2023年7月10日月曜日

報告 三里塚フィールドワーク

  7月2日、三里塚フィールドワーク実行委員会は、「見て 聞いて 学んで バスで行く 三里塚フィールドワーク 成田空港反対運動の今」を行った。
 東京八重洲から三里塚現地に向かった。フィールドワークのコースは、①岩山地区─「空と大地の歴史館」 ②木の根地区─「木の根ペンション」 ③東峰地区─東峰共同墓地(大木よねさんへ献花)、らっきょう工場 ④横堀地区─横堀農業研修センター、横堀鉄塔、案山子亭だった。
 各コースについては、当日配布された資料を紹介する。

 ①空と大地の歴史館

 成田空港会社が運営する資料館。2011年6月23日に開館。シンポジウム・円卓会議を経て、『成田空港と地域をめぐる歴史的経緯とともに当時そこに関わった様々な立場の人々の苦悩と想いを正確に後世に伝える』ことを目的に、1997年成田空港地域共生委員会の歴史伝承部会が発足。その後、空港会社に事業が引き継がれ、歴史伝承部会(のちに歴史伝承委員会)が収集した資料を展示する施設として開館した。
 歴史伝承委員会が調査・収集した資料は地域振興連絡協議会(会長千葉県知事)に帰属。


 ②木の根ペンション・プール

 木の根地区は、下総御料牧場用地が払い下げられ、1946年に入植・開墾が始まった。反対同盟が結成され、1967年住民により木の根団結小屋が建てられる。団結小屋は1989年、木の根ペンションとして生まれ変る。2000年、芝山鉄道ルートにかかり撤去を求められるが、曳屋により現在の場所に移転。

 自力で畑にかんがい設備を作る運動が1979年に起こされた。風車は地下水を汲み上げる動力として、プールは水を溜めるため池として作られた。風車は故障続きだったが反対闘争のシンボルとして残った。ため池は「闘争には楽しみも必要」という小川源さんの発案でこどもたちのプールになった。
 このプールで遊んでいた大森武徳さんが2010年から清掃を開始、2011年にプール復活。2022年にはクラウドファンディングにより補修を行った。木の根プール復活後は、『生産者と消費者を繋ぐ場』『農村と都市部の交流の場』というコンセプトが、新たな形となって活性化され、音楽イベントなど様々なジャンルのイベントを通して、世代を超えた交流の場所として多くの人々に愛されている。

 

 ③東峰地区


 東峰共同墓地(大木よね墓)

 東峰は戦後の開拓。県有地が払い下げられた。大木(小泉)よねさんは、隣接する古村・取香(とっこう)に暮らしていた。取香地区は移転をきめていたが、よねさんは反対を貫いた。1971年9月20日、自宅と畑が強制収用された。親しかった東峰の人々が提供したプレハブに移り住んだ。収用から2年後に亡くなり、東峰共同墓地に土葬された。補償問題は長年放置されていた。2015年養子の小泉英政さん美代さんと空港会社が和解。勝ち取った生活補償は「よねさんからの寄金」として辺野古基金など9団体に送られた。42回目の命日を前に「よねさんの碑」が建てられた

 

 らっきょう工場

 有限会社三里塚物産は有機農産物の加工と販売を目指して1978年に設立。伝統的な製法を基本とした、添加物を使用しない製品を作り続けている。地域では親しみを込めて「らっきょう工場」と呼ばれている。設立から40年余りが過ぎた今、周辺地域には有機農業が広く根付き、新規就農する多くの若者たちも集まることから「有機農業のメッカ」とも呼ばれている。

 

 ④横堀地区

 横堀農業研修センター

 横堀地区は、明治末期に開墾が始まった高台の集落。移転した農家跡の共有地に1977年5月、三里塚闘争連帯労農合宿所が開設され多くの団体、個人により活用されてきた。1989年火災で焼失するが、反対同盟は1日でプレハブ小屋を再建。翌日、土地を囲い込もうとする空港公団・機動隊を反対同盟は撃退した。1997年労農合宿所は閉所し、その後は横堀農業研修センターとして、反対同盟旗開きや田んぼくらぶ、ジャガイモ運動の拠点として活用されている。周辺の竹やぶは春になるとタケノコ掘りが行われている。研修センターと案山子亭の看板は、横堀の熱田一さんが書いた。
 第三滑走路計画では誘導路にかかる。昨年、空港会社は周辺の竹やぶを伐採。今年6月、空港会社から反対同盟や共有者に対し明け渡しを求める文書が届いた。今後は土地取り上げの裁判提訴が予想される。

 

 横堀鉄塔・案山子亭

 当初の横風用滑走路予定地の真ん中にある横堀団結小屋。1977年、要塞建設のため穴堀りを始めるが用地内のため中止。要塞はB滑走路アプローチエリアに移して建設され開港阻止闘争では激しい攻防が行われた。1986年二期工事監視用塔として反対同盟が鉄塔を建設。高さ30メートルあったが、安全のため2017年に上部を撤去した。
 案山子亭(かかしてい)は、農作業の休憩場所として1988年に建てられた。鉄塔下にあるのは、沖縄の彫刻家、金城実さんが作った「抗議する農民」像。岩山大鉄塔、労農合宿所を経て、横堀鉄塔に置かれた。管制塔占拠闘争で逮捕され、長期拘留による精神的苦痛を受け、1982年自死した原勲さんの墓があり、毎年4月には墓参と花見が行われている。

 


 木の根ペンションでは、平田誠剛さん(三里塚管制塔被告団)、大森武徳さん(らっきょう工場/続・木の根物語プロジェク
ト)のお話があった(要旨別掲)。
 東峰共同墓地かららっきょう工場では、平野靖識さん(らっきょう工場)のお話が行われた(要旨別掲)。
 さらに横堀地区に向かった。横堀農業研修センター、横堀鉄塔・案山子亭を通して空港の全景を把握し、巨大開発に対する農民の闘いの意義、空港機能強化と第三滑走路建設の問題などについて考察を深めていった。
 帰りの車中、参加者は、フィールドワークの感想などを出し合い交流を深めていった。(Y)



 
 
 ■平田誠剛さんのお話(要旨)

 成田空港は、1978年3月30日から供用開始する予定だった。全国の仲間たちとともに1週間連続の闘いを組んでいた。すでに77年から機動隊と鉄パイプでぶつかり、火炎瓶が乱れ飛ぶ闘いを行っていた。
 管制塔被告団は、別行動で3月25日の夜に地下道に入り、26日午後1時に地上に出て、空港内に突入した。管制塔に駆け上がり、管制室を壊した。9ゲートでは先行してトラックを先頭にした突入部隊が機動隊と闘った。私は逮捕され、8年ほど獄中に捕らわれた。11年も獄中にいた仲間もいた。
 それまで国・空港公団のやり方が強引だったが、管制塔事件によって反省に追い込まれた。「話し合い」と言っていたが、裏交渉も進めていた。最終的に熱田派は、国に対して「強引なやり方は、だめだ」ということを認めさせた。
 その後、現闘の仲間、三里塚に残った人、だめだと判断した人たちがいた。そういうなかで3・26闘争を闘った大森万蔵さんの息子である武徳さんがこの地で住んでいる。新しい闘い方を行っている。
 闘いは終わっていない。柳川秀夫さんなど農業で暮らしている人達もいる。三里塚から各地域に入って様々な闘いを行っている人もいる。
 私は今、いわきで住み、震災、原発事故被災の仲間たちと交流している。やはりその根っこにあるのは三里塚だ。
 現闘の女性に対するひどい性差別事件があった。長い間悩んできた。だから5年前の管制塔占拠40周年の集会も行っていいものかと議論になった。検証する作業を続けている。女性たちの声を上げる取り組みと繋ぎながらやっていきたい。

 ■大森武徳さん(らっきょう工場/続・木の根物語プロジェクト)の話(要旨)

 トン汁は三里塚の野菜を使ってます。ぜひ食べてください。らっきょう工場には、らっきょうがたくさんありますから、ぜひ購入してください。
 私のお父さんは社会運動から三里塚闘争に参加した。全国から駆けつけた若者の一人でした。農民と政府が対決する中、自分はどのように生き方ができるのかと模索しながら団結小屋で生活していた。1978年の3・26闘争ではトラック部隊のメンバーとして闘った。
 開港後も闘いは続き、その中で私が生まれた。木の根の小川源さんなど反対派の農民によって土地が提供され、子どもたちのために木の根プールができた。大きな風車もあった。やがてペンションもできた。
 2016年ごろ脱サラの人が三里塚を学びたいということで木の根に来ました。その友達がここでイベントをやりたいと提案し、コラボでやり、大盛況でした。
 それ以降、コンサート、盆踊りなど様々なイベントを取り組み、人の輪が広がっていった。YouTubeを観て、事前に三里塚のことを勉強してくる人達も参加するようになった。「おかしいことはおかしいじゃないか」と声を上げていくきっかけともなった。今後も知恵を出し合い、交流を深め、人の輪を広げていきたい。
 僕が小さいころに胸に刻んだように、今の三里塚を子どもたちにも伝えていきたい。ここを大事にしていこう。

 ■平野靖識さん(らっきょう工場)のお話(要旨)

 7月4日は、三里塚にとって運命的な屈辱的な日だ。57年前、1966年7月4日に羽田に変わる国際空港として成田市三里塚、芝山に持ってくることを佐藤栄作、友納武人千葉県知事の合意のうえで閣議決定した。
 この日から三里塚の農民は闘い続けてきた。反対同盟ができた時は、一千戸が参加していた。今は、用地内に土地を持って闘っている農民、関係者は5戸、三里塚物産がある。
 大木よねさんの土地が強制的にとられたのが、1971年、強制代執行の年だ。農民が主体的に闘ったピークだった。その後も空港公団と農民との闘いは長く続いた。1978年5月に4000m滑走路1本で開港した。4月に三里塚物産を設立している。
 私は地元の農民ではなく、1969年3月、単身で戸村一作委員長を訪ねた。農民と苦楽を共にできたのは、そういった経過が要因だったかもしれない。
 さらに、1年前に中国を訪問していた。当時はプロレタリア文化革命の最中だった。青年たちは農村に入っていった。
 日本ではベトナム反戦運動が高揚していた。日米安保体制に対する闘いが展開されていた。若者たちは社会を支えることを否定し、大学闘争、街頭闘争、平和運動を取り組んでいた。
 私は中国の青年たちのように千葉の農村に入っていった。1971年、強制代執行の年で厳しい闘いの真っ最中でもあった。
 70年代は、日本各地で公害問題が起きていた。農民にとっては、農薬と化学肥料の問題があった。水俣公害は、農薬と化学肥料を作っていく過程で廃棄し起きた。
 三里塚の青年行動隊は、この問題を取り上げ、議論を深めていた。公害を生み出す農薬と化学肥料をつかうべきなのかとアプローチしていった。水俣の人達のチッソ会社へ抗議し、三里塚に応援にも来た。交流が深められていった。
 その結果、「三里塚の百姓は近代合理主義の象徴ともいえるような空港、航空産業に対して闘いをいどんでいるが、農薬と化学肥料を使う近代農法でいいのか」と問いかけた。
 やがて微生物農法による自主耕作運動の取り組みを開始していった。すでに茨城の大規模開発に反対する農民たちが微生物農法によってある程度の成功を収めていた。この闘いに学び1972年ごろから微生物農法、すなわち有機農法の取り組みを始めた。
 その後、残念なことに反対同盟は、1983年3月8日に熱田派、北原派に分裂した。さらに北原派から小川派に分裂した。最後まで闘いを続けた農民は、有機農法に帰結した人達が闘いを続けている。
 成田空港問題シンポジウム(1991年11月)、成田空港問題円卓会議(1993年9月)を通して政府は「用地の取得においては、いかなる状況のもとにおいても強制的手段を取らない」ことを確約し、土地収用法の収用申請を取り下げた。
 農民は大量生産、大量消費、ゴミの山ではなく、解放された土地として「地球的課題の実験村」を提起した。この考え方は続いており、三里塚ワンパック野菜などが取り組まれている。
 だが現在も空港のさらなる機能強化ということで自然破壊が進められている。そうではない地域作りを行っていきたい。

2023年1月12日木曜日

報告:2023反対同盟旗開き&東峰現地行動

 1月8日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2023反対同盟旗開き」を行い、43人が参加した。

 仲間たちは、昨年12月24日、横堀農業研修センターの床を直し、新しい畳を敷いた。母屋は、整理整頓、清掃がされた会場となって旗開きを向かえることができた。

 冒頭、柳川さんは、「労活評の大盛力さんが10月3日(67歳)亡くなった。大盛さんは、三里塚のために骨をおってくれた。みなさんとともに黙とうをしたい」と呼びかけ、参加者全体で黙とうを行った。旗開きの司会は山崎宏さん(労活評)で開催のあいさつを行った。

柳川さん旗開き発言風景

柳川秀夫さんの発言

 柳川さんは、「今年で三里塚闘争は約57年目だ。空港会社は、昨年、センター周辺の竹藪を伐採した。途中で用地課の職員が来て、『ぜんぜん用地課はしらなかったので止めました』と謝りにきた。ただ伐採された状況は、不確定な情報だが今年の春あたりにはセンター撤去にむけて裁判提訴するらしい。いずれにしてもここを収奪するために動き出すだろう。3本目の滑走路は、そんなに工事が進んでいるわけではない。だからセンターを撤去する緊急性はないが、じゃまものを排除する性格は変わっていない」と報告し、裁判闘争も含めて警戒していくことを呼びかけた。
 さらに「このように空港会社は、あいかわらず力があるものが、力のない者を押しのけようとするのがぜんぜん変わっていない。世界的にもウクライナが大変な状況だ。世界的に弱い者が苦労をし、大変な犠牲を強いられている。強い者が自由・便利を享受するために活動する結果、今のような地球、人間の存亡が危ぶまれる状況が作り出されている。百姓をやっているが温度がかなり上がっており、いつものような生育状況じゃない。人間がずーっと暮らしていけるか、大変な事態になっている。空港問題もそうだが、あくなき発展だけで物事を考えている。事態はどんどん悪化している。温暖化は止められないと思っている。食糧問題も含めて大変な試練となっていく。緑の大地を削って第3滑走路を作ろうとしている。まったく逆行した行為であり、必ずしっぺ返しがくるだろう。今年もよろしくお願いします」と発言した。

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚歴史 考証室通信」(4号)の「特集/成田空港機能強化を考える 3」を販売した。

 平野さんは空港会社による市東孝雄さん(天神峰地区/北原派)の土地取り上げ裁判などの経過に触れながら、「11月22日、千葉地裁は代替執行の決定を行った。東峰地区は、執行中止の申し入れを行ったが無視された。空港会社は、自主的な明け渡しをせよと言ってきたが、そうでなければいつでも農地取り上げができる状態になっている。北原派は、24時間態勢で待ち構えている」と報告した。 さらに「熱田派は、1991年から94年までシンポジウム・円卓会議を行った。国は、成田空港の決定からその後の建設過程について土地収用法に頼り、機動隊の力で進めてきたことを民主主義的じゃなかったとい謝りを入れ、かつ強制収用裁決も取り下げた。円卓会議では二期用地の解決にあたっては、いかなる状況のもとでも強制的な手段を使わないと表明した。だから裁判にかけることは約束違反だ。暴力的な市東さんの土地の取り上げは、空港会社に非がある」と批判した。


加瀬勉さんの「横堀決戦に向けて」の文書配布

 加瀬勉さんは、別件で参加できなかったが、旗開きに向けて執筆した「横堀決戦に向けて」の文書が配布された。


各連帯アピール

 昼食休憩に入り中断。再開後、連帯発言が行われた。
 渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会、三里塚相談会)は、「1月29日に『2023関西三里塚闘争に連帯する会旗開き・大地共有運動報告会』を行う。関西でも労働組合関係の司法書士にお願いして一坪共有地登記移転手続きを取り組んでいる。登記法改正による登記義務化に対抗するために登記移転手続きを加速させていきたい」と発言した。
 根本 博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)は、「反空港の取り組みを継続しつつ、南西諸島の自衛隊配備に反対する大阪の会も取り組んでいる。12月には宮古島でのブルーインパルス飛行抗議行動に参加し、地元の人々とともに闘った。ともに南西諸島の軍事化に反対していこう」と訴えた。
 続いてG7いらない!首都圏ネットワークの京極紀子さん、和多田粂夫さんと中川憲一さん(管制塔被告団)、芝崎眞吾さん(連帯社)が発言し、最後に団結ガンバローを行いスクラムを打ち固めた。


東峰現地行動

 旗開き終了後、東峰地区の旧東峰共同出荷場跡地に向かい、三里塚空港に反対する連絡会が主催の東峰現地行動を取り組んだ。
 連絡会は、「三里塚第3滑走路反対!成田空港の軍事使用を許さない!裁判所を使った農地強奪弾劾!沖縄の軍事基地化許すな!岸田軍拡政権打倒!反原発!」のスローガンを掲げ、用地内にある東峰地区の開拓道路に向かってデモに移った。 前段集会では、大森武徳さん(三里塚物産/続・木の根物語プロジェクト/一般社団法人三里塚大地共有運動の会理事)が発言(別掲)。


 開拓道路デモの後、繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会事務局)は、「再共有化運動40年の今年、空港会社・芝山鉄道会社の持ち分17・98%を共有運動の会が越える18%以上を実現しよう。そのための登記変更カンパも取り組んでいこう」とアピールした。
 最後にシュプレヒコールを行い、行動を終了した。(Y)


 ■大森武徳さん(三里塚物産/続・木の根物語プロジェクト/一般社団法人三里塚大地共有運動の会理事)

 「2023年旗開きへのアピール」

 続・木の根物語プロジェクトの大森です。昨年は皆さんの力添えをいただき、無事木の根プールの補修工事を完了し、2011年以来11年ぶりにプール開きを行いました。
 また、初の試みということでプール開きにつづいて、DJを呼んでナイトプールという形で音楽を行い、管制塔の平田さん、茂住さんも駆けつけてくれて、盛況のうちに終えることができました。
 いろんなイベントを打つ中で三里塚の問題に興味を持ったり、いろんな社会問題に興味を持つきっかけになってくれる若者が増えている。木の根の維持・補修に関わっていきたいという人が年々増えている。彼らは三里塚闘争そのものを知らないが、木の根に来ることで共有地がどのように管理されているか、なぜ残っているのかを知る。非常に大事な場所だと感じてくれたり、これをきっかけに身近な社会問題に取り組む活動を始めた若者もいる。
 人の輪が20代30代40代で増えてきて、こういうことができますという仲間が増えてきました。かつての三里塚闘争のように、いろんな人の技術、力を借りながら、共有地の維持・補修をやっていけたらと思っています。
 私自身が三里塚に参加した時は小学生で、深い部分は伝えきれていないところがある。今はいろんな書籍・動画があり、SNS・ユーチューブで知っていく文化ができている。
 その時、動画・書籍では伝えきれない現地の状況を足を運んで見てもらう。リアルな体験が大事になってきていると感じている。
 今年の木の根イベントについてはまだ未定だが。持ち込みイベントを2つ3つ受け入れて、現地メンバーで夏の納涼祭などをやっていこうと思っている。その中で三里塚の問題、過去の歴史を紹介するブースを三里塚大地共有運動の会で出せればと考えています。長いイベントの途中に資料をじっくり見るというのも、来た人にとっていい時間になるのではと思っています。多い時は20~40代が200~300人集まっているので、そこに三里塚の問題を紹介するブースがあることは効果として大きい。今年は実践していきたい。
 今年も現地の維持活動に参加したいという人たちの輪が広がっていければいいかなと思っています。引き続きご支援のほどをお願いします。

2022年12月12日月曜日

2023.1.8旗開き&1.8東峰現地行動日程

■2023反対同盟旗開き■

日時:2023年1月8日(日)正午
場所:横堀農業研修センター(連絡先:03-3372-9401
参加費:1000円
   /【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟
            (代表世話人・柳川秀夫)

■1.8東峰現地行動■

◦日時:2023年1月8日(日)午後2時30分
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰)
    /集会後、開拓道路に向けてデモ
◦会場への行き方
   /①2023反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動 
    ②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機
    /12:14発  京成上野特急→13:18着 成田→13:34発  京成成田
          →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:40着  東成田 
主催:三里塚空港に反対する連絡会
                           連絡先:03-3372-9401

報告:一般社団法人三里塚大地共有運動の会 第5回総会記念集会

■第5回総会

 12月4日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)と三里塚空港に反対する連絡会の共催で第5回総会記念集会を文京シビックセンターで行った。

 冒頭、事務局の大盛力さんが10月3日に亡くなり、総会参加者で追悼の黙とうを行った。

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会の総会は山口幸夫代表理事の開会宣言の後、山口さんの議長で議事が進み、総会成立を確認した。

 渡邉理事が議案の報告・提案。事務局から補足説明を行い、新たな関西での登記変更の取り組みなど事業活動報告等が報告された。

 第5事業年度事業計画について、大森武徳理事から、「三里塚は古くて新しい問題であり、若い世代に資料・書籍などを積極的に紹介していく。木の根イベントで毎回会のブースを出す、過去の映像での発信を追求する」などの提案が出された。

 総会で提案された各議案は承認された。

 島田清作監事から監査報告、監事退任の挨拶が行われ、「木更津駐屯地に暫定配備されている陸上自衛隊V-22オスプレイが、2023年1月以降、訓練飛行のため立川飛行場へ飛来する。昨年の第4回総会記念集会で『砂川闘争から三里塚へ』というテーマで講演した。反基地闘争が重要な局面に入っている。今後も三里塚闘争に連帯して反基地闘争を闘っていく」と決意表明した。

 総会は最後に山口さんを代表理事に選任、監事に選任された中川憲一さん(管制塔被告団)が総会閉会あいさつを行った。


■第5回総会記念集会

 第5回総会記念集会には36人が参加した。総会に続いて記念集会でも大盛力さんを追悼する黙とうを行った。

 司会の辻和夫さん(事務局)は、「成田国際空港会社は、発着回数を30万回から50万回に増やす空港機能強化を打ち出した。2029年3月までに3500mの第3滑走路を建設し、夜間の飛行時間延長、B滑走路の延伸などを計画している。10月にB滑走路の延伸工事を着工した。さらに天神峰の市東孝雄さんの畑、櫓などの破壊のために千葉地裁に強制執行の手続きを行い、いつでも取り上げられる事態になっている。私たちが利用している横堀農業研修センターに対してもこの夏に周辺の竹藪を伐採した。これは第3滑走路誘導路建設にあたって横堀農業研修センターを通過するため破壊対象となっている。横堀農業研修センターと共有地は、今後、焦点化していく。来年は再共有化運動40年だ。共に闘っていこう」と訴えた。

 山口幸夫代表理事から総会報告と主催者あいさつが行われ、「世の中は大変な事態になっている。一つは、自然環境の変化という気候危機だ。海面上昇によって日本列島が水没する危険性がある。たった今CO2(二酸化炭素)排出をゼロにしても止めることができない。新型コロナは依然と猛威をふるっている。そのせいで大盛さんが亡くなった」と述べた。 さらに「ウクライナ戦争で世界が不安定な状況になっている。日本政府は、敵基地攻撃能力を持つことを提案している。原発政策に対しても強化、再稼働を提案している。日本の政治状況は劣化している。石油、天然ガス、石炭、ウランなどの地下資源に頼る文明は、そろそろ終わりにきている。次なる文明は地上資源によって共生社会をいかに作っていくかということだ。その意味で三里塚闘争は、非常に大きな意味があった。若い人たちとともに頑張っていこう」と発言した。

 繁山達郎事務局長から法人活動の報告が行われ、「来年は再共有化運動40年だ。今後の目標として会は、木の根共有地の持ち分比率で、空港会社・芝山鉄道の持ち分比率をこえる18%以上に取り組んでいきたい。引き続き登記変更カンパを訴える」と呼びかけた。

 山崎宏さん(事務局)の三里塚現地報告では、「空港会社は第3滑走路建設に向けてカネと力を使って工事を進めている。B滑走路の北方延伸に向けて道路の付け替え、周辺の整備を強行している。来年からは本体工事の整備を行う予定だ。横堀農業研修センターは、第3滑走路と既存滑走路との結接点として存在している。横堀農業研修センターを守りぬこう。連動して空港会社は天神峰の市東孝雄さんの土地を裁判所の強制執行という手段によって取り上げようと としている。反対同盟の分裂という歴史的経緯により、直接的に共に闘うことはできないが、三里塚の農民に対する攻撃に断固抗議する。空港は運輸だけではなく戦争国家体制を作るためのインフラだ。岸田政権を打倒していこう」とアピールした。


■三里塚からのメッセージ

 三里塚からのメッセージでは、農作業中の柳川秀夫さんの映像が上映された。

 次に大森武徳理事が映像で、木の根プールクラウドファンディング、プール開き、横堀農業研修センターの取り組みなどを紹介した。

 加瀬勉さんは、「利権政治と個人主義」というテーマでビデオ映像で決意表明した(別掲)。とりわけ加瀬さんは「東京の空調がきいたコンクリートの建物の中で農民運動はできない。三里塚現地とどう向き合うのか」と強調し、今後の取り組みの方向性を問題提起した。また、加瀬さんが長年取り組んでいる「七三一部隊(関東軍防疫給水部)」の闇を暴く資料ファイルが会場に設置されていた。


■第2部は連帯発言

 第2部は連帯発言。

 岡野純一さん(辺野古にカヌーを贈る会)は、会の活動の報告と協力を呼びかけた。また、辺野古現地闘争、おかのまめさんの作品個展などの映像が上映された。

 福島原発刑事訴訟支援団の斎藤春光さんのメッセージが紹介され、「福島原発刑事訴訟支援団が実施予定の、年内弁論再開を求める東京高等裁判所への要請行動への参加をお願い致したいと思います。行動は東京高等裁判所前にてスタンディングとして、12/20、12:00~13:00実施の予定」と呼びかけた。

 大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)は、「羽田空港着陸時の新ルートで3月13日に渋谷区のテニスコートに航空機の氷塊が落下した。国交省に都心ルートの見直しを要求したが、詭弁とすり替えの不誠実な対応を繰り返している。国交省を許さず、安全・環境を守り抜いていきたい」と述べた。

 山田謙さん(東大阪三里塚闘争に連帯する会、関西三里塚闘争に連帯する会相談会)は、「連帯する会は、7団体で構成されている。関西の司法書士とともに一坪共有地移転登記を関西としても取り組んでいる。亡くなる共有者もおり、その後の手続きが大変だった。奮闘して移転登記を継続していきたい」と報告した。

 根本博さん(南西諸島の自衛隊基地に反対する大阪の会)は、「三里塚闘争の仲間たちとともに宮古島で軍事化が進んでいるということで5年前に現地訪問した。大阪で石垣島、与那国、宮古島などに自衛隊基地が建設される事態を伝えていこうということで会を立ち上げた。5回の訪問団を組織した。12月10日に宮古島で展示飛行としてブルーインパルスが飛行する。抗議行動に参加する。三里塚闘争は、軍事空港に反対してきたし、今後、軍事空港も含めて軍事化に反対していこう」と発言した。

 最後に中川憲一監事が閉会あいさつを行い、「3・26管制塔占拠闘争に参加し獄中闘争を闘った。2005年に1億円のカンパを集め政府にたたきつけた。獄中の友人をはじめ色々な友人ができた。布川事件の冤罪被害者・桜井昌司さんが『刑務所に入ったおかげで幸せだった』という気持がわかるようになってきた。これからも死ぬまで友人たちと共に生きていきたい」と発言した。  (Y)




■加瀬 勉さんの決意表明

「利権政治と個人主義」

 三里塚大地共有運動の会記念集会に当たり連帯の決意表明を申し上げます。
 1960年、所得倍増計画国家論。続いて、田中角栄の日本列島改造国家論、以下、歴代の内閣の福祉国家論、災害危機国家論、国家安全保障危機国家論と続いてきたのですが、基本的には国家独占資本の「利益誘導型政治体制」であったと思います。
 これに対して「物取り主義」を目標とする「私生活保守」の中間層といわれた市民層が発生したと思います。議会は形骸化し戦前から引きついできた労農運動も物取り主義に堕落し、市民社会の中に体制内運動に埋没していったと思います。ベトナム侵略反戦運動、政治経済の世界的グローバル化に主体的に対応し、国際的連帯の義務を果たしてきたと言えないと思います。


第三の道を進んできた

 三里塚の農民と連帯する我々は国家独占資本の利権政治経済の前に膝まづき軍門に屈したのか。否、断固とした拒否、空港建設で暴力化した国家に対して生死、生存権をかけて「俺たちは虫けらではない、人間なのだ」と叫びをあげて決起したのであった。
 ①財産権、居住権、思想信条等の基本権を侵害はく奪し、人権主義、民主主義擁護を掲げて闘ってきた。
 ②農地保全、自然破壊反対、人間と自然環境の共生社会の実現に向け地球環境の破壊に反対してきた。
 ③食の安全を求め農薬生産社会を拒否し、食糧は商品ではない人間の生命、命を守るものだ。農地も商品ではない。食糧を独占し、それを武器として世界人民を支配する行為に反対し飢えからの人類の解放を要求してきた。
 ④戦争政策に反対し平和主義に徹してあらゆる人間に対する支配と差別に反対してきた。

 空港建設に反対する我々は利権政治経済に屈服することなく、個人主義に陥ることなく全国の労農市民に対して連帯、協力、共闘を呼びかけ国際連帯の旗を高く掲げて第三の道を突き進んできた。われわれが選択してきたこの第三の道こそ我々自身の将来の未来を約束するものであると確信する。
 それは我々の60余年の空港建設反対の戦いの歴史が証明している。日本財界代表は三里塚闘争を内乱と規定し、三里塚空港建設は戦後自民党政策の中で最大の失敗であったと表明した。
 千葉県の北総の大地の人民が日本の歴史の表舞台で活躍したのは、貴族社会の崩壊、武士社会を出現した平将門の「天慶の乱」と徳川時代書記の「佐倉惣五郎の一揆」である。とりわけ佐倉惣五郎の一揆は日本人民の闘争を今日まで励まし続けてきた。空港建設反対闘争は北総台地の人民の抵抗であり、日本人民の反乱である。先人の偉勲を引き継ぎ、我々も後世に引き継ぐ闘争に三里塚空港反対闘争を発展させてゆこうではないか。


どんな国をつくりたいのか

 我々の立場は、主張は、三里塚空港の廃港である。空港の存在しない国家を作ることができるのか。空港のない国とはどんな国なのか。食糧生産が支配と利潤追求の商品から人間の命の尊厳を守り、人類の飢えからの解放に役立たせるそのための国家とはどんな国家なのか。原発、化石エネルギー中心社会の拒否、それに頼らない国家社会は作ることができるのか。
 我々は平和憲法の戦争放棄の第九条擁護である。世界帝国主義者、ファシストが戦争を行っている現在、武力のない国家、軍隊のない国家は存続できるのか。我々が作りたい国とはどんなものかハッキリした目標をもって活動することが必要である。どのような国を作りたいかということは現国家体制を打ち崩してゆくことである。
 木の根の一坪共有地とプールとペンション。横堀大鉄塔と案山子亭、横堀農業研修センターの土地は国家権力と航空資本の3500m横風滑走路の計画を粉砕した我らの戦歴戦塵の大地である。
 この三拠点の土地は三里塚闘争の拠点であるばかりではなく、日本人民の階級闘争の拠点であり思想の拠点であり、根拠地であり解放区である。
 彼らは土浦─空港─横芝の圏央道の工事、空港拡張工事に着手した。50万回発着の空港拡張計画を断固拒否する。我々は彼らの野望の前に我々は立ちはだかり、三里塚大地に、一坪共有地に熱い思いを寄せ、勇気と誇りと信念をもって日本人民の名において守りぬこうではないか。


墓碑銘

 最後に木の根の一坪共有地の土地を我らに託して身罷った空港反対同盟小川源副委員長の墓碑銘を紹介する。
 故小川源は、1914年1月13日、千葉県山武郡千代田村菱田に父順一郎、母さくの三男として出生。幼少より農業を手伝い長じて軍隊に奉じ、中国北部を転戦。のち戦傷を受けて帰国、再び農業に従事し、1939年に石井さたさんと結婚した。敗戦後、成田市木の根に入植、荒涼たる原野に鍬を入れ、土に血と汗を注ぎこむように開墾、緑の沢野に変え三男三女を育てあげた。
 この間、野菜栽培に研鑚を深め、遠山出荷組合の創設に参加、長年組合長を勤めた。この時、日本政府は突如成田空港の建設を発表、一方的に空港予定地とされた源は、空港反対に決起、「農地死守」のため不屈に闘い続けた。
 1981年、フランス、ドイツに反対同盟派遣団長として趣き、世界の人々に空港反対の意義を訴えた。農業に反対運動に前身全霊を賭けるも、1992年6月3日心半ばにして不帰の客となった。その生涯は理不尽なる国家に対してあくまでも一人の農民として熱く生き抜かんとするものであった。
 1992年9月建立
 〈注 小川家の墓地は三里塚町内共同墓地に建立されている〉


 一坪共有地運動悲劇

 小川剛正さん一家、小川和一、小川明治、小川源、小川七郎さんの空港反対の意志のこもった、木の根宇拓美の土地の譲渡を受けた私は「最後まで反対闘争を貫いてくれ」の意志遺産を私一人が引き継ぐのではなく反対同盟の農民、三里塚闘争に参加している全国の人々、日本の階級闘争に参加している人々に共有して欲しいと私は願った。譲渡を受けた土地を一坪共有化運動に提供した。
 しかしそれは不動産売買運動であると中核派に決めつけられて全国的に暴力、テロの迫害が発生した。私も金沢、横浜、三里塚長原で迫害を受けている。共有化運動推進政治団体の一部も運動を放棄した。芝山鉄道建設で相川勝重町長、三里塚シンポジューム派は、闘争終止符を打ちだし全国的に一坪共有地解消運動を起こした。堀越昭平三里塚大地共有委員会委員長が脱落するに及んだ。
 小川一家、明治さん、源さんの空港建設反対の意志の遺産と土地は空港会社、芝鉄会社の攻撃、中核派のテロ、三里塚の農民の解消運動等にあって迫害され、蹂躙され裏切られる結果に終わっているのである。
 私は権力に反対闘争の意志と土地を売り渡した裏切り者を絶対に許しはしない。階級敵として糾弾する。
 最後に今後の闘いとして①アジア、太平洋地域に新たなる軍事同盟を作ろうとしている ②防衛予算の増大を図っている ③装備を近代化して専守防衛から攻撃に ④港湾、空港を積極的に軍事に利用することに対して闘っていこう。そして、 ⑤戦争政策に反対し、空港を絶対に使わせない闘いを共に行っていくことを確認したい。



2022年11月4日金曜日

12.4 第5回総会記念集会

集会案内

■日時 12月4日(日)/午後1時30分開場、午後2時開始/資料代 500円
■会場 東京・文京シビックセンター4階ホール (地下鉄後楽園駅下車)

■主催者挨拶・総会報告 山口幸夫(代表理事)

■決意表明 加瀬 勉さん(前・三里塚大地共有委員会代表)

テーマ:「利権政治と個人主義」:ビデオ報告

 
■メッセージ 柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)/大森武徳さん(当会理事/続・木の根物語プロジェクト)

■活動報告 事務局

■連帯発言 岡野純一さん、おかのまめさん(辺野古へカヌーを贈る会)、斎藤春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)、大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)、渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会)

■主催 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
■共催 三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
■連絡先/〒151-0061 東京都渋谷区初台1-50-4-103
       一般社団法人三里塚大地共有運動の会
     電話 03-3372-9408 /FAX 03-3372-9402
        メールアドレス  kyoyusanrizuka.net


 三里塚大地共有運動の会は「三里塚大地共有委員会Ⅱ」の運動を受け継ぎ、この4年間、所有者不明土地対策を口実とした共有地強奪の動きに対決して共有地を守り抜くために、会への共有地登記変更を進めてきました。同時に現地での様々な活動・イベントに共有地・現地拠点を活用してきました。
 国・成田空港会社は成田空港の航空機発着回数を現状の年間30万回から50万回とする機能強化計画を18年3月に決定。2029年3月までの第3(C)滑走路(3500 m)建設、夜間飛行時間延長、B滑走路再延伸(3500m)を打ち出した。
 コロナ禍での国際航空需要激減にもかかわらず、年間50万回計画を基に、田村明比古・成田空港社長は、コロナ水際対策の大幅緩和に「大きな期待」、「新しい時代の空港を作り直すチャンスだ」(9月29日会見)として29年3月までの完成計画をごり押し。国土交通省は23年度概算要求で第3滑走路建設支援などで成田空港156億円を要求。
 10月19日、空港会社はB滑走路千メートル延伸のための準備工事に着手。さらに来年23年度中の第3滑走路新設に向けた準備工事着工を計画。共有地に建つ横堀農業研修センター(旧労農合宿所)は第3滑走路誘導路予定地とされ、強奪が狙われています。
 来年2023年には所有者不明土地対策を口実とした相続・転居時の登記を罰則付きで義務化する登記義務化法=改定民法・不動産登記法が一部施行されます(義務化は24年から順次施行)。2018年から制定が進められてきた一連の所有者不明土地法制は、基地周辺・国境離島の住民の人権を侵害する「土地規制法」(22年9月20日施行)と同様、国家の「公共性」を住民の人権より優先する法律です。登記しなければ土地・共有地を奪われる登記義務化、第3滑走路計画に対決して共有運動の会は活動していきます。
 三里塚大地共有運動の会は、再共有化運動40年となる2023年の大地共有運動へ向けて第5回総会記念集会を12月4日に開催します。


2022年7月24日日曜日

報告:7・17三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査

  7月17日、三里塚空港に反対する連絡会は、「三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査」を行い、30人が参加した。
 前段集会は旧東峰共同出荷場跡で行い、山崎宏さん(労活評)の司会で始まった。

平野靖識さんの発言

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「最近は畑でのらっきょう作り、『三里塚歴史 考証室通信 第2号』製作で忙しかった。ただ(コロナ禍の影響で)飛行機の離発着が少なくて静かです。らっきょう作りの農家さんが減っていましたが、ようやくらっきょう作りの農家さんたちが出始めています。
 三里塚物産の創設者の1人である佐山忠さんが亡くなった(6月18日)。佐山さんは、1967年ごろ毛沢東派の日中の活動家として三里塚に入り、駒井野で活動していた。私は、戸村一作さんの紹介で佐山さんを訪ね、共に活動を行ってきた。71年、3月の第一次代執行の時、佐山さんは一坪運動用地の第5地点の松の木、通称『鳥の巣』と言われる小屋に立てこもった。クレーンで倒される時、『ふるさと』を唄っていた。この時の映像が世界にも発信され、多くの人に三里塚に共鳴することになった。その後、農家の経済を支えるために有機農法を勉強したり、三里塚物産を立ち上げた。50年をめぐる同志であったが先月亡くなった(79歳)」と報告した。
 「死んだというと安倍元首相が死んだ。私はテロは絶対にいけないことだと思っている。でも近畿財務局の赤城さんが、あのような形で死ななければならなかったか。奥さんが死んだ原因を追及したいという思いを考えざるをえない。安倍が死んで『さくらを見る会』など真相が明らかにされなくなってしまうのではないか。だから『冥福を祈る』という気持ちはありません」と述べた。

渡邊充春さんからのメッセージ

 続いて渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会・関西三里塚相談会の)からのメッセージが紹介された。
 「1月に関西の旗開き、共有運動の会の報告集会を行い、30人が参加した。司法書士さんと繋がりができ、関西でも一坪共有地の一般社団法人三里塚大地共有運動の会への登記変更を独自で取り組み始めた。現在、数名の登記変更が終了し、今後も変更を実現していきたい。
 4月10日に関西新空港反対!泉州現地集会を泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会の主催で行い、40人が参加した。11月6日にも現地集会を行う。
 6月17日には南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会の主催で「南西諸島のミサイル基地化を問う」講演集会を行い、40人の参加した。現地への派遣団を準備している。
 関西の地においても三里塚第3滑走路反対の闘いを共に作っていきます」。

繁山達郎さんの発言

 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会)は、「4年前に一般社団法人三里塚大地共有運動の会を立ち上げ、共有地を守っていくために一坪共有地を法人に登記変更する取り組みを行っています。共有地の管理として、横堀農業研修センターの整備を行ってきた。木の根ペンションでは大森武徳さんが中心になってプール再開にむけて準備を進めている。『次の世代に結びつけていくためのプール開きに向けて協力してほしい』『国際空港のド真ん中でプールパーティーを実現したい!』 (https://camp-fire.jp/projects/view/605558)と呼びかけ、クラウドファンディングへの協力を呼びかけている」とアピールした。
 集会終了後、デモに移り、空港用地内の開拓道路に向かった。



山崎宏さんの発言

 開拓道路内で山崎さんは、「現在の空港の使用状況は、B滑走路だけでもほとんど飛行機の離発着がない。柳川さん宅はB滑走路の南側から進入してくる時、真下にあるが『静かでいいぞ』と言っていた。第3滑走路ができたら騒音が拡大する。夜間飛行の時間帯も大幅に延長される。騒音の被害を受けている横芝光町などが厳しい状況に追い込まれてしまう。多古町の有志は、第3滑走路の運用をストップしてくれという訴えを行っている。空港の使用は、武力攻撃事態法の下で民間だけでなく米軍、自衛隊の軍事使用もありうる」とアピールした。


岡野純一さんの発言

 岡野純一さん(たんぼくらぶ)は、「おかのまめ 切り絵個展 成田の農家さんシリーズ 『大地の唄声』(8月5、6、7日/11:00~17:00/会場:源右衛門&space 24 sekki 成田市大袋427─1/京成本線「公津の杜」駅から徒歩20分)」を紹介した。
 さらに成田空港滑走路に向けて「第三滑走路建設反対!飛行制限時間緩和を許さない!空港粉砕!全国の反空港闘争と連帯して闘うぞ」とシュプレヒコールを響かせた。


第3滑走路予定地現地調査

 デモは、旧東峰共同出荷場跡に戻り、一般社団法人三里塚大地共有運動の会と共催で「第3滑走路予定地現地調査」に向かった。
 第1調査地点は、香取郡多古町一鍬田(ひとくわだ)の一鍬山(いっしゅうざん)福泉寺。 第三滑走路建設によって福泉寺も含めて集団移転の対象となっている。空港内関連施設なども、この地域周辺に建設しようとしている。
 すでに集団移転先について平山富子 多古町長は、「移転者や騒音地区の皆さまが多古町に残っていただけるよう、関係機関と連携を図ります。今後の開発が期待されている多古台JRバスターミナルに隣接する町有地について、NAAに移転者用地として譲渡させていただきました」と明らかにしている(2022/04/15 日刊建設タイムズ)。
 仲間たちは、成田空港第三滑走路建設によって多古町のコミュニティが破壊されようとする現場を直視し、あらためて巨大開発の犠牲を民衆に押し付けようとする暴挙に怒りを感じた。
 第2調査地点は、B滑走路南端。かつて丹波山と呼ばれてきた地点だ。すでに滑走路整地のために砂利を堆積し、砂利山ができている。
 さらにB滑走路南端地点と第三滑走路を接続させようとしている。そのために誘導路を建設しようとしている。誘導路は横堀農業研修センターが存在するルートを通り接続させようという計画だ。
 だから空港会社は、横堀地域を整備する計画だが、当然、横堀農業研修センターは排除対象だ。すでに空港会社は、横堀地域の埋蔵文化財調査活動を終了させ、次の計画に向けて様々な策動を押し進めている。
 第3地点は、成田空港外周通りから空港使用や拡張状況を車中からチェックした。


柳川秀夫さん宅訪問

 調査後、仲間たちは、柳川秀夫さん(三里塚芝山空港連合反対同盟(代表世話人)宅(芝山町香山新田)に向かった。
 柳川さんは、農作業中だったが笑顔で迎えてくれた。
 交流会の中で柳川さんは、「おかげさまで飛行機があまり飛んでいないから静かだ。いつもだったらビニールハウスがジェット機の排気ガスによって黒く汚れているんだが、そうでもない。第三滑走路建設に向けてどんどん進めている感じでもない。ただ、出ていく人達は土地を売るなどの準備をしている。後継者もいないし、若い人たちは便利な都会に出てしまっている。昔みたいに集落で残る人はそんなにいない。残るにしても移転を強要され、移転先さえも決められている。集団移転のケースはほとんどない。いわゆる村落共同体は、とっくにないから集団で助け合うこともない。会話だってなくてもスマフォがあればいいという感じだ」と述べ、成田空港という巨大開発によって地域コミュニティーが壊されてきた現状を批判した。
 さらに、「残る農家にしても外国人労働者を雇って企業的な農業へと転換しつつある。名前としては農業だが、実態は会社経営と同じだ。家族で農業を行い、自然の中で暮らしていく考え方は、どんどんなくなってしまっている。巨大開発によって、なおさらそのような考え方が促進されてしまった。芝山町は、町民が出ていくのを止めるために住宅開発計画を作っているが、そのような計画に乗っかるような人はいない。芝山鉄道の芝山千代田駅前にビルを建てて開発する計画もたてているが、なんら財政的、人的根拠もないから絵に描いた餅になる。そもそも空港関連職員以外の人々がここまで来ることは考えられない。俺は、土地を手放すつもりはないから計画は進まないだろう」と指摘し、空港開発に便乗した歪んだ構造を明らかにした。
 とりわけ柳川さんは、「ロシアのウクライナ侵略戦争によって、じわじわと肥料価格が上がってきている。この先、深刻な事態に入っていくだろう。空港会社だって借金だけ増えていくだけだ。土地買収予算は組んでいるが、滑走路工事費など膨大な額とならざるをえない。滑走路を大きくすると言っているが、現実とあっていない」と断言した。
 さらに交流は深められ、今後の横堀地区整備、横堀農業研修センター、鉄塔や案山子亭の管理・維持などについて議論が続いた。
 調査行動は、木の根ペンションに向い一坪共有地とプールなどを視察し、終了した。

(Y)



2022年6月1日水曜日

7.17三里塚・東峰現地行動&第3滑走路予定地現地調査

 飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対!
岸田自公政権打倒! 反原発─再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

◦日時:7月17日(日)午後1時集合
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
 /集会後、開拓組合道路に向けてデモ/デモ後:第3滑走路建設予定地などを調査
  (共催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会)
◦会場への行き方
 京成東成田駅地上 12時集合 迎えの車待機
 /10:14発  京成上野特急 →11:18着 成田→11:34発  京成成田 →乗り換え
  京成東成田線  [芝山千代田行き]→11:40着  東成田
  (★乗車する方は、事前に、連絡会に電話かフックスを送ってください)
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
          連絡先:東京都渋谷区初台1-50-4-103/03-3372-9401
                     FAX03-3372-9402




  ロシア軍のウクライナ侵略糾弾!

 2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻し、ウクライナ戦争が始まった。ロシアの軍事進攻は民衆の平和的生存権、他国の主権を武力をもって蹂躙するものであり、断じて許されない。ロシア軍は直ちに停戦し、撤退しなければならない。

   岸田政権の戦争国家化を許さない

 岸田自民党政権はこのウクライナの戦争を最大限利用して日本社会を戦争できる国に変えようとしている。アメリカの世界戦略に追随し軍事力強化を推し進めようとしている。防衛費のGDP比2%以上増額、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えて保有する、さらに「核共有」までも言い出している。そして 改憲を一気に仕上げようとしている。政府は沖縄・辺野古新基地建設を住民の意志を踏みにじって強引に推し進め、琉球弧の軍事要塞化を図っている。戦争でいつも犠牲になるのは民衆だ。世界の反戦闘争と連帯し、戦争政策を進める自国の政権を打倒しよう。

 むだな第3滑走路建設NO

 政府・国交省―成田国際空港会社(NAA)は「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化」として2029年3月までの第3滑走路共用開始を目指し計画を進めている。
 空港会社は延伸する第2滑走路や、新設する第3滑走路の準備工事を本年秋頃から始めることを明らかにしている。田村明比古社長は「航空復活元年」「反転攻勢の年に」などと年頭に決意を表明している。我々は農地を強奪し、住民を騒音地獄にまきこむ機能拡大―第3滑走路建設に断固反対する。
 第3滑走路の建設による騒音被害の拡大、永続化が懸念される住民が、千葉県と空港会社に対して第3滑走路計画を凍結する要望を出した。横芝光町は既存の滑走路(A・B)の騒音下にあり、従来から騒音被害を受け続けてきた。
 第3滑走路が完成し供用されることになるとそれは町中心部を含めて広範囲に拡大することになる。第3滑走路の運用に伴って飛行制限時間が大幅に緩和され、飛行機が離着陸しない時間は1日の内4時間しかないことになる 住民は「今までの騒音とはレベルが違ってくる。人口密集地帯でも騒音問題が大きくなるだろう」と訴えている。住民の犠牲を顧みることなく、ひたすら利潤のみを追い求める政府―資本の第3滑走路建設を許すことはできない。共有地を奪う登記義務化法に反対し、大衆運動を弾圧する戦時法「重要土地調査既成法」を廃止させる闘いを進めよう。
7・17三里塚現地に結集し共に闘おう!
2022・5・23

2022年1月15日土曜日

報告:2022反対同盟旗開き

 主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)


 1月9日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2022反対同盟旗開き」を行い、43人が参加した。
 新型コロナウイルスの感染拡大による航空需要が国際的に後退しているにもかかわらず斉藤鉄夫国交相は、「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化だ」(21・10・6)と述べ、資本の利潤をひたすら追い求める成長路線に必死にしがみつこうとしている。その現れとして2022年度政府予算案では第3滑走路新設や第2滑走路延伸などに176億円を計上した(12・24)。
 この国交省路線に基づき成田国際空港会社(NAA)の田村明比古社長は、成田空港の第2滑走路延伸準備工事を2022年秋ごろに始め、第3滑走路建設を23年度着工を強行することを明らかにした。また、田村は用地買収の交渉について「地元のみなさまに丁寧な説明や情報提供を行って計画を進めていきたい」などと言っているが、その実態はカネを積み上げ、必要に応じて司法を使った立ち退きの強要を策動している。この目論見と連動して、土地登記を罰則付きで義務づける登記義務化法(改定民法・不動産登記法/21・4)制定し、所有者不明土地収用を押しすすめようとしている。このターゲットは、明らかに三里塚一坪共有地の強奪だ。24年から相続登記、住所変更登記の義務化を強行する。一坪共有地を防衛し、一般社団法人三里塚大地共有運動の会が取り組む移転登記の取り組みを支えていこう。
 人権侵害・環境破壊に満ちた成田空港の機能強化に対して反対同盟は、木の根ペンションと一坪共有地、横堀鉄塔と案山子亭、横堀農業研修センターの拠点を守り抜き、岸田政権と成田空港会社の野望と真向から対峙し、空港廃港に向けた闘いを打ち固めるために旗開きで闘う意思一致を行った。

 旗開きは山崎宏さん(労闘・労活評)の司会で始まり、「新型コロナウィルスの感染が急速に拡大している。利益だけを追い求め続ける在り様の反映だ。岸田政権と空港会社は、空港機能拡張ということで第3滑走路建設に邁進している。秋には北側延伸に向けて東関東自動車道のトンネル化を着工しようとしている。第3滑走路本格着工を24年に始めると宣言した。私たちは、闘いを継続し、発展させていこう」と挨拶した。
 柳川秀夫さん(反対同盟大代表世話人)は、「皆さん、今年もしぶとく生きていこうと思います。コロナ感染の拡大は、文明自身が問われている。どのように闘っていくか、まさに時代の使命として考えていきたい。第3滑走路建設は、今、求められている状況とは真っ向から逆行したものだ。成田の緑をまる裸にし、どれだけ自然界に負荷をかけるのか。経済優先、巨大開発は見直さなければならない。百姓をやっていて環境が厳しくなってきていることは身体で実感している。自然の変化のほうが早くなっている。食べ物も相当深刻な問題となってくるだろう。空港の拡張もここにきて無理だということがはっきりしている。これからも頑張って闘っていこう」とアピールした。
 加瀬勉さん(多古町)は、「スウェーデンの環境活動家グレタさんには大いに励まされた。『空飛ぶ飛行機は恥だ。私は乗らない。たった一人のストライキ、G7は喋っている時ではない、行動を起こせ。G7、あんなものは指導者ではない。ここにいる私たちが指導者である。地球を、私たちの未来を壊す者を絶対に許さない』と語った。彼女の言葉と行動には人間としての勇気、決意、未来に対する責任がある。三里塚闘争50年余心新たにして闘いを継続してゆこう」と呼びかけた。
 さらに「この8月から用地の買収と工事用の道路の建設がはじまる。農地を強奪し、環境を破壊し、騒音地獄を作り出す拡張工事に断固反対する。福島の汚染水海上投棄問題、名古屋中部空港拡張、大阪万博問題、沖縄辺野古新基地反対闘争など全国の人々と共闘して闘いの輪を広げてゆこう」と述べ、最後に第3滑走路建設による追い出し攻撃を許さず、「私は絶対に移転をしません」と力強く宣言した。
 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚歴史 考証室通信」(創刊号)の紹介、取り組みを報告した。
 渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会/関西三里塚相談会)は、「1・30関西三里塚闘争旗開き&大地共有運動報告」、「南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会」の取り組みの報告、アピールを行った。
 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会・事務局長)は、21年12月12日に行われた一般社団法人三里塚大地共有運動の会第4回総会と記念集会、一坪共有地移転登記の取り組みなどを報告した。さらに「三里塚共有地管理・登記変更第2次カンパの呼びかけ」を報告し、「共有地を奪う登記義務化に対抗し、三里塚大地共有運動の共有地を共に守り抜くため、第2次登記変更カンパへの協力を呼びかけます」と訴えた。(カンパアピールは別掲)
 続いて管制塔被告団の中川憲一さん、連帯社、日米安保終了を通告する会、労闘・労活評、新時代社から連帯アピールが行われた。

 旗開き終了後、東峰の旧共同出荷場跡に移動。三里塚空港に反対する連絡会が主催する「1・9東峰現地行動」が取り組まれ、開拓道路から成田空港滑走路に向けて「第3滑走路建設をやめろ!成田空港を廃港にするぞ!」などのシュプレヒコールを行った。(Y)

■三里塚共有地管理・登記変更第2次カンパの呼びかけ
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
(代表理事 山口幸夫)

 三里塚に心によせる皆さん。共有地管理・登記変更カンパを呼びかけます。
 三里塚大地共有運動の会は、柳川秀夫さん、加瀬勉さんの呼びかけで三里塚大地共有委員会Ⅱの活動を受け継いで2018年に設立しました。共有地強奪につながる所有者不明土地対策立法、共有者の物故・相続による共有地分散化による空港会社の買収という動きに対して、個人から法人(共有運動の会)への登記変更、共有地の管理を目的に立ち上げたものです。
 共有運動の会では発足時に共有地登記変更を目的にしたカンパを全国の仲間に呼びかけ、400万円の協力をいただきました。この3年間で木の根と東峰の共有者100人(故人を含む)の持ち分の共有運動の会への登記変更(費用1件4万円前後)を行い、第1次カンパを使い切りました。
 2021年4月、所有者不明土地対策立法の仕上げとして、土地登記を罰則付きで義務づける登記義務化法(改定民法・不動産登記法)が成立。既に成立している所有者不明土地収用を知事の判断だけでできる制度、判明している共有者だけの同意で「不明」の共有者の持ち分まで買収できる制度などと合わせ、相続・転居などで登記変更しない状態が続く共有地の取上げへつながる法律です。相続登記、住所変更登記の義務化は24年から順次施行されようとしています。
 成田空港会社は新型コロナによる国際線旅客数9割減にも関わらず、2029年3月までの第三滑走路建設・B滑走路延伸などの成田機能強化を推し進めており、登記義務化はこれに連動した動きです。
 これに対して、共有運動の会では登記変更に引き続き取り組んでいきます(再共有化から40年近く経っているために手続に時間がかかるケースもあります)。また、共有地に建つ横堀農業研修センターや木の根ペンションの管理・保全の活動、イベントなどへの協力を進め、空港会社による司法を使った共有地強制買収と「任意」買収の目論見に対決していきます。
 登記変更に係る手続きは専門職(司法書士)に依頼し、法務局への手続きの費用は会費・カンパから共有運動の会が負担しています。この間イベントや集会の際にしてカンパをお願いしていますが、1次カンパを使い切ったため、全国の仲間の皆さんに改めてカンパ協力をお願いすることになりました。
 共有地を奪う登記義務化に対抗し、56年間続く三里塚大地共有運動の共有地を共に守り抜くため、第2次登記変更カンパへの協力を呼びかけます。
 2022年1月
  一般社団法人三里塚大地共有運動の会(代表理事 山口幸夫)

◆共有地管理・登記変更第2次カンパ  目標額 200万円
 カンパ送り先 郵便振替口座 00130-6-697201
 口座名 一般社団法人三里塚大地共有運動の会
連絡先▼東京都渋谷区初台1-50-4-103一般社団法人三里塚大地共有運動の会
TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402  kyoyu@sanrizuka.net



2021年12月17日金曜日

報告:一般社団法人三里塚大地共有運動の会「12・12第4回総会&記念集会」

  12月12日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、文京シビックセンターで「12・12第4回総会&記念集会」を行った。
 午前中、第4回総会が行われ、山口幸夫代表理事の開会宣言の後、総会成立を確認。山口議長によって議事が進められた。
 渡邉充春理事が事業報告、事務局長の繁山達郎さんが諸報告、島田清作監事から監査報告が行われた。
 さらに繁山さんは、「第4年度事業計画」①法人への登記変更推進のための共有者への呼びかけ・変更手続きを継続する。第2次登記変更カンパ集めを呼びかける。②共有地、第3滑走路計画などの三里塚現地調査に取り組む。③反対同盟旗開き、東峰現地行動、ペンションイベントに協力。④共有地強奪につながる所有者不明土地対策法制・登記義務化法の施行に反対する。─を提案し、各議案は全会一致で承認された。


 続いて文京シビックセンターで「一般社団法人三里塚大地共有運動の会第4総会記念集会」が行われ32人が参加した。

 集会は、辻和夫さん(事務局)の司会あいさつで始まった。

 主催者あいさつが山口幸夫代表理事から行われ、午前中の第4回総会を報告し、「総会でも取り上げたが、所有者不明土地対策法制・登記義務化法の施行(2024年以降)までに登記変更手続きが間に合うかどうかだ。現在のところ煩雑な事務作業、書類の取り寄せなどのため遅れている。なんとか頑張っていきたい」と強調した。

 さらに「9・16闘争から50年、三里塚芝山連合空港反対同盟が結成されてから55年になる。砂川闘争が始まって66年になる。大きな時間がたっているが、この間、大きな事態が起きている。ひとつは、気候危機という世界的な問題として、非常に差し迫っている。気候変動に関する第6次報告書が8月に出た。温暖化が人為的な影響であることに疑いえない。炭素を出してはいけない課題がつきつけられている。2つ目は、新型コロナの問題だ。いまだに全容がわからない。オミクロンの変種も登場している。三つ目は、もう11年になるが東京電力福島第一原発事故だ。あと始末が進んでいるとはいえない状況だ。100年の仕事になる」。

 「この3つの問題は、反対同盟が土地を奪われない、緑の大地を、という主張を行い、体制側は工業化社会を進めるために、とぶつかりあった。地球的課題の問題として3つの問題は、これこそが工業化社会のツケだ。体制側は、脱炭素のために原子力発電所を進めると言い出している。一坪共有運動は、共有者の年齢が高くなっている事態があるが、緑の大地を取り戻す、農的価値を取り戻すことはもっとも重要な課題だ。新しい会員、賛助会員を増やし、全国の皆さんと進めていきたい」と述べた。

 三里塚現地から柳川秀夫(三里塚芝山連合空港反対同盟・代表世話人)さんからのメッセージが紹介さたれ。

 「反対闘争が始まって55年になりました。機能強化とのかけ声で農地山林が丸裸にされた所が目立つようになりました。
 一方、地球温暖化が世界で認識され、その対処が真剣に議論される現在、滑走路建設という開発によって広大な緑の大地を丸裸にする。南米等では焼畑が大きな問題になっているが、同質の問題です。
 ブレーキのかからない生産、消費、経済活動、時あたかもコロナ感染が世の中を席巻し、また気象変動による災害も大規模になっている様は、人間の改たまらぬ行為に自然界が自助努力により、元にもどそうとしているかのようです。
 言いかえるなら自然界が力によって人間を服従させるともいえます。
 そんな中、共有地の役割は存在があることで既存の社会の流れに逆らう意味でもあり、もう一つの価値観を発信する場所でもあります。
 故連合反対同盟副委員長小川明治さんの戒名は『闘魂必成木ノ根居士』です。共有地は『闘魂必成』、気概の置き場所でもあります。共に健闘を。」

 続いて加瀬勉さん(前・三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)からの「12・12連帯メッセージ」「ここで戦わずして どこで戦うとゆうのだ」が紹介された。加瀬さんは、「砂川の日本人民の闘争が冨里に八街にひきつがれたのである。そして三里塚闘争へ」と熱烈にアピールしている。

 山崎宏さん(事務局)は、24年滑走路着工と芝山町長選などの三里塚現地状況について報告した。

 大森武徳さん(同会理事/三里塚物産代表・東峰らっきょう工場)はビデオメッセージで「2011年から木の根ペンションのプールの整備などを行い。プール開きをした。その後、ペンションでイベントを企画し、その都度、三里塚に関心がある若い方、少しは関心がある方たち100人から400人が参加した。若者たちは、事前にユーチューブなどを観たりして三里塚の歴史を勉強していた。『ペンションは魅力があり、大事な場所ですよ』とメッセージを送ってくる人もいた。次の世代に繋げ、愛される場所になりつつあるなと実感しています。私は三里塚で生まれ、様々なところに思い出があります。実家もなくなり、思い出の場所がなくなって、寂しいところもあります。しかし、労農合宿所(現・横堀農業研修センター)、木の根ペンション、横堀鉄塔、案山子亭も残っている。一般社団法人三里塚大地共有運動の会によって縦のつながりによって各世代が結びつく契機となる。今後もしっかり育てていきたいです」と語った。

 なお会場には、三里塚物産の無農薬落花生落花生が並んでおり、いつも人気だ。

 繁山事務局長は、法人活動を報告し、「移転登記の取り組みが、書類の取り寄せなど煩雑な事務作業によって遅れています。遅れを取り戻す対策は色々と議論しています。所有者不明土地対策法制・登記義務化法の施行(2024年以降)までに、なんとか遅れを取り戻し、一坪共有地運動を押し進めていきます」と発言した。

 島田清作さんの講演「砂川闘争から三里塚へ」が行われた。(講演要旨は別掲)

 第2部は連帯発言。

 山田謙さん(東大阪・三里塚闘争に連帯する会)、根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会)、和多田粂夫さん(元管制塔被告団)から活動報告、今後の闘いに向けた決意が表明された。

 最後に渡邉充春理事が閉会あいさつを行い、終了した。(Y)


■講演砂川闘争から三里塚へ  砂川の闘いの今日的な意義  島田清作さん

 ことし砂川闘争が始まって66年目になります。かつての「防衛白書」の年表には1955年の欄に「5月8日砂川基地闘争始まる」と記されていましたが、ついにこの記述がなくなりました。いずれにしても政府刊行物にも記述されていた「砂川基地闘争」とは一体、何だったのでしようか。

 砂川闘争とはアメリカ軍立川飛行場の拡張をめぐって、足かけ15年にわたり続いた大きな住民運動のことを指しています。
 アメリカ軍立川飛行場の前身は大日本帝国陸軍の飛行場でした。1922年、当時の立川村と砂川村にまたがって作られた小さな飛行場はやがて拡大強化されて、太平洋戦争のときには軍都立川といわれ、1945年敗戦によりアメリカ軍に占領されてからは、朝鮮戦争、ベトナム戦争の出撃拠点となりました。
 朝鮮戦争休戦後の1955年、大型機の離着陸のために更に滑走路を延長することがアメリカ軍から要求されたのですが、砂川の農民たちは、強制収用のための土地測量にあらゆる方法で抵抗し、裁判所や東京都収用委員会でも論陣を張って一歩も譲りませんでした。
 ついに、1968年、アメリカ軍は拡張をあきらめ、翌69年、邦も収用認定を取り消し、15年の闘いに終止符が打たれました。やがてアメリカ軍は横田基地に移り、1977年、580万㎡の基地は日本へ全面返還されたのです。

闘争にみる特筆すべき4つの側面

 今振り返ってみると、この闘争は憲法との係わりで大変重要な意味を持っていたと言えます。
 その第一は国家と対決して住民の生活と地方自治を守る運動であったということです。
 1955年5月4日、東京調達局(現防衛省北関東防衛局)が砂川町の宮崎伝左衛門町長に基地拡張の通告を行ったのですが、それは140戸の農家と17万㎡の農地を奪い、町の中心を通る都道五日市街道を分断するものでした。町長はすぐにこの通告を地元住民に説明しました。
 同月12日には臨時の町議会が開催され、満場一致で反対を決議し、町議会議長を委員長とする反対闘争委員会がつくられました。宮崎町長は、調達局が土地収用のために行う立入り調査に反対して公告を拒否し、東京都知事の職務執行命令にも従わず、基地拡張のための一切の法的手続きを拒否しました。砂川町は、町ぐるみでアメリカ軍基地の拡張に反対したのです。
 第2は、自由と権利を自らの努力で保持するという憲法第12条の実践であったことです。国が農民の抵抗を警察官の暴力で排除して測量を強行していったとき、農民たちは「土地に杭は打たれても心に打たれない」という青木市五郎行動隊長(後の立川市議会議員)の言葉を合言葉にして、団結を崩さずに闘い続けました。
 警察官の警棒に投擲され1000人を超える負傷者が出ましたが、自らも重傷を負った日本山妙法寺の西本敦上人は「流すべき血は流さなければならない、失うべき命は失わなければならない。その後に平和な独立日本が訪れる」と説きました。万余の労働者、学生、市民が砂川にかけつけ、誰もが身を挺して自由と権利を守ろうとしたのです。
 そして第3は、豊かな生活のための農地か戦争のための軍事基地かの選択であり、非戦非武装の憲法か日米安保条約かの選択であったということです。
 砂川の農民たちは戦前戦中は旧日本軍に、戦後はアメリカ占領軍に多くの土地を取り上げられてきましたが、もうこれ以上、戦争のために土地を提供することを拒否したのです。
 この闘いの中で、東京地方裁判所の伊達秋雄裁判長は「駐留アメリカ軍は憲法9条に違反しており、憲法上その存在を許すべからざるものである」といって反対運動の人々の基地立入りに無罪の判決を言い渡しました。
 第4に砂川闘争は大衆的な実力闘争と法廷闘争の結合、あらゆる階層の人々の共同行動という面でも特筆すべきものでした。
 地元の農民、労働者、学生が無法な測量とそれを擁護する警察権力の暴行に徹底して非暴力で抵抗したのと併せて、法廷でも総評弁護団を中心とした数々の抵抗が繰り広げられました測量のために農地に立ち入ってはならないという仮処分申請、東京都がなした土地収用のための公告の取消し請求、内閣総理大臣がなした収用認定取消し請求、飛行場内土地の明渡し請求、東京都収用委員会の審理裁決権限不存在確認請求の裁判などです。
 また、64年4月から始まった収用委員会の審理には、毎回多数の農民と労働者が三多摩労協の借り上げたバスで東京都庁まで傍聴にかけつけ、66年暮れまで傍聴にかけつけ、13回を闘いぬきました。
 この間も防衛施設庁による反対同盟への執拗な切り崩し工作は続き、66年の米軍機墜落炎上事故をきっかけとした多くの農家の移転と、買収済国有地の立入り耕作禁止、柵設置の通告を契機に、現地は10年ぶりの緊張につつまれました。
 このとき、ベトナム戦争反対闘争に取り組んできた三多摩反戦青年委員会は、反対同盟役員と共に全国に砂川の危機を訴えて歩いて現地での集会を盛り上げ、一方、美濃部亮吉東京都都知事の出現により収用委員会の審理が中止になったこと、ベトナム戦争によるアメリカ財政の逼迫などとあいまって、ついに68年の拡張中止になったのです。

 砂川闘争のその後と今日的課題

 (1)米軍は69年11月、立川基地での飛行活動を停止し全部隊を横田基地に移駐させました。使わなくなった基地の跡地について市民は、米軍から返還を受けて平和利用を実現するよう国に働きかけたのですが、国は米軍基地のまま自衛隊に使わせる計画を進めました。
 立川市議会は71年10月、「自衛隊移駐反対」の意見書を満場一致で決議し、国に提出しましたが、72年3月、陸上自衛隊東部方面航空隊が強行移駐してきました。立川市は76年1月、米軍や自衛隊の使用を認めない「立川基地跡地利用計画市案」を決定し、立川市、昭島市、東京都の三者で協力して実現していく方針を固めました。
 77年11月、米軍から全面返還を受けた国は78年10、自衛隊基地を中心とした利用計画を発表、これに対して市民は「基地のない市案」か「基地中心の国案」かを住民投票で決めることを求める直接請求運動を始めましたが、79年2月、市議会は直接請求条例案を否決、結局、跡地利用をめぐる市民の意向は無視され、また、買収済みの拡張予定地や未利用跡地などに未だ市民のための利用は進んでいません。
 (2)「駐留米軍は憲法違反」という伊達判決もその後、国によって踏みにじられてきました。1957年7月8日、基地内土地の測量に抗議して基地に立ち入った労働者・学生が日米安保条約に基づく刑事特別法違反で逮捕され裁判になったのですが、1959年3月30日、伊達判決が出されました。60年安保改定の交渉中であった両国政府はこの判決に狼狽し、最高裁に跳躍上告、最高裁は同年12月16日伊達判決を破棄しました。そして1ケ月後の60年1月19日、日米安保条約の改定調印が行われたのです。
 (3)伊達判決から49年たった2008年4月、国際問題研究者の新原昭治さんは米国立公文書館で伊達判決にかかる多数の秘密電文を発見されました。それは当時の駐日米大使が本国の国務長官あてに送ったもので、伊達判決を覆すために藤山外務大臣や田中最高裁長官、自民党福田幹事長などと密談したようすが記録されているのです。
 このことを知った砂川闘争の関係者らが集まって「伊達判決を生かす会」をつくり、伊達判決を今の時代に蘇らせようと集会を開いたり国会議員に働きかけたりしてきました。
 日本政府各省庁にも、この密談の記録文書が存在するはずだからそれを開示するよう求めるとともに2014年6月、不公正な砂川裁判のやり直しを求めて東京地裁に再審請求をしましたが、2018年7月、最高裁により不当にも棄却されました。
 (4)安倍政権は、歴代の内閣や国会の論議を覆して2014年7月、集団的自衛権の行使は合憲であるという閣議決定を行い、2015年9月には安保法制の制定を強行しましたが、それらの根拠に砂川裁判の最高裁判決をねじ曲げて悪用しています。
 最高裁の不当不正な裁判により公平な裁判を受ける権利を奪われた砂川事件の元被告ら3人は、2019年3月、国家賠償請求の訴訟を起こし、現在東京地方裁判所で進行中です。この裁判を通じて、国家の違法性を明らかにするとともに、伊達判決を現在の世に蘇らせようというものです。
 戦後一貫して日本の外交はアメリカの言いなりで、沖縄返還や核兵器持込でも多くの密約があったことが暴露されてきています。私は、軍事同盟である日米安保条約を破棄し、全ての米軍基地を撤去させることが砂川闘争から学び、教訓を生かすことであると確信しています。
 直接、三里塚闘争とはつながらないんですけども、私たちは農民の農地を守る運動、それは労働者・市民皆が考える平和に安心して生活ができる日本を守る運動、そういうものと一体のものとして考えて、これからも砂川で闘い続けていきたいと思っております。



2021年11月24日水曜日

2022反対同盟旗開き

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2022年1月9日(日)正午
場所:横堀農業研修センター
   (千葉県山武郡芝山町香山新田131)
参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え
            京成東成田線  [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】
★乗車希望の方は、事前に三里塚大地共有運動の会に電話か、メールをください。

2022.1.9三里塚・東峰現地行動

飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 岸田自公政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

■日時:2022年1月9日(日)午後2時

■場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
    /集会後、開拓組合道路に向けてデモ
■会場への行き方
  ①2021反対同盟旗開き終了後→旧東峰共同出荷場に車移動
  ②京成東成田駅地上 13時30分集合 迎えの車待機/11:54発  京成上野
    特急 →13:02着 成田→13:12発  京成成田 →乗り換え   
             京成東成田線  [芝山千代田行き]→13:17着  東成田

 

■主催:三里塚空港に反対する連絡会

 岸田・自公連立政権は、10月31日の衆院選挙において議席は減らしたものの過半数を維持し、改憲と戦争国家化に向けてつき進んでいる。岸田は総裁選挙の中で安倍・菅と同じ路線を踏襲していくことを明らかにしていった。アメリカ帝国主義・バイデン政権の対中国包囲戦争の一翼を担うために日米同盟を強化拡大することを鮮明にした。

 また新自由主義の道を引き続き歩んで、労働者人民の搾取と抑圧の上に資本家階級の利潤を追求していくことを何ら隠すことなく示した。原発の維持、推進もこれまで通りだ。また辺野古新基地建設をはじめとした沖縄の軍事拠点化も住民の強い反対の声を踏みにじって着々と進めている。岸田・自公政権を一刻も早く打倒しなければならない。

 岸田内閣の斉藤鉄夫国土交通相は10月6日、「日本の国際競争力強化のために2029年首都圏空港として年間100万回を達成しなければならない。そのために必要な整備は成田空港で3本目滑走路建設などさらなる機能強化だ」と述べた。どこまでも需要が拡大していくということを前提とし、資本の利潤をひたすら追い求める成長路線の思想のありようが今問われているのだ。このような「機能拡大」によってもたらされる住民の騒音被害をはじめとする環境・生活破壊といった重大な事柄は取るに足らないものとして片づけられてしまう。それらは補償金や自治体への「交付金」として買い取られ、住民の意志が無視されていく。

 こういった事態は全国各地で起こっている。「国策」を遂行するためには国家権力は手段を選ばずやってくる。それは独占資本と共通の利害関係に貫かれている。第3滑走路建設に反対する闘いは国家権力―資本の横暴と闘う全ての闘いと共にある。

    空港と闘う拠点を守り抜こう

 芝山町横堀地区は第3滑走路予定地に全て含まれ、滑走路そのものではないが空港施設を作るうえで不可欠の土地である。その中には一坪共有地があり空港反対運動の拠点の一つである「横堀農業研修センター」が建てられている。成田国際空港会社はこの土地を奪うために民事訴訟をおこして裁判所の力で1坪共有地を奪おうと目論んでいるのは間違いない。

 強制収用という手段を使った土地取り上げができなくなった今、敵は司法権力を使って土地強奪をこれまでも行ってきた。反対同盟は土地を守り抜く決意を明らかにしている。 反対同盟旗開きに結集し、東峰現地行動を共に闘おう!

                         2021.11.2





2021年11月23日火曜日

一般社団法人三里塚大地共有運動の会・12.12第4回総会記念集会

 砂川闘争から三里塚

主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会
共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
       三里塚空港に反対する連絡会

主催者挨拶・総会報告:山口幸夫さん(代表理事)
・三里塚からメッセージ 加瀬 勉さん
   講演「砂川闘争から三里塚へ」  島田清作さん
   (伊達判決を生かす会共同代表/三里塚大地共有運動の会監事)
・活動報告:事務局 ・連帯発言

日  時:12月12日(日)/午後1時30分開場~午後2時開始/資料代 500円
会  場:東京・文京シビックセンター4階ホール
     (地図裏/地下鉄三田線・大江戸線春日駅下車)
連絡先/〒151-0061 東京都渋谷区初台1-50-4-103
       一般社団法人三里塚大地共有運動の会
     電話 03-3372-9408 /FAX 03-3372-9402
        メールアドレス  kyoyusanrizuka.net 


 今年4月、登記義務化法=改定民法・不動産登記法が国会で成立しました。これは相続・転居時の登記を罰則付きで義務化する法律。権利だった土地登記から登記をしなければ土地が奪われる制度へと改悪されました。登記義務化は24年以降、順次施行されようとしています。

 登記義務化法は、所有者不明土地利用円滑化特別措置法(18年6月)、表題部所有者不明土地登記・管理適正化法(19年5月)と続いた所有者不明土地対策法制化の仕上げであり、これらは国家が「所有者不明土地」の土地・共有地を取り上げられるようにする法律。通常国会で成立した基地周辺・国境離島の住民の人権を侵害する「重要土地調査規制法」と同様、国家の「公共性」を住民の人権・財産権より優先する法律。

 斉藤国交相は「首都圏空港の容量拡大による機能強化は必要不可欠」(10月6日、専門紙向け就任会見)と、住民無視で進めてきた第3滑走路建設などの成田空港機能強化計画を引き続き強行することを表明しました。

 だが、コロナバンテミックで国際航空需要は激減。成田空港の2021年上期の国際線旅客数は前年同期比89%減、コロナの影響がない19年1~6月との比較では96%減で上期としては過去最低。2018年3月に成田空港4者協議会(国交省・千葉県・9周辺自治体・成田空港会社)で決定された2029年3月までの第3滑走路(3500m)建設、夜間飛行時間延長、B滑走路再延伸という機能強化計画は完全に破綻しています。

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は「三里塚大地共有委員会Ⅱ」の運動を受け継ぎ、18年に立ちあげました。この3年間、共有地強奪につながる所有者不明土地立法に反対し、再共有化開始から30年以上が経つ中、共有地を守り抜くために共有地の法人への登記移転と管理を進めてきました。

 登記義務化施行、第3滑走路建設に反対する2022年の大地共有運動へ向けて第4回総会記念集会を開催します。集会講演は、伊達判決を生かす会共同代表/三里塚大地共有運動の会監事である島田清作さんから「砂川闘争から三里塚へ」というテーマで長年の闘いの歴史と教訓、今後の方向性を問題提起していただきます。



2021年7月9日金曜日

報告:7.4東峰現地行動&現地調査

  7月4日、三里塚空港に反対する連絡会は、「成田空港『第3滑走路』建設をやめろ! 飛行制限時間緩和を許さない! 共有地を奪う登記義務法反対! 菅・自公政権打倒! STOP原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 『重要土地調査規制法案』を廃案に!」のスローガンを掲げ東峰現地行動を行い、30人が参加した。

 前段集会の会場は、雨のため東峰地区の平野靖識さん(らっきょう工場)かららっきょう工場の一角を借りて行われた。

 集会は山崎宏さん(連絡会)の司会で始まり、「新型コロナの流行下において成田空港は国際線の90%が運休が続き、外国人の入国が圧倒的に少ない。空港会社は膨大な赤字が累積している。しかし、第3滑走路建設については29年3月まで完成させるということで、用地買収、工事などを行っている。まったく反省もなく、先が見えず人民に大きな犠牲を強要する建設事業に反対する闘いを進めていこう」とアピールした。


関西三里塚闘争に連帯する会共同代表・渡邉充春さんからのアピールが紹介された。

 アピールは「4月25日には泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会の主催の関西新空港反対!泉州現地集会を30名の仲間とともに勝ち取りました。『南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会』の取り組みも継続されています。」と報告し、「一坪に示した反対の意思を、共有運動の会の粘り強い取り組みで強化していきましょう。さらに関西から闘います」と表明。


 平野靖識さんは、「石井紀子さんは、こういう集会で暮らしを大事にしながら原則的に闘いをしていこうと訴えていた。らっきょう工場の三里塚物産は、1978年4月から始まった。以降、東峰でどのように闘っていくかを考えてきた。その一つとして『三里塚歴史考証室』(21年6月1日)を発足した。私は成田空港シンポジウム(1991年11月)と円卓会議(1993年9月)に参加した。当時の運輸省、空港公団は、空港決定について『民主』的ではなかったことを認め、謝罪した。その証として空港の中の土地に対する強制収用法適用を取り下げ、用地取得に対して強制的手段をもちいないと合意した。だがその後の展開は、B滑走路供用を強行し、現在では天神峰農家の市東孝雄さんの土地に対して強制執行可能状態にある。第3滑走路も建設しようとしている。民衆が提起した方向性の観点からもう一度明らかにし、発信していきたい」と発言した。


 野島?美香さん(石井紀子さん追悼の集い実行委員会)は、「有志で実行委員会を作り、どのように紀子さんを追悼していくかを約半年かけて話し合いをした。コロナ禍における制限があるが、追悼集会を4月3日に行い、100人が参加した。現在、報告集を準備している。集会では映像の部を行いましたが、編集したDVDを報告集に付けます。労農合宿所の攻防で紀子さんが機動隊に対してオニギリを投げつけるシーンがあった。紀子さんの凜とした生きざまを受け止め考えていきたい」と述べた。

 さらに発言は、芝崎眞吾さん(連帯社)、7・3東京五輪を中止に! 松戸アクションを闘った仲間、田んぼくらぶから行われた。

 集会後、デモに移り、空港用地内の開拓道路からB滑走路に向けて「第3滑走路建設反対!空港廃港を!」などのシュプレヒコールを行った。


 デモ終了後、三里塚大地共有運動の会との共催で現地調査を行った。

 調査活動は、車に分乗し木の根地区の木の根ペンションに向かい、ウッドデッキに上がり空港全景を確認したり、一坪共有地のプールを視察した。



 空港を外周してから柳川秀夫さん(三里塚反対同盟代表世話人)宅を訪問した。

 交流の場で柳川さんは、「空港の巨大化をはじめ資本がやりたい放題やった結果として、温暖化、コロナなどの問題が起きている。現代文明によって便利となり、若者たちが都市部へと移ってしまう。農村は後継者がいないということで土地を守るとか反対する理由がなくなってしまっている。物があふれ人間としての価値観が失われている。人類が存続するための課題に対して大きく立ち現れている。環境変化が早くて人類が生き残っていくことが大変な状況だ。百姓やっているとよくわかる。従来のように種まきをやっていたらだめになっている。スーパーに行けば食い物があるから安心しているが、気候、食料問題は深刻になってきている。だからこそ巨大空港はいらない」と言い切った。


 第3滑走路飛行コース直下を走り、加瀬勉さん(前大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)宅がある多古町に移動した。

 加瀬さんは、いなり寿司、キュウリ・ナスのお新香、新鮮で熟したトマトを用意して調査活動の仲間たちを迎えてくれた。仲間たちは、「加瀬料理」をほおばり、交流が始まった。

 その中で加瀬さんは、「『重要土地調査規制法』と『登記義務化法』が制定された。これが空港反対闘争、農民にどのような影響があるか。日本では2万カ所の限界集落があると言われている。無人の家もたくさんある。田んぼ、畑の耕作放棄は50万?だ。山林、原野とかは管理していないから相続はしていない。第3滑走路によって多古町は立退き区域になっている。空港会社は、現在作っている田畑、宅地は買収すると言っている。みんな山林を管理してないから放棄している。経済利益がないから相続していない。こういう中で2つの法律が制定され、最終的には国家によって買収できるようになってしまう」。

 「横堀の農業研修センター、案山子亭と大鉄塔は、無人であり、過疎集落だ。だがやすやすと渡さない。これは私たちの意志にかかっている。反動立法は、運動の後退によって阻止することができなかった。大衆も組織しきれていない。この問題をどうするか。多古町も若者たちは都市部に移っており、後継者がおらず、農村共同体も崩壊している。田んぼは、ほぼ地区外の者に貸している。こういう状況下で空港会社は、行政・空港推進派の4者協議会に多額のカネをばらまき、地元誘致要望があったと称して第3滑走路建設の合意をとりつけ、アリバイ的な説明会を繰り返し、買収を押し進めている」。

 「空港の周りで空港反対と言っても、土地という物質拠点がなければ力とはならない。木の根の土地は日本人民の名誉にかけて守りぬく義務がある。そのための対策はあるのか」と仲間たちに投げかけた。

 加瀬さんの問題提起を受け止め、再会を約束して本日の行動を終了した。(Y)


2021年6月18日金曜日

三里塚 7.4東峰現地行動&現地調査


成田空港「第3滑走路」建設をやめろ!
      飛行制限時間緩和を許さない           共有地を奪う登記義務法反対!

菅・自公政権打倒!

 STOP原発―再稼働やめろ!

    沖縄・辺野古新基地建設反対! 

        「重要土地調査規制法案」を廃案に!

 三里塚空港は新型コロナウィルスの影響で多くの国際便が欠航となり、20年度の国際線の発着回数は前年度比の80%減で最終利益は714億円の赤字となった。旅客数は90%減の325万人で過去最低となった。  それにもかかわらず成田国際空港会社(NAA)は、空港機能の拡充を目指すとして3本目の滑走路建設とB(平行)滑走路の延長を2029年3月の完成を目標に、用地の買収や工事を推し進めている。  新たに千葉県知事に就任した熊谷俊人知事は、5月20日成田空港を視察し、空港会社の田村明比古社長から説明を受け、周辺9市・町長らと意見交換を行った。その中で熊谷知事は「空港や関連事業をしっかり長く支援していく」と語り、第3滑走路、空港機能拡充を支援していくことを表明した。空港騒音に苦しむ住民のことなど一切考えず、ひたすら利潤のみを追い求めるこれまでの空港行政を継承していくことを確約したのだ。  成田空港会社は、周辺自治体に支払った2020年度の空港周辺対策交付金が71億1000万円で、前年度の約1.6倍に増えたことを明らかにした。さらに第3滑走路を建設するに当たって、地元の合意を取り付けるために増額することを約束していた。交付金は周辺10市町(成田市、芝山町、横芝光町、多古町等)と千葉、茨城の2県に支払われ、騒音対策の防音工事や道路の整備などに使われている。第3滑走路が供用されたら騒音被害が発生する横芝光町、多古町は交付金の増加率がそれぞれ160%、120%と新たに発生する被害の大きさを表わしている。   多額の交付金と引き換えに将来にわたって騒音被害を受け続けることになるのだ。空港公害、環境と人権破壊が必至な成田空港第3滑走路建設、空港拡張計画を許さない!

 罰則付きで登記を義務化し、共有地を奪う登記義務法に反対する!  4月21日、菅自公政権は相続・転居時の登記を罰則付きで義務づける民法や不動産登記法の改定を成立させた。これは所有者不明土地対策を「成長戦略」の一環に位置付けた安倍政権によって2017年から進められた策動である。

 不当な空港建設に反対し、一坪共有地を守り抜く運動に対し、一部の共有者が不明な場合でも、他の共有者の同意だけで土地を処分することが出来るなど、登記を行わない土地所有者、共有者から土地・共有地を取り上げることを合法化する法制改悪である。

 共有地運動つぶしの相続登記義務化に断固反対する。


           「重要土地調査規制法案」を廃案に! 

 「重要土地調査規制法案」は米軍基地や自衛隊基地、海上保安庁施設、原発などの周辺1キロと国境離島等の区域を首相が指定し、土地・建物の所有者の個人情報を調査し、土地の売買を事前届け出制とするものである。法に反すると2年以下の懲役や200万円以下の罰金という刑罰が科せられる。  また、法律制定の根拠となる立法事実がなく処罰の対象となる「機能阻害行為」の内容や、どこを指定区域とするかは法の制定後に政令・省令によって決めていくと言っている。つまり、国会のチェックすら及ばない憲法違反の法律である。 この法案の現下のターゲットは沖縄の反基地運動だということは明白になっているが、それのみにとどまらず原発、三里塚からあらゆる労働者・市民の闘いをつぶすためのものであり、改憲の実質的な先取り攻撃である。  三里塚農民、沖縄住民と連帯し、菅政権を打倒する闘いに結集し、共に闘おう!

    2021.6.10

現地調査コース(予定)

車に分乗し、東峰地区~木の根ペンション(ウッドデッキ・、プール視察)~横堀鉄塔から空港全景調査、案山子亭~第3滑走路計画予定地の加茂地区・飛行直下地域などを点検

◦日時:7月4日(日)12:00集合 ◦場所:旧東峰共同出荷場跡/集会後、開拓道路に向けてデモ ◦デモ終了後、現地調査 共催・三里塚大地共有運動の会 ◦会場への行き方/京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機/9:13発  京成上野特急 →10:22着 成田 乗り換え→10:32発  京成成田 →東成田10:37着    ◦主催:三里塚空港に反対する連絡会        連絡先:東京都渋谷区初台1-50-4-103/03-3372-9401 FAX03-3372-9402