2021年1月9日土曜日

「石井紀子さん追悼の集い実行委員会」参加・協力の呼びかけ

  2020年3月11日の三里塚の石井紀子さんの交通事故での急逝(享年67)。生前の紀子さんを知る私たちは、いまも信じられない思いでいっぱいです。
 紀子さんは、高校生の時に70年安保に参加。大学では、ウーマン・リブ運動に共鳴。71年、第2次強制代執行阻止闘争から三里塚闘争に参加。リブの人たちが現地から帰った後も、三里塚現地の闘いへの参加を続けました。
 75年結婚後は、東峰の地でワンパック野菜の産直運動、東峰裁判被告団家族会と女たちの会の運動、暫定滑走路反対の声明運動に参加。離婚後、川上に移ってからも、三里塚の情報を発信し、独自の紀子パックを続けました。
 紀子さんは多面的な顔を持つ人でした。学生時代はウーマン・リブ運動に参加しながら、三里塚では「農家の嫁」として苦労を重ねました。
 多くの農家が移転する中、空港反対の志を貫きました。空港反対集会では、「闘いの基本は食事から。おいしい野菜を食べてください」と、都市に住む支援者に農業・食べ物の重要性をいつも説いていました。
 そして、自らを「リブの現闘」と位置づけ、ジェンダーバランスがよくない反対運動の現状に対する叱咤激励を忘れませんでした。
 生前の紀子さんの様々な活動を知り、紀子さんをしのびたい。その一つとして、急逝から1年となる2021年4月に東京で「石井紀子さん追悼の集い」(仮)を企画したいと思います。紀子さんもどこかで、自分の名前が冠された集まりに苦笑しつつ、温かく見守ってくれるのではないでしょうか。コロナ禍で大変な状況ですが、工夫して開催にこぎつけたいと思います。
 生前の紀子さんを知る方、知らない方。多くの皆さんの実行委員会への参加・協力を呼びかけます。

2020年12月

      記

1)追悼の集い呼びかけ人をお引き受けください。1口1000円(複数口歓迎)。公表可か非公表か連絡ください。1次締切、2021年1月7日。最終締切、21年3月末。
2)出席可能な方は、石井紀子さん追悼の集い(仮称;4月3日か4日に都内開催、会場未定)に参加ください。
3)生前の紀子さんの写真・映像・インタビュー記事などの資料を集めています(特に1970~90年代)。お持ちの方は提供をお願いします。

 次回実行委員会

◇日程 2021年1月15日(金)午後6時半~(仮)
◇会場 ピープルズプラン研究所会議室(地下鉄有楽町線江戸川橋駅1b出口6分)

 ▼石井紀子さん追悼の集い実行委員会

連絡先 151-0061東京都渋谷区初台1-50-4-103
     一般社団法人三里塚大地共有運動の会気付  kyoyusanrizuka.net
電話 03-3372-9408 FAX 03-3372-9402
郵便振替 00130-6-697201 一般社団法人三里塚大地共有運動の会

 通信欄に「紀子さん追悼の集い実行委員会」と明記してください。

呼びかけ人 浅井真由美/鎌田慧/繁山達郎/芝崎真吾/島田恵/白川真澄/杉野恵一/鈴村多賀志/辻和夫/中川憲一/野島美香/宮下智行/山口幸夫/山崎宏/山下一夫/渡邉充春 (50音順;1月7日現在)


2020年12月20日日曜日

12.6 一般社団法人三里塚大地共有運動の会/第3回総会/12・6 第3回総会・記念集会


  12月6日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、文京区民センターで「第3回総会」を開催した。

 総会は山口幸夫代表理事の開会宣言の後、山口さんが議長で議事が進行した。

 総会成立を確認した後理事会の指示に従い、事務局(繁山)が事業報告・決算報告を行った。島田監事が監査報告・監事あいさつした。事務局から事業計画・予算案・理事選任の提案を行った。採決で1号議案から6号議案までの議案が賛成多数で承認された。

 総会は、一般社団法人三里塚大地共有運動の会結成から三年目を通過し、あらためて三里塚闘争および一坪共有地運動を守りぬいていく取り組みの意義を再確認した。二〇二一年ステージに向けてスクラムの強化を打ち固めた。

 続いて同会場で「12・6 第3回総会・記念集会」が主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会、共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人) 、 三里塚空港に反対する連絡会で行われ、40人が参加した。

 山口幸夫さん(代表理事)は、主催者挨拶を行った。
 総会報告後、「三里塚闘争の意味は、科学技術振興の国家方針に対して根本的異議申立を行ったことだ。柳川秀夫さんは、『農的価値』を考えろと提案した。新型コロナウィルスは、全世界で感染し、死者も増え続けている。この背景は、経済成長を求めるグローバルな人間、物質の交流をさかんにする道筋を現代社会が作り上げたからだ。空港が最も大きな役割を果たした。人間、物質のいききがなければ自然体系の中でひっそりと住み続けていた新しいタイプのウィルスが人間社会に出てくることはなかった。便利な交通網は、ウィルスにとって都合がいいものだった。人間は、そのしっぺ返しとして不能な状態になっている」。
 「成田空港が赤字経営に陥っているのは当然なことだ。もう一度、三里塚の農民の闘いはなんであったか。現代社会に対して文明を見直せということを突きつけた闘いであった。12月4日、大阪地裁で大飯原発3号機、4号機設置許可取り消し行政訴訟に原告が勝った。原子力ムラが生き続けることができない時代になった。三里塚大地共有運動の会が新しい時代に向かってより深く、思想、運動を広げていこう」。

 山崎宏さん(横堀地区)は、柳川秀夫さん、加瀬勉さん(多古町/前三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)からのメッセージ(別掲)を紹介した。
 さらに現地状況を報告し、「横堀鉄塔から木の根方面を見ると、空港には全日空の飛行機が10機位並んでいる。コロナ危機によって運休を余儀なくされ、国際便を羽田空港にシフトせざるをえなかった。国際空港成田の影が薄くなってきている。滑走路がガラガラの状態だ。それにもかかわらず成田空港会社は、第3滑走路建設を推しすすめ、地権者への買収交渉に入っている。横堀地区では、埋蔵文化財発掘調査が行われているが、山林が切り倒されている。第3滑走路建設に向けた前倒し周辺工事だとも言える。資本と国家が一体となった利潤追求、このような社会の有り様を根本的に捉え返し、空港反対を闘っていこう」と発言した。

 主催者が準備した今年3月11日に急逝した石井紀子さんの映像が映し出された。



最後の発言となってしまった2020反対同盟旗開き時の石井さんの姿とアピールだ。

 繁山達郎さん(事務局長)は、法人活動報告として①2020年の取り組み②登記変更の進捗状況③21年の登記変更の諸注意などを要請した。

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚はいま」をテーマに講演した。

 「三里塚物産・らっきょう工場は、三里塚で生産される農産物に加工付加価値をつけて販売し、空港反対農家の経済基盤を強くして闘争に寄与しようと考えた。

生産と闘争をむすぶ闘争拠点をめざした。熱田派同盟としてシンポ・円卓(1991年11月~1993年10月)の末席に連なった。シンポの開始前に『今後いかなる状況のもとでも強制的手段は用いない』との確約を引き出した。終結時に国はこれまでの空港づくりの仕方を謝罪、2期用地にかかる収用裁決賛成を全部取り下げた。話し合いで闘争の正義性が確定した。日本の民主主義の歴史に画期的な出来事だった。同盟は2期工事に反対、地球的課題の実験村を提案した。だが国は並行滑走路はどうしても必要であるとして工事を進め、現在は第3滑走路建設を進めている。未決着の状態が続いている。円卓会議の結論のように進んでいない」。
 「空港会社による土地収奪は続いている。成田市天神峰の市東孝雄さんの土地に対して農地法を悪用した詐術的な土地取り上げをねらっている。裁判所が許可すればいつでも畑は取り上げられる状況まで追い込まれた。市東さん側は、執行の請求があってもこれを受理しないことを求める『請求異議訴訟』をおこして、12月17日に高裁判決が出る。東峰地区住民一同は、土地の取り上げを許さない『請求異議控訴事件についての要望書』(11月30日)を高裁に出した。市東さんの土地取り上げがあれば、空港会社の次の標的はらっきょう工場か、一坪共有地かもしれない。円卓会議の合意があるのだから、あらゆる意味で強制力を使ってはならない」。

 連帯発言に移り、つぎのような発言があった。

 沖縄のおかのまめさん(辺野古にカヌーを贈る会)は、辺野古新基地建設をめぐる現地攻防、辺野古にカヌーを贈る会の活動を報告した。会場ではおかのさん制作の絵画作品、パンフレット、「沖縄通信」の配布などが行われた。また、コロナ渦における資本の労働者に対する雇い止め攻撃、それに抗する闘いなどを報告し、支援を訴えた。

 面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)は、福島原発刑事訴訟が高裁に移っていることを報告。また、福島原発汚染水放流問題を取り上げ、各地で汚染水反対運動の取り組みを訴えた。

 関西から山田謙さん(東大阪・三里塚闘争に連帯する会)は、コロナ渦における諸困難によって関西三里塚闘争に連帯する会、泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会を代表してアピールした。

 和多田粂夫さん(元管制塔被告団)は、「横堀団結小屋と鉄塔の土地はずっと守り抜こうと思っている。あそこには原勲君などの墓標がある。今後も共に参加していきたい」と決意表明した。.

 浅井真由美さんは、石井紀子さん追悼(仮)の準備について報告し、賛同への参加、石井紀子さんとの交流の思い出など語った。

 最後に島田清作監事が閉会あいさつを行い、「砂川基地拡張反対闘争を闘ってきた。1メートルの拡張も許さず、米軍は出ていってしまった。しかし、横田基地に移り強化されている。オスプレイが配備された。自衛隊部隊も配備されている。司令塔として運用され、軍事訓練が頻繁に行われている。横田基地撤去に向けて闘い続け、三里塚闘争、全国の基地反対と連帯しながら運動を続けていきたい」と訴えた。


■12・6第3回総会記念集会へのメッセージ

三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人 柳川秀夫
 コロナウイルス感染拡大の中、本日の総会、記念集会に御参集の皆様ごくろうさまです。 このような事態は全て人間の行き過ぎた社会活動に起因するものです。 三里塚に空港問題が発生して54年になりました。巨大開発とその経済成長は人類の存亡が問われるまでに害悪を広めてしまいました。
 根本的反省と新たな社会の在り方(コロナ対応ではない)が求められているものの、為政者はなおも持続の柱を経済の発展として消費の拡大を追い続けています。三里塚の空港の拡張もその一環であります。
 そのような情況の下、それらに反対し闘っていきついた所は人類とその社会が持続できることを課題とした新たな闘いであります。
 三里塚に共有地が存続し、その場所が新たな試みの場でもあり、また創造の発信の地になることを願って止みません。
 共有運動も苦難があると思いますが奮闘よろしくお願いします。
  2020.12.6

■成田空港「第3滑走路」反対!廃港に向けて共に闘おう
  加瀬 勉  2020.12.6

三里塚闘争の性格
 国家権力の暴力をもって国家犯罪の積み重ねによって建設された。農民は建設反対同盟を組織、家族ぐるみ、集落ぐるみで全国の広範な人民と共闘して闘ってきた。
 先祖伝来の土地を守る意識には生存権、財産権、居住権、職業選択の自由、健康で文化的な生活を送る権利、思想、信条、人間の良心を守る自由等の人権擁護の生存基本権を守る闘いであったと思う。

闘争の現段階
 闘争は50年の長きに及び、さらに闘争は継続されている。新たに拡張計画がだされた。空港会社の説明会が終了し、関係住民93%の人が同意したとし発表した。
その同意した人たちに、①土地に対する境界を確認すること②土地に対する所有権の確認をすること③各戸の土地、家屋に対する立ち入り調査が行われている④土地、家屋に対する移転の評価価格は明らかにしていない。
 多古町牛尾騒音移転地区のケース―①集落戸数100戸である。移転希望の人は52名である。
②三里塚闘争が発生した時代に生まれた人たちが集落の中心になっている。三里塚闘争を知らない人たちである。
③農家は92戸である。20戸が農業経営を兼業で行っている。残り60戸余りは農業の経験を持たない人たちで、学校から他の職業に就いた人たちである。村に経済的生活基盤を持たない人たちである。村をベットタウン化している人たちである。
先祖伝来の意識とか、土地、地域に自分の生き方を刻んできた意識はない。④村に住みながら農業の経験のない人たちの子供たちは、親たちと生活していない。村に住んでいない。就職とともに都市部に住んで結婚し、子供を育てている。村に帰る気はない。
⑤家屋敷、土地を売ってマンションを買い求め、家を新築して独立するために、空港建設による移転はまたとない機会だと思っている。⑥村にいる80才~90才超老人ばかりである。一戸一名の割合で、通院、入院、自宅療養、介護施設の利用をしている人たちである。不安と動揺をしている。この人達の最後は介護施設に、その子たちは都市部の息子夫婦と生活をともにする計画を立てている。 生産、生活の主体が村には存在していない。

歴史の転換期
 コロナの発生を契機に生活、生産、文化など人間のあらゆる領域で新しい価値観の転換が始まっている。一つだけ例にとるならエネルギー政策も風力、太陽、地熱の利用へ。住宅建設は高いビルディングを立てること、そしてその建物の中の空調をいかに快適にするかが基本であった。そうではなく家を自然の延長として開放してゆく価値観に変わってきた。
 空港建設は膨大な化石エネルギーを消費し、二酸化炭素を拡散させ、騒音地獄の中で人間を密封しようとしている。空港建設は時代の流れに、歴史の流れに人類の生存に敵対するものである。

廃港に向かって
 目の前は困難が山積している。歴史転換期に際しての主体の建設が遅れているからである。コロナの発生によって成田国際線99%が稼働していない。日本の航空会社、世界の航空会社は倒産の状態である。空港がなくても、飛行機がなくても人の交流は、国際的にもできる。自信をもって廃港に向かって闘いを継続してゆこう。


2020年11月28日土曜日

三里塚 2021反対同盟旗開き

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2021年1月10日(日)正午
場所:横堀農業研修センター
  (千葉県山武郡芝山町香山新田131/案山子亭0479-78-8101)
参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え
           京成東成田線  [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】


1.10三里塚・東峰現地行動
◦日時:2021年1月10日(日)午後3時
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)
    /集会後、開拓組合道路に向けてデモ

◦会場への行き方
 ①2021反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動
 ②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機
  /12:34発  京成上野特急 →13:42着 成田→13:52発  京成成田 →乗り換え
              京成東成田線  [芝山千代田行き]→13:57着  東成田
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会

 新型コロナウィルス感染拡大は第3波といわれる段階に至り、社会的に深刻な事態に陥っている。これの原因はもはや自然現象といって済む問題ではなく、政府―支配者階級の政策の結果であることが明白となっている。

 口先では感染をおさえ込むと言いながら実際には逆の施策を推し進めているのだ。PCR検査をはじめとする医療体制の緊急な充実が必要であるにもかかわらず、経済回復が大事とばかりに「GO TO」キャンペーンを優先させてきた。その結果がもはや覆うべくもなくなった今、政府はあわててその見直しを言い始めている。

 医療従事者は極めて厳しい労働を強いられており、専門家は医療崩壊の危機を訴えている。しかし、為政者、資本家たちはその声を真剣に聞こうとせず、経済最優先の姿勢を変えようとせず、労働者人民の生命、生活など何も考えていない。それどころか菅自公政権はこの事態を利用して人民管理・支配を強化しようとしている。かかる菅自公政権を1日も早く打倒しなければならない。

 三里塚空港をめぐる情勢もこれまでにない事態に立ちいたっている。世界的なコロナ感染の結果、国際便の多くが欠航となり20年度上期の国際線旅客数は97%減となり、全日空(ANA)は国際便の全てを羽田空港にシフトした。国内便も日航(JAL)をはじめ大幅な減便を余儀なくされている。また成田を拠点とするLCC(格安航空会社)も事業撤退や運休に追い込まれている。LCCは事業を始めて間もないため経営体力が弱く、安い運賃設定のため普段からコスト削減を徹底しており、危機に対する余力が小さいためだという。

 航空需要とりわけ国際線の減少で成田空港の使用数は著しく低下し、成田離れが進んでいるにもかかわらず、国交省―成田空港会社田村社長は「C滑走路計画は確実に進める」と語っている(6月29日)。

 だが、第3滑走路建設や夜間飛行時間の大幅延長の成田空港機能強化計画に反対する横芝光町の住民は、国交省に対して計画の凍結を申し入れている。また同町の木戸台区は「私たちの生活環境をこわすな 空港騒音 断固反対」の看板を掲げている。第3滑走路建設によって騒音下に置かれ甚大な健康被害、生活破壊を受けることになる住民の反対の声を無視して資本の利益追求のために計画を進める空港会社を許すことはできない。

 成田空港は国際線の大幅な減便により、4月10日からB滑走路を完全に閉鎖した。ところが7月22日供用を再開した。この日は「GO TOトラベル」の開始日だったのだ。B滑走路はガラ空きで再開など全く必要ないにも関わらずである。まさに「国策」に合わせての再開であった。

 労働者・人民の生命・生活をないがしろにして自らの利害のためにのみ政策を推し進める政府―資本の本質を見抜き、菅自公政権打倒! 三里塚空港粉砕! 第3滑走路建設反対の闘いを三里塚農民と連帯して闘い抜こう。三里塚現地に結集しよう! (20.11.23)




2020年11月12日木曜日

一般社団法人三里塚大地共有運動の会・12.6第3回総会記念集会

 【1】 一般社団法人三里塚大地共有運動の会第3回総会

正会員の皆様 総会への参加お願いします

★事前に総会議案は郵送します。欠席の方は、   委任状の返送お願いします。(事務局)
◦日時:12月6日(日) 午前11時30分受付/12時総会開始
◦会場:東京・文京区民センター2A    (地下鉄三田線・大江戸線春日駅下車)
◦主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会

【2】一般社団法人三里塚大地共有運動の会・12.6第3回総会記念集会
    「三里塚は、いま」
主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会
共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
       三里塚空港に反対する連絡会
日時:12月6日(日)/午後1時30分開場、午後2時開始~/資料代 500円
会場:東京・文京区民センター2A(地下鉄三田線・大江戸線春日駅下車)
連絡先/〒151―0061 東京都渋谷区初台1―50―4―103
一般社団法人三里塚大地共有運動の会 電話  03-3372-9408/FAX03-3372-9402

 集会案内
◦主催者挨拶・総会報告 山口幸夫さん(代表理事)
◦三里塚からメッセージ(予定)
◦三里塚現地報告 山崎宏さん(横堀地区)
◦法人活動報告 三里塚大地共有運動の会事務局
◦講演 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)
        「三里塚は、いま」
◦連帯発言
   沖縄―おかのまめさん(辺野古にカヌーを送る会)、
   福島―面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)
   関西―関西・三里塚闘争に連帯する会(仮)
   元管制塔被告団、他

 2020年、世界を襲った新型コロナパンデミックによって航空需要は蒸発。成田空港でも、20年度上期の国際線旅客数は97%減と激減。4月には開港後初のB滑走路閉鎖(~7月)に追い込まれました。全日空が国際線再開時の羽田空港優先方針を打ち出すなど、成田離れが進んでいます。成田空港4者協議会(国・千葉県・9自治体・成田国際空港会社)が18年3月に合意し、住民の騒音被害を無視して推進してきた第3滑走路(3500m)建設、B滑走路延伸などの成田空港機能強化計画の破産は明らかです。
 だが、成田空港会社社長田村は「C滑走路計画は確実に進める」(6月29日)と、空港拡大計画を推進しています。
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は50年をこえる三里塚闘争の一坪共有運動を継承し発展させるために18年に活動を開始。共有地の法人への登記移転、三里塚闘争支援を進めてきました、2020年の活動を踏まえ、2021年の大地共有運動へ向けて第3回総会記念集会を開催します。







2020年7月12日日曜日

報告:6.28東峰現地行動

 6月28日、三里塚空港に反対する連絡会主催による「石井紀子さんと共に 三里塚『第3滑走路』反対! 夜間飛行時間延長を許さない! 安倍政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 6・28東峰現地行動」が取り組まれ、42人が参加した。前段集会の会場は、強雨のため平野靖識さん(らっきょう工場)から東峰地区のらっきょう工場の一角を借りて行われた。

 第1部集会は、司会の山崎宏さん(労活評現闘/芝山町横堀地区)から開催あいさつから始まった。
 次に柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人/芝山町)のメッセージが読み上げられた。
 「今は六月下旬、梅雨の真っ最中である。三里塚空港は、新型コロナウィルスの流行のため旅客機の飛行が極端に減少し、4月12日からは平行滑走路が完全閉鎖されている。平行滑走路の飛行コース下は、静かである。
 こうしたことで飛行機が飛ばなくなるとはまったく予想もできなかった。しかし、第3滑走路の建設計画は日々着々と進められている。横堀・丹波山の空港会社用地では工事が連日行われ、滑走路予定地・騒音地区住民の移転工作も進められている。ただひたすら利潤を追求することだけを求めて空港を拡大することが、はたして正しいことなのかが根本から問われている。今回の新型コロナウィルスの流行はそのことを突きつけているのではないか」。

 続いて加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉/多古町)のメッセージ「石井紀子さん追悼する」が読み上げられた。
 (要旨)「〈1〉三里塚闘争に生涯をかけてきた一人の同志をまた失った。紀子さんの遺志を引き継ぐことは『言はやすく行うは難し』である。悲しみを力に変えて断乎進んでゆこうではないか。
 〈2〉小川明治副委員長が亡くなって天浪の墓地を掘り起こした。小川明治副委員長の棺は反対同盟が作った檜の特製のものであった。三里塚大山の火葬場の施設には入らなかった。市販の棺に明治副委員長の白骨死体を入れ替えて火葬した。空は騒音地獄、地上田畑を奪い、村を廃墟にし、自然を破壊し、コンクリートで埋め尽している。三里塚の天地に眠るところなどない。紀子さんの遺志を引き継ぐとゆうことは闘うわれわれの血と肉体の中に紀子さんが生きていることである。紀子さんと共に戦いつづけよう。……紀子さんをはじめ三里塚闘争に生涯をかけた同志が安らかに眠ることのできる三里塚の大地をつくりあげよう」。

 平野靖識さん(らっきょう工場)は、「コロナ騒ぎの中で外国人の訪日ができないでいる。この状態が5年も続くと言われている。空港会社は、23万回の離発着を言っているが、とても第3滑走路などは必要ない。空港機能の拡大も考えなおすべきだ。東峰地区にとって、4月12日以降、平行滑走路が閉鎖され、静かな日常を楽しむことになっている。生協を通した販売も増えた。しかし、コロナ第二波、三波がくることで仕事が続くだろうかという不安も抱えているが、奮闘している」と報告。
 さらに「紀子さんとは、いろんな局面で議論してきた。原則の人だった。シンポジウム、円卓会議に対して反対でした。東峰ワンパックと分かれて紀子パックを立ち上げたことなど紀子さんなりに原則を貫き通した。新年の反対同盟旗開きにおける紀子さんの豚汁は、野菜が一杯で大変おいしかった。食べることの重要性を常に訴えてきた人でもあった」と述べた。

 繁山達郎さん(一般社団法人三里塚大地共有運動の会事務局長)は、「東峰現地行動は、1999年時の暫定滑走路建設計画があったころから取り組んできた。集会には、毎回、石井紀子さんからのアピール、メッセージがあった。共に東峰を守るために闘いぬいてきたが、紀子さんの声が聞けないのは大変残念だ」と発言。
 また、「1983年から共有地の再共有化を取り組んだ。すでに30年以上経過しているが、共有地を守りぬき、政府の所有者不明土地対策法による土地取得の策動をはね返すために法人を結成した。共有地を法人に移転登記すれば、法人が管理していくことができる。すでに登記変更に着手し、昨年が20人、現在、30人が終了し、さらに増やしていきたい。ぜひ協力してください」と呼びかけた。


 第二部は、「石井紀子さん追悼」と運動報告。司会は辻和夫さん(田んぼくらぶ)。
 アピールは、高見圭司さん(スペース21)、渡邉充春さん(関西・三里塚闘争に連帯する会)、小山広明さん(元泉南市議)、根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)、山田謙さん(東大阪三里塚闘争に連帯する会)、鈴村多賀志さん(田んぼくらぶ)、野島みかさん、片岡万里子さん(労活評)、山崎宏さん(労活評)、国富建治さん(新時代社)から行われ、紀子さんの思い出、運動報告などが語られた。
 集会後、デモに移り、開拓道路に到着。仲間たちは石井紀子さん追悼の黙祷を行い、「第3滑走路反対!三里塚空港粉砕!」のシュプレヒコールを空港に響かせた。

 デモ終了後、第3滑走路計画に対する現地調査に向かう。建設予定地のど真ん中の加茂地区では空港周辺地図を見ながら山崎さんの解説を受け、あらためて大地と自然破壊、空港公害に満ちた第3滑走路建設計画の実態を暴き出した。

 加茂地区から飛行騒音直下コースを確認しながら多古町に到着。加瀬さん宅に向かう。加瀬さんは、サツマ芋とジャガイモを用意し、迎えてくれた。
 加瀬さんは言う。「コロナによって空港が止まり、空港会社が破産していく。廃港をめざすわれわれにとっては喜ばしいことだ。グローバルな世界が壊れ、矛盾が深まっていく。新しい闘いは、命を守る運動、生活を守る運動などによって根底から問い直さなければならない。さらに旧日本軍731部隊の石井四郎中将は千代田出身だ。天皇制との対決も負けるわけにはいかない。天皇制と三里塚の関わりを切開し、人民の闘いを明らかにしていく」と決意を述べた。
 参加者は、加瀬さんの問題提起を受け止め、三里塚闘争と新たな闘いの方向性への踏み込みに向けて誓い合った。(Y)

2020年5月8日金曜日

三里塚 6.28東峰現地行動

追悼 石井紀子さん
飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 
  安倍政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対!

◦日時:6月28日(日)正午
◦場所:旧東峰共同出荷場跡/集会後、開拓道路に向けてデモ
◦デモ終了後、現地調査(第3滑走路計画予定地など)/共催・三里塚大地共有運動の会◦会場への行き方/京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機/9:13発  京成上野特急 →10:22着 成田 乗り換え→10:32発  京成成田 →東成田10:37着   
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
             連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90-5/電話:FAX0479-78-8101

  命を軽視する安倍政権打倒!

 安倍自公政権は新型コロナウィルスの感染拡大に対して非常事態宣言を発して強力な権限を行使している。しかし、そもそもここまで感染が拡大したのは安倍政権のコロナ対策の遅れとデタラメさに原因があるのだ。
 何よりも最優先しなければならなかった命をどう守るか、という問題をなおざりにして、オリンピックを開催するため全力を傾けた。許されないことは、この事態を利用して安倍の改憲―その中軸をなす緊急事態条項を成立させようと目論んでいることだ。
 労働者・人民にとって安倍政権を打倒することは一刻の猶予もならない。全力で安倍を引きずり降ろさなければならない。 

 成田空港は新型コロナの世界的蔓延の影響で航空機の発着回数が大きく減少したとして、4月12日から2本ある滑走路のうちの1本(B滑走路)を閉鎖した。成田国際空港会社は「回復までは相当程度の期間を要すると見込まれる」としている。感染症の流行によって滑走路の運用を止めるのは1978年の開港以来初めてである。
 国交省―空港会社は空港機能の拡大と称して第3滑走路の建設と飛行時間の延長をセットにして打ち出した。
 現行飛行時間でも騒音被害に苦しむ騒音地区住民、そして新たな騒音直下で被害を受けることになる地域住民は反発し、各地で反対の声を上げ、意志表示を行った。しかし、国交省・空港会社・千葉県・周辺自治体からなる四者協議会は反対する住民の意志を踏みにじって、地元振興策という金のばらまきにからめ取られ、計画に同意していった。

     人権・環境破壊の成田空港機能拡大反対!

 国、資本の利益追求のために住民の生活、健康、環境を破壊してでも計画を推進するという構造がここでも再び繰り返されているのだ。
 国土交通省は昨年12月24日、「公聴会」を開催し、賛成、反対双方の意見を聞くというアリバイ的な手続きを行った。それを受けて今年1月、航空法に基づき施設変更を許可した。空港会社は2029年3月末の完成を目指し、用地買収に着手するとしている。
 住民の生活を破壊して、資本の利潤を追求する第3滑走路建設、飛行時間延長計画を断じて許すことはできない。
 用地内農民、騒音被害地区住民と連帯し、計画に反対して闘い抜こう!
                 2020.4.20

■ 石井紀子さんは、 3月11日午後6時47分頃、成田市新田路上、軽トラックでご自宅に帰られる途中、軽乗用車と衝突する交通事故で急逝されました。
 6.28東峰現地行動は、石井さんのご冥福をお祈りし、遺志を引き継いでいくことを確認していきたいと思います。

2020年3月20日金曜日

石井紀子さんの急逝を悼む

信じたくないことだが、三里塚の石井紀子さんが3月11日の夕刻、帰宅途中に交通事故で亡くなった。1952年12月18日生まれ。67歳と2カ月の人生を、差別と闘い、三里塚を闘い、全力で駆け抜けていった。
全共闘運動が盛んだった高校生時代に社会主義研究会に入り、70年安保、制服廃止、卒業式粉砕などをたたかって71年に法政大学に入学。そこは学生運動のメッカだった。田中美津のウーマン・リブ運動に共鳴し、学内に女解放学生戦線をつくって活動した。
三里塚には71年の第2次強制代執行阻止闘争に労学連を通して、リブの人たちと一緒に参加。現地に行ってみて、三里塚は男の闘争でしかないとリブの人たちは労学連と分れ三里塚を放棄したが、紀子さんはその理屈に納得せず、独りで三里塚に通った。
学内で議論に明け暮れている男たちとは違う魅力が青年行動隊にはあり、青行のひとりの石井恒司さんと75年に結婚。反対同盟の農家の嫁という立場になって、「百姓を一人前になるには10年かかる」、「この仕事は二、三年たたないと出来ないから」などと、さんざんに苦労する。
わたしが紀子さんと出会ったのは76年にワンパック野菜の産直運動が始まってからである。小泉英政さんが、ベトナム行き戦車を阻止しようとする相模原の「ただの市民が戦車を止める」会と「くらしをつくる会」の運動に共感して、始めたのがこの運動である。誤解を恐れずに言うと、小泉さんは三里塚闘争の行く末を考え、展望がなかった青行に希望を抱かせ、ワンパックという運動を始めたのである。石井恒司・紀子さんはワンパック野菜運動に最初に共鳴した夫婦である。
この運動に現地で加わったのは、小泉美代、島寛征・ひさ子、石井新二・順子、小川直克・篤子、山口義人、染谷かつ、田中富美、下野啓子、守田力、外山哲さんらである。
97年、小泉さん夫婦はワンパックを離れ循環農場を始めたが、ワンパックという名前は残った。その後、ワンパック農家も入れ替わりがあり、恒司さんと離婚したのち、紀子さんはワンパックに野菜を出荷し続けながら、三里塚の情報を発信し、独自の紀子パックを始めていた。
ワンパック野菜に初めから熱心に取り組んでこられた近藤悠子さん(元婦人民主クラブ代表)が去年11月に亡くなった。近藤さんを尊敬していた紀子さんは、お通夜の晩と翌日のお葬式に三里塚からかけつけてくれた。たいへん思いやりのあるひとだった。
ワンパック野菜に入ってくるチラシ「本日の野菜」には生産者の声が交代で載る。
紀子さんが書いた最後の記事は1月29日付で、「冬の畑」と題して、三里塚の四季の畑の様子とその中の暮らしを生き生きとつづり、「大好きな冬の畑に今日も出かけていける幸せな日々です」と結んでいる。その幸せの日々は終わってしまった。謹んでご冥福を祈る。
(山口幸夫、2020年3月)


2020年1月16日木曜日

報告:2020反対同盟旗開き&1.12東峰現地行動

 1月12日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2020反対同盟旗開き」を行い、50人が参加した。
 国交省は、2019年11月5日、成田空港の機能強化策を実施するための基本計画(第3(C)滑走路(3500m)新設、平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸)を改定した。成田空港会社は、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実に飛行時間の1時間延長を打ち出し、冬ダイヤ(2019年10月)から強行している。
 国交省・空港会社・推進派が一体となって空港機能拡大の既成事実を積み上げたうえでアリバイ的に行ったのが公聴会(12月24日)だ。だが朝日新聞(19・12・25)が、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」などの反対意見を紹介し、「反対意見も根強く」「騒音被害住民に懸念」の見出しをつけざるをえないのが実態だ。田村明比古空港会社社長は、年頭あいさつで住民の不安や反対意見を無視し、「激しい内外の空港間競争に勝ち抜く」ために「発着時間を1時間延長した運用を始めることができました。これもひとえに地域の皆さまのご理解ご協力あってのもの」と言うしまつだ。今年も金儲けのために住民無視、空港公害を広げていくと宣言した。
 反対同盟は、「第三滑走路建設反対」を掲げ、空港周辺住民、闘う農民とともに反撃していくことを旗開きで意志一致した。

 旗開きは、山崎宏さん(横堀地区)の司会で始まった。
 柳川秀夫さん(反対同盟代表世話人)は、「昨年は台風で大変だった。大量生産・大量消費によって、地球の許容量を超えてしまった結果だ。人間の生存の問題まできている。対処療法では乗り切れない。どういう社会を作っていくのかとして問われている。壊滅的な環境によって、すでに遅いと感じている。未来まで永続できる社会を目指していきたい。第3滑走路問題、空港機能の巨大化も同じものとして問われている。今年も頑張って闘っていこう」と発言した。

 石井紀子さん(川上地区)は、「台風被害に対して皆さんからお見舞いをもらい、ありがとうございました。台風によって畑に被害がでました。停電も長かった。ポンプが使えず、水も止まってしまった。高齢者にとっては命にかかわる問題だった。水を配ったり、みんなの力で乗り切った。温暖化のせいでもっと大きな台風もありえる。天災に身構える農業を考えていかなければならないと感じている。これまでビニールトンネルを使って栽培してきたが、気候の温暖化を少しでも止めるためにビニールを減らしていきたい」と述べた。

 平野靖識さん(らっきょう工場・東峰地区)は、「台風によって停電となり冷蔵庫が止まり、にんじんジュースの原料を廃棄せざるをえなかった。あらためて電気に頼りきっているなと感じた。顧客は、三里塚闘争に関わったお客さんも多くて出荷の遅延でも助けられた」と報告。
 さらに「成田空港シンポジウムで隅谷調査団の『成田空港は内陸空港だから控えめに使うべきだ』という最終書見を確認した。円卓会議では『今後の空港作りについて、当事者・騒音下住民との話し合いを行い、改廃も含めて行う』と約束したはずだ。現在の成田空港機能拡大は、それを破るものだ。住民の不安に対して答えるものとなっていない」。
 また、「空港会社は、天神峰地区の市東孝雄さんの土地を取り上げようとして裁判を行っている。会社は、旧地主から底地権を買い取ったことをひた隠してきた。市東さんは、土地が売られていたことを知らずに借地代を払い続けてきた。こんなでたらめがあるにもかかわらず最高裁は不当判決を出した。市東さんは、執行停止に向けて裁判闘争中だ。私は証人として裁判で証言した。成田空港シンポ・円卓会議の結論からしておかしいという観点から今後も発信していきたい」と報告した。


2020年1月11日土曜日

報告:12.24第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動


                   三里塚空港に反対する連絡会

 12月24日、三里塚空港に反対する連絡会は、芝山文化センター(山武郡芝山町)前で「第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動」を行った。
 国、空港会社、推進派が一体となって夜間飛行制限の延長、第三滑走路建設、B滑走路延伸の強行をねらっている。公聴会は明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さず、公聴会に抗議した。

 連絡会は、午前九時過ぎ、センター入口前で「第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!」の横断幕を掲げた。仲間は、トランジスターメガホンを使って①アリバイ的な公聴会の意図②生活の破壊を許せない③利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか④金と力で空港は建設されてきた⑤約束を反故にしてまたも強権行使⑥国や空港会社の言いなりにはならない―と批判した。
 公聴会は、午前10時に開始。国土交通省は、「この公聴会は、成田空港の施設と同空港で指定した延長進入表面などに変更が生じることから、航空法第43条第2項で準用する同法第39条第2項の規定に基づき、利害関係を有する方から意見を伺い、公正に行政処理を行う手続きの1つです。」などと言っている。自ら「手続きの1つ」と位置づけているように形式的に意見を聞くというものでしかない。
 公聴会では住民、関係事業者など38人が意見を述べ、約280人が傍聴した。朝日新聞(2019・12・25)によれば、反対意見が騒音地域の住民からあり、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」と抗議する意見が続いた。
 国交省は、このような反対意見をどのように扱うのか、反対や疑問意見があれば計画を中止するのかなどについてなんら答えず、従来通りの不誠実な姿勢のままであり、強引に押し進めていくという居直りでしかない。
 公聴会強行糾弾!第3滑走路建設・飛行時間延長を中止しろ!


●公聴会参加者に向けて配布したビラ

第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!

 公聴会に参加される住民の皆さん。私たちは三里塚空港絶対反対を掲げて反対運動を闘ってきた三里塚農民と連帯してきた各地の労働者市民からなる団体、「三里塚空港に反対する連絡会」の者です。
 2002年のサッカー・ワールドカップ大会を口実に政府・空港公団が暫定滑走路(B滑走路)を建設しようとしたことに反対し、「暫定滑走路に反対する連絡会」結成し、生活を破壊され、自分の土地から追い出される空港予定地用地内農民と共に反対運動を行ってきました。用地内農民はB滑走路が供用されている今も用地内で粘り強く闘い続けており、私たちも名称を変えて今も共に活動を行っています。
はじめに

 政府・国土交通省は2013年、空港機能の拡大を目指すとして2028年度までに第3滑走路を建設するという計画と、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にして飛行時間の延長(現行午前6時から午後11時までを午前5時から翌日午前0時半まで)をセットで地元に提案してきました。これを受けて成田国際空港株式会社は併せて平行(B)滑走路を北側に1キロメートル延伸するという計画まで提示し、これを実現するために一方的に説明会を行ってきました。
  この計画により新たに約2000戸が騒音地域に指定され、約200戸が移転を余儀なくされることになります。

生活の破壊を許せない 

 この計画を推進するために国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会が結成され、住民説明会が各地区で行われてきました。移転対象となる住民、新たに騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地域住民からは厳しい批判の声が上がり、断固反対が次々と表明されました。
 空港開港以来騒音により身体的、精神的な影響を受けたり、航空機の落下物の恐怖におびえながら生活してきた飛行直下の住民にとってはさらなる被害の拡大は到底容認できるものではありません。
 また移転となれば生活の根底からの転換を強いられることになります。騒音地域の拡大によってそれまで平穏な生活を送って来た住民にとっては突然騒音下に置かれ落下物の恐怖におびえながら生活しなければならないことになります。航空機からの落下物は開港以降おびただしい数に上り、最近でも成田を含めて各地で航空機の一部が脱落する事故が相次いでいます。また昨年7月には成田市東峰で離陸寸前の米貨物機がオーバーランで大事故寸前になっていたことが明らかとなりました。 

利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか

 住民説明会においてこの計画に対する批判、反対の声があがるのは当然のことです。空港会社は飛行制限時間を3時間短縮するという案から1時間短縮という見直し案を提示し住民に説明しました。
 しかし、住民はこれにも納得せず、なし崩し的にさらに短縮するのではないかと不信感を募らせています。関係自治体は住民の反対を無視し、交付金の増額・地域振興策と引き換えに空港会社の見直し案を受け入れ「早急に地域振興策を」と、前のめりになってきました。住民の生活を破壊してでも一部の利害関係者の利益を追及するという姿勢です。

金と力で空港は建設されてきた

 成田空港は最初から地元住民の意志を無視して作られてきました。政府と千葉県の一方的な思惑によって三里塚の地に決定され、住民にとっては全く寝耳に水のことでした。農民の生活の糧である農地を一方的に奪い追い出そうとしたのです。農民はからだを張ってこれに抵抗しました。政府・空港公団(当時)は警察機動隊の暴力を使って力でこれを押さえ込み、また札束を積んで農民を懐柔し、空港を建設していったのです。
 このようなやり方は最初から一貫して今日に至っています。現在の政府・空港会社のやり方は形こそ違いますが、本質は全く変わっていません。あたかも住民の意見を聞くというポーズを取りながら、政府が決めたことは何が何でも進めていくということです。説明会を各地で小まめに開いて「住民の意見、要望を聞いた。」というアリバイを作り。既成事実を積み重ねていくのが彼らのやり方です。

約束を反故にしてまたも強権行使 

 政府・空港公団(当時)は1991年から94年にかけて行われた「成田シンポジウムー円卓会議」の結果を受けて「強制的な手段によらず話し合いによる解決をはかる」と反対派農民と確約し、事業認定を取り下げ、強制代執行による土地の取上げはあきらめました。しかし、空港会社はそれ以降、民事裁判に提訴して裁判所の強制力を使って農民、地権者から土地を取り上げるという手段を取ってきました。
  公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされていますが、計画を推進するための手続きに過ぎず、反対する住民の意見も聞いたというアリバイ作りに過ぎません。

国や空港会社の言いなりにはならない

  用地内には現在も成田市の東峰、天神峰、木の根地区に農民・住民が住んで生活しており、また芝山町の横堀地区にも反対派の土地があり、政府・空港会社の横暴と闘っています。住民が闘い続ける限り政府や空港会社の思い通りには行きません。それはこの間の三里塚の農民の闘いが示してきました。行政に期待し任せているだけでは最後は国や空港会社の思うままに進んでしまいます。
 地域と住民の健康、生活を守るため第三滑走路の建設に反対し、夜間飛行制限時間の短縮に反対しましょう。
(2019年12月24日)

2019年12月18日水曜日

■2020反対同盟旗開き

主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)

日時:2020年1月12日(日)正午
 
場所:横堀農業研修センター
   (千葉県山武郡芝山町香山新田131/0479-78-0100)

参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】


■1.12東峰現地行動


飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 安倍政権打倒! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 

 政府・国土交通省―成田国際空港会社は資本の利潤追求のため空港機能の拡大をはかろうとしている。2029年3月までの第3滑走路の建設、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にした飛行時間の1時間延長を打ち出し、2019年10月の冬ダイヤから先行実施している。国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会は、すべての自治体の合意が得られたとしてこの計画を推進している。
 しかし、新たな騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地区住民からは厳しい批判の声が上がり断固反対が表明されてきた。芝山町、横芝光町の住民は地区に「空港騒音断固反対」「静かな生活環境を壊すな」などの看板を設置し、飛行時間延長反対を訴え続けている。      
 6月、田村明比古社長(元国交省航空局長)は就任会見において空港会社がこれまで第3滑走路の運用を20年代後半に開始するとしていたものを、20年代半ばまでと早める方針を打ち出した。そして、「グローバルな空港間競争の中で勝ち残るには、機能強化の推進が最優先課題」とし、「アジア路線の拡大、LCC(格安航空会社)の就航、増便を目指す」と語った。また田村社長は国交省航空局長として第3滑走路計画を主導してきたことを念頭に「私が始めたものを、結果として出さなければならない立場になった」と意気込んだ。
 しかし、現時点では1時間の飛行時間の延長だが、第3滑走路完成以降は飛行時間は午前5時から翌日午前0時半までと大幅な飛行時間の延長となる。騒音下住民にとっては飛行機が飛ばない時間(静穏時間)はたったの4時間半しかないという事態になるのだ。まさに住民にとっては、生活の破壊以外のなにものでもない。
 11月5日、国交省は成田空港の機能強化策を実施するための基本計画を改定した。強化策は第3(C)滑走路(3500m)新設と平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸するというものである。これによって年間発着数を現在の30万回から50万回に増やす。これを受けて成田国際空港会社は11月7日、航空法に基づく空港変更許可を国交省に申請した。国交省がこれを許可すれば新滑走路の用地取得や移転補償に着手するという段取りだ。空港会社は空港用地として拡張する約1000㏊のうち約950㏊の取得の見通しが立ったとしている。
 国交省は第3滑走路建設を中心とする強化計画を巡る公聴会を12月24日、芝山町の芝山文化センターで開く。公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされているが、建設を推進するための手続きの一つに過ぎず、反対する者の意見も聞いたというアリバイ作りである。その本質は、これまでの三里塚闘争の過程で何回も行われてきた公聴会を見れば明らかである。かかる公聴会の開催に断固抗議する。住民無視、農地強奪、生活破壊、騒音被害拡大の空港機能拡大計画を断じて許すことはできない。1.12東峰現地行動に集まろう! 2019.12.12

◦日時:2020年1月12日(日)午後3時

◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向けてデモ

◦会場への行き方
①2020反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動 
②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機/12:34発  京成上野特急 →13:42着 成田→13:52発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:57着  東成田 

◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
 連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90-5/電話:FAX0479-78-8101






2019年12月11日水曜日

報告:12・1 第2回総会記念集会


 一般社団法人三里塚大地共有運動の会

 12月1日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、「12・1 第2回総会記念集会」を文京シビックセンターで行い、56人が参加した。共催は三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)/三里塚空港に反対する連絡会
 11月5日、国交省は成田空港基本計画を改定。成田国際空港会社は11月7日、国土交通省にB滑走路の3500メートルへの延伸、第3(C)滑走路(3500メートル)建設の2029年3月完成。発着時間を最終的に午前5時~翌午前0時半、年間発着枠を30万回から50万回に拡大する変更許可申請を行った。空港敷地面積は1500ヘクタールから2600ヘクタールへ大幅拡大する計画だ。国交省は12月24日のアリバイ的な「公聴会」を経て、1月にも変更許可を出そうとしている。
 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、安倍政権・空港会社・地元推進派が一体となった空港機能拡大、第3滑走路建設計画推進の暴挙を許さず、「三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させることを目的」に、1966年からの三里塚一坪共有運動、 83年からの再共有化運動を受け継いで、2018年10月に設立された。空港用地内にある一坪共有地、木の根ペンション、横堀鉄塔と案山子亭の拠点強化をめざし、その一環として全国の共有者に法人への登記変更を呼びかけ、着手を開始している。設立一年を迎え、新たな闘いへの踏み出しに向けて総会と記念集会を行った。

 主催者あいさつが山口幸夫さん(代表理事)から行われ、午前中の一般社団法人三里塚大地共有運動の会の総会(事業報告・決算・予算等)が成立し、来年度に向けての意志一致、とりわけ一坪共有者の法人への登記変更の取り組み強化を確認したことを報告した。
 さらに、「気候変動、環境破壊が深刻だ。なんとか阻止するために若い世代から積極的な行動が突きつけられている。自然現象を軽視し、科学技術を優先してきた社会の欠陥の現われだ。三里塚大地共有運動は、大地を守り抜き、気候変動などと格闘し、前に進んでいくための重要な取り組みだ」と訴えた。




 加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会〈2〉代表)は、国と空港会社が一体となった三里塚空港の基本計画を改定」を糾弾した(発言要旨別掲)。

柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)は、「香港の若者たちが真剣に闘っている。アメリカの若者たちから社会主義を希求する流れがあることが紹介されている。資本主義の大量生産・大量消費・大量廃棄システム、貧富の格差の拡大システムそのものが問題だ。もう一つの社会のあり方を作り出していかねばならない。三里塚闘争は、そういう観点から闘われてきたし、これからも第3滑走路建設などいまだに巨大開発を優先する流れと対決していこう」とアピールした。

 法人活動報告が三里塚大地共有運動の会・事務局から行われ、総会報告と来年度の事業計画などを提起した。さらに「安倍政権が所有者不明土地対策と称して相続登記義務化、不明土地の権利を国に帰属させ転売を可能にする不動産登記法改悪法案を準備している。改悪法によって一坪共有地に向かってくることは必至だ。警戒し、法人への登記変更を強化していこう」と呼びかけた。

 三里塚現地報告が山崎宏さん(横堀)から行われ、「国、空港会社、推進派は、一体となって夜間飛行制限の延長、第3滑走路建設を強行している。12月24日に公聴会を開催しようとしている。明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さない。公聴会に抗議していきたい」と強調した。

 大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)は、「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―羽田空港から考える」をテーマに講演した(講演要旨別掲)。

 連帯発言が沖縄在住のおかのまめさん(辺野古にカヌーを送る会)、福島から面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)、泉州沖に空港を作らせない会の根本博さん、関西・三里塚闘争に連帯する会の山田謙さん、和多田粂夫さん(元管制塔被告団)から行われた。

 閉会あいさつが島田清作さん(監事)から行われ、「伊達判決を生かす会の取り組みを通して反戦・反基地の繋がりを広げてきた。成田、羽田も含めて全国のスクラムを作っていこう」と発言した。



■2020反対同盟旗開き
主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2020年1月12日(日)正午

場所:横堀農業研修センター(千葉県山武郡芝山町香山新田131/0479―78―0100)
参加費:1000円


【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発 京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発 京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→10:37着 東成田】



■1・12東峰現地行動
◦日時:2020年1月12日(日)午後3時
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向けてデモ
◦会場への行き方
2 020反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動
2京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機/12:34発 京成上野特急 →13:42着 成田
→13:52発 京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:57着 東成田
◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90―5/電話:FAX0479―78―8101


■加瀬勉さんの発言要旨
 11月5日、国土交通省は三里塚空港の基本計画を改定した。1000mの用地を拡大、2500mの滑走路を1000m延長する3500mの新滑走路のために4000戸の移転がその内容だ。11月7日、空港会社は航空法に基づいて国土交通省に拡大計画を申請した。11月20日、政府は2兆円の財政投融資を決定し、三里塚空港機能拡大に4000億円を投資する方針を明らかにした。
 われわれは、機能拡大計画に抗議し、断固として撤回を要求する。
 四者協、成田、芝山、多古、横芝の空港関連首長は交付金に群がるハイエナと化して機能拡大計画に賛成し、住民を空港拡大の生贄としている。
 われわれは、首長に財産権、居住権、健康で文化的生活を送る権利などの生存権を委任してはいない。地方自治、住民自治の精神をかなぐり捨てた四者協に断固抗議する。空港問題が発生して以来、浦安、木更津、霞ケ浦、八街、富里、三里塚と転戦してきた私は、三里塚闘争の裁判で証人として立ってきた。
 政府の三里塚シンポでの謝罪、国交省の黒野の東峰住民に対する謝罪、千葉県の大木よねさんの強制代執行に対する謝罪はしたが、それは強制代執行を放棄したものではないと主張している。これが権力の正体であり、本質である。
天皇即位とパレード、大嘗祭、オリンピックを利用して国家主義が台頭している。安倍内閣の憲法改正翼賛体制と三里塚空港反対闘争を通じて断固として闘おう。安倍内閣打倒である。
 世界には650万回の航空需要があり、アジアに一つの国際ハブ空港が彼らの野心だ。その競争に参入し勝つために全国の航空網を整備するといっている。彼らの野望の前にたちはだかり断固として闘い抜いてゆこうではないか。
 かつて千葉県館山の住民から一枚の葉書が加瀬完参議院議員のところにきた。内容は空港建設計画敷地内にクロス形で共有地をつくれば建設は阻止できるというものであった。八街、富里でマンモス共有地運動になり、三里塚反対同盟がそれを引き継ぎ、堀越昭平、加瀬勉と続いてきて、法人化運動になってきた。全国支援団体中心の一坪共有地運動になった。
 その任務は意義深く重い。一坪共有地の土地は空港反対闘争に生涯をかけた木の根の小川源さん、小川明治さんの土地であつた。その意志を引き継いで一坪共有地運動を更に発展させよう。
 台風15号、19号の豪雨と続いて3回の災害に遭った。私に対する全国からの支援に感謝する。「老いて野に伏すも戦いの意思は千里にあり」頑張ろう。

■大道寺毅さんの発言要旨
 羽田空港新運用案は、三里塚空港の運用拡張(第3滑走路新設を含め)と一体化された総体的増便構想であり、「首都圏空港機能強化技術検討小委員会(有識者会議)中間まとめ」(2014年6月)が出発点だ。
 羽田空港の国際線の増便を図るために離陸・着陸合計90回/時に拡大する。北風時は、6時~10時半、15時~19時に江東、江戸川方面に離陸する。合計で1日当たり65回~85回増だ。
南風時は、15時~19時に都心上空超低空侵入(A、C滑走路への着陸)する。また、川崎・石油コンビナート方面への離陸(B滑走路から)も行い、合計で1日当たり30回~40回増をねらっている。
 そもそも羽田空港は、人口密集地に隣接した大空港だ。国交省は、都心との距離15kmの利便性として宣伝するが、その実態は、安全、騒音、大気汚染等の広がりでしかない。かつて大田区、品川区、川崎市の激しい住民運動大田区議会の空港撤去決議)があり、羽田空港計画を沖合に変更ざるをせえなかった。「海から入って海に出る」という約束までした。
 川崎市との約束では、コンビナート上空高度は3000ft以上確保するというものだった。大田区との協定でも、B滑走路から川崎側への離陸は原則ゼロとしている。これらは航空路誌(AIP)で詳細に規定されている。
 しかし、新運用案は、安全、騒音、大気汚染等の問題はもはや考慮の対象外であり、住民との約束はすべて反故にしてしまった。国交省は、明らかに安全、騒音、大気汚染のリスクを承知の上で飛行許可を強行する姿勢だ。
 新運用案を検討する有識者会議も、どうすれば便数を詰め込めるか、を検討しただけで安全、大気汚染については検討の痕跡すらない。問題になることが分かり切っていた横田空域との干渉問題すら検討していない
 安全を考える場合、最低限、万が一を想定した準備が必要だ。特に石油コンビナートとの関連事故に対しては、国交省は「危険はない、御巣鷹山事故以後本邦定期旅客機の死亡事故はない」の強弁一点張りだ。
 すでに2016年、2017年にエンジン爆発事故が起きている。1件はテイクオフリジェクト後滑走路上で火災となった。B滑走路川崎側離陸でリジェクトが遅れた場合大惨事は確実だった。
 さらに落下物の危険性についても、 当初は「ない」の一点張りだ。羽田空港着陸機の部品紛失件数は2018年だけでも40件弱も発生している。今後、落下発生の危険性は高まるはずだが、まともに検討した形跡がない。
 安全軽視の姿勢は、これだけではない。着陸降下角をICAO(国際民間航空機関)規定限度の3・5度一杯まで引き上げることを前提にしている(現行3・0度)。パイロットはリスクの高まりを指摘(たとえば尻餅事故)している。要するに、すべてが安全と住民生活へのしわ寄せでしかないことが明白だ。
 このような国交省の安全軽視の姿勢に対して自治体は、住民を守る責任の放棄を貫いている。国の専権事項を楯に逃げ回つている。 だが現在、都内では23区の内19区に、また川崎市と埼玉にも住民の運動が始まっており、各運動体間で緩やかに連携、情報交換と相互支援、共同での対国交省折衝などを実現している。
 国交省は、2020年3月29日実施と一方的に発表(8月8日)したが、住民の反発は高まるだけだった。二巡しか予定していなかった住民説明会も六巡目が必要になつてきており、自治体、地元自治(羽田)の明確な了解を未だ取り付けられずにいる。
12月17日に「危険な増便・新飛行ルート撤回を求める総決起集会」(実行委員会/19時/大田区民ホール・アプリコ展示室)が行われる。住民の運動は粘り強く続く。共に闘おう。

2019年11月3日日曜日

12.1 第2回総会記念集会

〇日時:12月1日(日)午後1時30分開場・午後2時開始/資料代 500円
〇会場:東京・文京シビックセンター4階シルバーホール(後楽園駅・春日駅)
                 
     ・主催者挨拶・総会報告  山口幸夫さん(代表理事)
     ・三里塚から  加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会代表〈2〉)
     ・三里塚から  柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)
     ・法人活動報告 三里塚大地共有運動の会
     ・三里塚現地報告 山崎宏さん(横堀)
     ・講演  大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)
      「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―羽田空港から考える」
     ・連帯発言

     主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会
     共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)
         三里塚空港に反対する連絡会

  連絡先▼東京都渋谷区初台1-50-4-103 TEL03-3372-9408 FAX03-3372-9402
                   https://kyouyu-undou-no-kai.blogspot.com/


              第2回総会記念集会へ

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は「三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させることを目的」に、1966年からの三里塚一坪共有運動、83年からの再共有化運動を受け継いで、2018年10月に設立されました。
 成田空港では2018年3月、夜間発着時間拡大など空港機能強化が決定され、田村明比古成田空港社長の第3滑走路運用開始目標の2020年代半ばへの前倒し表明など、移転を強いられ、騒音被害を受ける住民を無視した空港拡大が続いています。同時に「所有者不明土地対策」を口実とした共有地取り上げの法制化の動きが進められています。
 この1年、三里塚大地共有運動の会は全国の共有者に呼びかけ、法人への登記変更に着手し、三里塚現地共有者会議の開催、台風被害カンパ、三里塚現地でのイベント・行動に取り組んできました。設立1年を迎え、第2回総会の記念集会を12月1日に開催します。

        羽田空港新飛行ルートの人権無視・環境破壊

 また、集会では大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)から「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―「経済活性化」が人々を押しつぶす時代への舞い戻り―羽田空港から考える」をテーマに講演をしていただきます。
 国交省は、首都圏空港機能強化政策として成田空港機能強化とセットで羽田空港の新飛行経路の運用を開始(2020年3月29日)し、国際線を年間約3・9万回増便を決定しています。新ルート下の住民は、人権無視・環境破壊だとして抗議を表明しています。羽田空港機能拡大の問題を探っていきましょう。
 12.1記念集会にご参加ください。


2019年10月14日月曜日

加瀬 勉

 台風のために停電となった。庭にテーブルを出して一汁一菜の夕食をとった。仲秋の名月の光を全身に浴びて。稲刈りだ、乾燥機だ、籾摺だと機械の音に身を取られていたが気が付くと泌みるような虫の声である。月の光を浴び、虫の声を聴いての夕食、こんな至福のひとときが台風一過に訪れるとは夢にも思わなかった。停電にテレビ、パソコン、読書から解放され、幼い時から学校でよく勉強しろ、よく本を読めと言われつづけてきた。それから解き放されての初めての解放感である。
 雨情の「十五夜お月さん」、千葉県木更津の証正寺の「狸ばやし」「竹取物語」「荒城の月」「浜千鳥」「月の砂漠」は千葉県御宿の砂丘で生まれ、夢二の「宵待草」は九十九里銚子でうまれた。「名月来たって相照らす」「名月松間に照り清泉石上を流れる」は神童とうたわれ一三歳のときより玄宗と揚貴妃に使いた王維の詩である。「月向蕎麦を照らし霜のごとし」「遠く山月を望み故郷を想い。地に目を伏して父母を想う」、詩聖李白の歌である。湖に浮かんだ月を捕ろうとして李白は溺れて死んだ。
 「月落ち烏泣いて霜天に満つ」張継の詩、「月故郷に明らかなり」杜甫の詩、「水月は禅静寂に通ず」は銭起の詩、「関月冷ややかにして相したがう」雀塗の詩、仲麻呂の長安の「三笠の山にいでし月かな」黄土広原ヤオトンから観る月、湖南省毛沢東家の前の池に懸かる月、黄河、揚子江の流月フランス、ラルザック高原に懸かる月、屈原が投身自殺した洞庭湖ペギラの湖水に浮かぶ月「信州は月と仏おらが蕎麦」一茶、尼子の再興を願って月に向って「吾に七難八苦を与え賜い」と祈ったのは山中鹿之介。
 「群書類聚」を書いた塙己一の夫婦の月物語、炭坑節、貫一とお宮の今月今夜の熱海の月、東海林太郎の「名月赤城やま」、田端義男の「大利根月夜」、雨情の「船頭小唄」「灯火の芯切りすぎて灯は消ゆる おりこそよけれ山の端の月」、いろいろな月と人生が走馬灯になって頭を過る。
 今から五〇年前、三里塚バス停から御料牧場の厩舎の前を通り裏手の牧場に沿っての獣道を歩き、松林の細道を降って木の根の小川明治開拓組合長を訪ねた。一日援農して空港反対同盟を結成すべきだと要請し、明治さんの牛舎の裏の木の根公民館に泊めていただいた。
 畳の上の砂ぼこり、冷たい白い竈の灰、新聞紙を引いて下着の入った風呂敷包を枕に眠った。真夜中に蚊に刺されて目が覚めた。ガラスの破れから煌煌と照る月明かり、夜露に濡れた桑の葉に照りかえる月明かり、俺の運命はどうなるのであろうか。占ってもうらないきれない。迷うことは無い。なるようにしかならない。腹をくくって戦うことにしょうと三里塚木の根の月に誓ったものであった。
 高村光太郎の妻千恵子は、「東京には本当の空がない、安達太良山の空がほんとうの空だ」と詠んだ。三里塚に、北総地域には本当の空はなくなってしまった。開港以来、飛行機とゆう鉄塊が空を圧し、地を圧し、プレスとなって住民を押しつぶす騒音地獄をつくりだした。三里塚にほんとうの空はなくなってしまったのだ。空を返せ、空に繋がるすべてを返せ。静かな月明かりの空を返せ。
 困難なとき、大事に当たるときは心を広くして遠くを見つめ、細心にして大胆に決断し行動をとらねばならない。しなやかに感性を開放し、正常心を保って困難に立ち向かう必要がある。困難は自分の能力、人間性を試す絶好の機会である。今その時がきたのである。

 夜明け

 夜の明けきらぬ三時に全壊したビニールハウスの整理にとりかかった。夜明けの星が次々に消えて、夜が白々と明けてきた。かすかに東の空が朱に染まってきた。朝明けである。新しい生命の宇宙の夜明けである。街灯、コンビニの二四時間営業、飛行機の爆音、村は昼と夜の区別がなくなった。停電で本当の夜が戻ってきたのである。
 「日出でて作し 日入りて憩う 井を堀りて飲み 田を耕して食らう 帝の力いずくんぞ我にあらんや」、中国古代〈堯〉の詩の言葉である。「水と釜と火」、これは開拓農民作家吉野せいさんの作品の思想の世界である。
 福島で地震、原発、津波、火事の深刻な複合災害が起きた。役場の庁舎も押し流されて職員が犠牲になった。災害は大小にもかかわらずこのように想定外のものである。この時、自分はどうするか。自分の命は自分で守る。その時に、この中国の古代の思想と吉野せいさんの思想が必要であると私は思っているのである。
 
 自然災害と三里塚闘争

 台風の災害で停電、一五日余り電気が来なかった。多古町町営水道が止まって生活用水が利用できない非常事態が発生した。
 北総台地の野付村農民は、低地の沢の流れや小沼、池から水を負い牧々の野馬に水を飲ませ、自らも自然用水を生活に利用してきた。明治維新、北総の牧々に強制移住させられた無産浮浪の徒は井戸もなく沢の流れや池の水を生活用水にして開墾の重労働に耐えて畠を拓いてきた。
 大正に入って横堀に熱田一さんの両親が開拓に入った。熱田さん屋敷の東から竹やぶ細道を降り、木の根谷津からの細い流れの水をくみ上げて崖を登り生活用水としてきた。木の根の源さんは戦後三里塚に入植したのであるが、源さん所有の炭焼き小屋の下が水田終わりである。この根方から清水、湧水が出ていた。これを生活用水に利用してきた。柳川秀夫君の祖父は、多古町東台から大正時代に香山新田に入植して山野を拓いて現在の畠を創り出した。
 明治、大正、戦後の入植、縄文、弥生のような住居を立て、焚火、月明かり、そして沢の流れの水を飲料水、生活用水として利用して北総台地の人々は生きてきた。我々はこれらの人々の歴史に学び、共に闘争を五〇年にわたって堅持してきた。二〇世紀は帝国主義の植民地支配に対して民族独立、祖国解放闘争の歴史の時代であった。中国革命の長征では履いていた革靴、革のバンドを煮て齧って飢えをしのぎ闘争を堅持した。
 三里塚闘争においても、三里塚解放戦線、自前の農業経営等の方針を掲げて闘ってきた。行政が管理する上水道、農民の水、自然の水、水資源を収奪し支配し大資本が売りさばいている。この水がなければ我々は生きてゆけないのか。否である。自然との共存、共栄、自然の恵みに感謝し、自然の環境を大切にする生き方を貫かねばならない。
 空港建設反対闘争、日本社会党現地闘争本部。富里大堀で生活したときには、電気もなく、水道、井戸もなく、トイレもなかった。立沢集落の流れで洗濯し、身体を洗い、飲料水は根木川源流の湧水を利用してきた。トイレは富里の山野、自然の中であった。私はそこで生活をつくり闘争を堅持し、反対同盟を組織し生きぬいて三里塚に転戦していった。

 災害と飲料水

 私たちは福島の災害を経験した。福島の災害は地震、津波、原発、火災等の複合災害であり、原発の権力犯罪、電力資本の犯罪と地震と津波の自然災害であった。
 役場の庁舎まで押し流され職員が殉職された。この時に自らの命を守るためにどのような行動をとればよいのか。災害は大小にかかわらず想定外のことが次から次に起こる。それにどのように対処すればよいのか。
 千葉県に大きな災害をもたらした台風は、風速二五mなら水稲育苗ビニールハウスは被害をうける。風速三〇m、三五m、四〇mならばビニールハウスは勿論、住居も倒壊の被害を受ける。この被害は防ぎようがない。身の安全をどう確保するかである。停電は必ず起きる。感電に注意である。停電すれば水道、風呂、トイレ、冷蔵庫、台所は使いなくなる。
 ①飲料水の確保。私の集落五〇戸のうち、昔の釣瓶井戸として利用できる井戸は一〇基ある。
 ②上総堀りの井戸は、二〇戸あり発電機があればポンプアップできる。発電機は集落に五台ある。
 ③水稲育苗のため上総堀りの井戸一基あり、ヒューガルポンプでくみ上げることができる。
 ④自然自憤の湧水は水神池〈牛尾侭田地区〉小堤銘水〈集落より二キロの横芝町小堤〉がある。
 ⑤大きい桶、砂、小砂利、炭、 棕櫚の毛でろ過装置を作り飲料水を確保する。多古町は町営水道が停止しても非常事態宣言はしなかった。
 千葉県流山から給水車が支援に来た、また自衛隊が二日たってきたが、その前に私は発電機で井戸水をポンプアップしてもらって耕運機に水桶を並べて集落の各家に給水して歩いた。病者の居る家、子どものいる家、介護施設に通っている人の言え、独居老人宅、女性のみの家に給水した。
 町の防災無線の連絡は二割程度の人しか聞いていない。私は戸別訪問して今何が必要かを訪ね、安否を確認して歩いた。そして、克明に被害状況を写真に記録し役場総務課に届けた。私の集落には生活雑排水処理施設がある。停電で稼働しないので大型の発電機で稼働していた。
 和歌山県の電力会社の職員が支援に派遣されてきた。二時間交代二四時間勤務。非常食の連続と過労で体調を崩し、食欲がなくなってしまったとのことであった。私は弁当の食事をつくり果物を差し入れた。福島では放射能除去の危険な労働で作業者が多く体調を崩したことを知っていたからである。
 私自身の飲料水確保は①容器に確保した。②ポットに湯を沸かして置いた。③冷蔵庫で何本ものペットぼとるに水を入れ凍らせて冷蔵庫の食品を保護し、溶ければ飲料水とした。④非常食は買い求めてあるが、特別に玄米、白米をフライパンで焼いて蜂蜜と砂糖で練り上げて保存食を作った。⑤青竹で筒をつくり、米、水野菜、唐辛子を入れて御飯を炊く準備をした。⑥竹筒で湯を沸かしてみた。酒の癇もできる。⑥畠には野菜があり、今の季節は栗、柿、みょうが、柚子が食べられる。⑦水稲の収穫も終って一〇俵の飯米も確保してある。
 飲料水は自然から確保するのでなく、町営水道、コンビニ等で買って飲むもの、買って用意するもの意識が定着している。このことが事態を深刻化させている。