、6、7日/11:00~17:00/会場:源右衛門&space 24 sekki 成田市大袋427─1/京成本線「公津の杜」駅から徒歩20分)」を紹介した。
 さらに成田空港滑走路に向けて「第三滑走路建設反対!飛行制限時間緩和を許さない!空港粉砕!全国の反空港闘争と連帯して闘うぞ」とシュプレヒコールを響かせた。


第3滑走路予定地現地調査

 デモは、旧東峰共同出荷場跡に戻り、一般社団法人三里塚大地共有運動の会と共催で「第3滑走路予定地現地調査」に向かった。
 第1調査地点は、香取郡多古町一鍬田(ひとくわだ)の一鍬山(いっしゅうざん)福泉寺。 第三滑走路建設によって福泉寺も含めて集団移転の対象となっている。空港内関連施設なども、この地域周辺に建設しようとしている。
 すでに集団移転先について平山富子 多古町長は、「移転者や騒音地区の皆さまが多古町に残っていただけるよう、関係機関と連携を図ります。今後の開発が期待されている多古台JRバスターミナルに隣接する町有地について、NAAに移転者用地として譲渡させていただきました」と明らかにしている(2022/04/15 日刊建設タイムズ)。
 仲間たちは、成田空港第三滑走路建設によって多古町のコミュニティが破壊されようとする現場を直視し、あらためて巨大開発の犠牲を民衆に押し付けようとする暴挙に怒りを感じた。
 第2調査地点は、B滑走路南端。かつて丹波山と呼ばれてきた地点だ。すでに滑走路整地のために砂利を堆積し、砂利山ができている。
 さらにB滑走路南端地点と第三滑走路を接続させようとしている。そのために誘導路を建設しようとしている。誘導路は横堀農業研修センターが存在するルートを通り接続させようという計画だ。
 だから空港会社は、横堀地域を整備する計画だが、当然、横堀農業研修センターは排除対象だ。すでに空港会社は、横堀地域の埋蔵文化財調査活動を終了させ、次の計画に向けて様々な策動を押し進めている。
 第3地点は、成田空港外周通りから空港使用や拡張状況を車中からチェックした。


柳川秀夫さん宅訪問

 調査後、仲間たちは、柳川秀夫さん(三里塚芝山空港連合反対同盟(代表世話人)宅(芝山町香山新田)に向かった。
 柳川さんは、農作業中だったが笑顔で迎えてくれた。
 交流会の中で柳川さんは、「おかげさまで飛行機があまり飛んでいないから静かだ。いつもだったらビニールハウスがジェット機の排気ガスによって黒く汚れているんだが、そうでもない。第三滑走路建設に向けてどんどん進めている感じでもない。ただ、出ていく人達は土地を売るなどの準備をしている。後継者もいないし、若い人たちは便利な都会に出てしまっている。昔みたいに集落で残る人はそんなにいない。残るにしても移転を強要され、移転先さえも決められている。集団移転のケースはほとんどない。いわゆる村落共同体は、とっくにないから集団で助け合うこともない。会話だってなくてもスマフォがあればいいという感じだ」と述べ、成田空港という巨大開発によって地域コミュニティーが壊されてきた現状を批判した。
 さらに、「残る農家にしても外国人労働者を雇って企業的な農業へと転換しつつある。名前としては農業だが、実態は会社経営と同じだ。家族で農業を行い、自然の中で暮らしていく考え方は、どんどんなくなってしまっている。巨大開発によって、なおさらそのような考え方が促進されてしまった。芝山町は、町民が出ていくのを止めるために住宅開発計画を作っているが、そのような計画に乗っかるような人はいない。芝山鉄道の芝山千代田駅前にビルを建てて開発する計画もたてているが、なんら財政的、人的根拠もないから絵に描いた餅になる。そもそも空港関連職員以外の人々がここまで来ることは考えられない。俺は、土地を手放すつもりはないから計画は進まないだろう」と指摘し、空港開発に便乗した歪んだ構造を明らかにした。
 とりわけ柳川さんは、「ロシアのウクライナ侵略戦争によって、じわじわと肥料価格が上がってきている。この先、深刻な事態に入っていくだろう。空港会社だって借金だけ増えていくだけだ。土地買収予算は組んでいるが、滑走路工事費など膨大な額とならざるをえない。滑走路を大きくすると言っているが、現実とあっていない」と断言した。
 さらに交流は深められ、今後の横堀地区整備、横堀農業研修センター、鉄塔や案山子亭の管理・維持などについて議論が続いた。
 調査行動は、木の根ペンションに向い一坪共有地とプールなどを視察し、終了した。

(Y)



2022年6月1日水曜日

7.17三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査

 飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対!
岸田自公政権打倒! 反原発─再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

◦日時:7月17日(日)午後1時集合
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
 /集会後、開拓組合道路に向けてデモ/デモ後:第3滑走路建設予定地などを調査
  (共催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会)
◦会場への行き方
 京成東成田駅地上 12時集合 迎えの車待機
 /10:14発  京成上野特急 →11:18着 成田→11:34発  京成成田 →乗り換え
  京成東成田線  [芝山千代田行き]→11:40着  東成田
  (★乗車する方は、事前に、連絡会に電話かフックスを送ってください)
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
          連絡先:東京都渋谷区初台1-50-4-103/03-3372-9401
                     FAX03-3372-9402




  ロシア軍のウクライナ侵略糾弾!

 2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻し、ウクライナ戦争が始まった。ロシアの軍事進攻は民衆の平和的生存権、他国の主権を武力をもって蹂躙するものであり、断じて許されない。ロシア軍は直ちに停戦し、撤退しなければならない。

   岸田政権の戦争国家化を許さない

 岸田自民党政権はこのウクライナの戦争を最大限利用して日本社会を戦争できる国に変えようとしている。アメリカの世界戦略に追随し軍事力強化を推し進めようとしている。防衛費のGDP比2%以上増額、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えて保有する、さらに「核共有」までも言い出している。そして 改憲を一気に仕上げようとしている。政府は沖縄・辺野古新基地建設を住民の意志を踏みにじって強引に推し進め、琉球弧の軍事要塞化を図っている。戦争でいつも犠牲になるのは民衆だ。世界の反戦闘争と連帯し、戦争政策を進める自国の政権を打倒しよう。

 むだな第3滑走路建設NO

 政府・国交省―成田国際空港会社(NAA)は「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化」として2029年3月までの第3滑走路共用開始を目指し計画を進めている。
 空港会社は延伸する第2滑走路や、新設する第3滑走路の準備工事を本年秋頃から始めることを明らかにしている。田村明比古社長は「航空復活元年」「反転攻勢の年に」などと年頭に決意を表明している。我々は農地を強奪し、住民を騒音地獄にまきこむ機能拡大―第3滑走路建設に断固反対する。
 第3滑走路の建設による騒音被害の拡大、永続化が懸念される住民が、千葉県と空港会社に対して第3滑走路計画を凍結する要望を出した。横芝光町は既存の滑走路(A・B)の騒音下にあり、従来から騒音被害を受け続けてきた。
 第3滑走路が完成し供用されることになるとそれは町中心部を含めて広範囲に拡大することになる。第3滑走路の運用に伴って飛行制限時間が大幅に緩和され、飛行機が離着陸しない時間は1日の内4時間しかないことになる 住民は「今までの騒音とはレベルが違ってくる。人口密集地帯でも騒音問題が大きくなるだろう」と訴えている。住民の犠牲を顧みることなく、ひたすら利潤のみを追い求める政府―資本の第3滑走路建設を許すことはできない。共有地を奪う登記義務化法に反対し、大衆運動を弾圧する戦時法「重要土地調査既成法」を廃止させる闘いを進めよう。
7・17三里塚現地に結集し共に闘おう!
2022・5・23